LOVE AND PEACE
−NOT ALL OF PEOPLE ARE HAPPY−
(1)
 
 今日、ドーリアン外務次官と政府との間で「平和」についての会議が催された。
なお、この会議の様子は、全世界と全コロニー中に放送されている。
 
「では、あなた方はこの世界が本当に平和になったとおっしゃるのですね?」
「ええ、もちろん」
リリーナの質問に、政府代表のカリス長官は目を細め、軽く笑みを浮かべ、自信たっぷりに頷いた。
「そうですか・・・。ならば、なぜ、未だに武器を手放さない人々がいるのでしょうか」
「そ、そんなはずはない。誰がそんなでたらめを・・・」
ふうっと、リリーナはため息を落とさずにはいられなかった。
(でたらめであったら、どんなにいいか・・・)
「そんなはずはないとお思いですか?」
「・・・・・・」
「もちろん、武器を手放せば平和になるとは思っていません。平和とは、そんなに簡単なものではないからです。・・・全ての人々が平和を望まない限り、本当の平和は訪れないでしょう。だから皆さん、いい加減目を覚ましなさい。平和は誰かから与えられ、受け取るものではありません。自分たちで手に入れるものです。・・・と、これはわたくし個人の意見ですが。・・・ご意見がありましたら、どうぞ、カリス長官」
「くっ・・・・」
咄嗟に言い返す言葉が見つからず、カリスは悔しげにリリーナを睨みつけた。
リリーナはそれを平然と受け取ると、にっこりと笑顔を浮かべた。
「“NOT ALL OF PEOPLE ARE HAPPY”ですわ。カリス長官」
「?」
リリーナは表情を引き締めると
「人々の全てが幸福だというわけではありません。人々がどうしたら幸福になれるか、それは、あなた方の手にかかっているのですよ。あなた方にそれを自覚していただきたいのです。もし、あなた方がこのまま偽りの平和を掲げるのでしたら・・・」
「一体、どうなさるおつもりですか?」
「わたくしは・・・あなた方と戦います」
リリーナはカリスを真っ直ぐに見据え、はっきりと言った。
リリーナのこの言葉に、さすがに周りがざわついた。
「我々と戦う、ですか・・・。それは・・・、もちろん意味をわかっておっしゃっているのでしょうね・・・?」
「もちろん、それなりの覚悟は出来ています」
「・・・なるほど。いいでしょう。あなた一人が我々に対してどこまで出来るか、楽しみにしていますよ。では、今回の会議はこれでお開きといたしましょう。では、失礼・・・。ドーリアン外務次官、我々を敵に回したのはあなたが初めてですよ」
「そうですか」
リリーナはカリスの方を見ずにそっけなく答えた。
「ふふ。では、次の会議でまたお会いいたしましょう」
カリスは余裕の笑みを最後にリリーナに向けると、会議室を出て行った。
リリーナも静かに立ち上がると、カリスとは別のドアから出て行った。
一緒に会議に出席していた人々は、唖然として二人を見送った。
 
 
 
 ここ、プリベンターの職場でも、ヒイロたちがこの会議の様子をテレビのモニターで見ていた。
会議が終わっても、しばらくは皆、口を開かなかった。
しばらくして、ククッとデュオが笑い出した。
「相変わらず、強えぇなぁ、お前の“彼女”は」
もちろん、この言葉はヒイロに向けて言ったのだが、当のヒイロはあきれたようにモニターを見つめていた。
(馬鹿が・・・)
ヒイロは心の中で毒づいた。
「普通、思っても政府のお偉いさんに対してあんな事言えねぇよな。まったく、いい度胸してるよ、お嬢さんは。でも、あの言葉は気に入ったな。えっと、何だっけ、NOT・・・?」
「NOT ALL OF PEOPLE ARE HAPPY?」
カトルが助け船を出す。
「ああ、そう、それだ」
デュオが頷いた時、玄関のチャイムが鳴った。
「おっと、お客さんかよ。・・・はいはい、今出るぜ」
デュオが玄関へ行きドアを開けると、そこには、先ほどまでテレビに映っていたリリーナが立っていた。
今は、外務次官ではなく、普通の18歳の少女に戻っていた。
服もスーツではなく、白いワンピースにカーディガンを羽織り、髪も下ろしていた。
「あれ、お嬢さん」
「ごめんなさい、突然。お仕事中だったかしら・・・?」
「いや、別に。で、用事があるのは、もちろんヒイロだよな?」
「ええ・・・」
リリーナの頬が少し赤く染まる。
「ちょっと待っててな。おーい、ヒイロ、お嬢さんだぜ」
デュオが中に向かって声を掛けると、すでに上着を羽織ったヒイロが出てきた。
「これからデートかい?」
デュオがからかう。
「えっ、いえ、別にそういうわけじゃ・・・」
リリーナが慌てて否定するのを無視して
「まぁまぁ、行っといで」
デュオはひらひらと手を振って2人を見送った。
 
 
 2人はよく利用する喫茶店に入った。
有名人であるリリーナは、普通の喫茶店に入ると、大変なことになる。
だが、ここの喫茶店は、席数が少なく、店内の雰囲気も静かなため、大げさな変装がなくても気軽に利用できるのである。
「今日の会議の様子、当然、見てた、わよね?」
リリーナが気まずそうに話しかける。
「・・・ああ」
「あんなこと、言うつもりじゃなかったの、初めはね、でも」
「お前は馬鹿だ。すぐに熱くなるのはお前の悪い癖だ」
「ごめんなさい。でも、言わずにはいられなかったの。問題は、政府がわたくしに対してどう出てくるか、よね。・・・怒ってる?わたくしがしたことに・・・」
「そうじゃない。ただ、お前は政府を敵に回した事になる。これ以上奴らを刺激したらお前は・・・」
「殺される、かしら・・・?」
「最悪は・・・な」
「・・・・・・」
リリーナはカップの中の紅茶を見つめた。
「それでも、戦うつもりか?」
ヒイロの言葉に、リリーナはゆっくりと視線を元へと戻した。
「・・・ええ」
「お前が決めたことだ、俺は止めない。だが、無茶だけはするな」
「分かっているわ。・・・何なら、あなたがわたくしのボディーガードをしてくださると頼もしいのだけど・・・。それは無理なお願いかしら?」
「お前の身が危なくなったら助けに行ってやる」
「あら、随分と冷たいのね。いつもは優しいのに」
リリーナの言葉に、ヒイロはふいっと顔を反らし、窓の外を見つめた。
「・・・分かったわ」
ふぅっと、リリーナはため息を落とした。
「もう出るぞ」
「ええ」
ヒイロの言葉に、リリーナも立ち上がった。
 
 
 2人は喫茶店を出ると、比較的人通りの少ない通りを並んで歩いた。
「・・・“平和”って、何かしらね・・・」
リリーナはつぶやくように言った。
ヒイロは黙ってリリーナの横顔を見つめた。
「何不自由なく暮らせる、それが平和なのかしら・・・?」
「口にするだけなら誰にでもできる」
「・・・ええ。・・・もし、本当に平和になったとしても、その平和を維持するのは難しいわ」
「ああ。だが、お前になら出来るだろう」
「ありがとう。ヒイロ・・・」
どちらともなく伸ばした手が重なり、指がそっと絡まる。
「ねぇ、今日はもうお仕事は終わりなの?」
「ああ・・・」
「本当に?」
「どういう意味だ」
「別に。ただ、わたくしの為にお仕事を途中で切り上げたのだとしたら、悪いと思って」
「仕事よりお前の方が大事だ」
ヒイロはさらりと言った。
「まぁ・・・」
リリーナの頬が淡く色づく。
「さっきは、ボディーガード、嫌だって言ったくせに」
「それとこれとは別だ」
「あなたって、そんなにわがままな人だったかしら?・・・まぁ、いいわ。ね、それより、今日はわたくしの部屋に泊まっていけるの?それとも、寮へ戻る?」
プリベンターには、いつでも緊急の仕事にも対応できるよう、寮が与えられているのである。
「泊まっていってもいい」
ヒイロの言葉に、リリーナはにっこり微笑んだ。
 
 
 
 次の日。
仕事へ出勤したヒイロを出迎えたのは、にやっと笑みを浮かべたデュオだった。
「昨日は寮に戻らずにどこに行ってたんだ?まさか、朝までお嬢さんと一緒だったとか?」
「くだらないことを言っていないでさっさと自分の仕事をしろ」
「・・・否定はしないってか。・・・お前らって、いつか、結婚するのか?」
「・・・・・・」
「全然考えてないわけじゃないだろ?」
「・・・・・・」
ヒイロは答えない。
デュオはあきらめたように一つため息をつくと
「ま、それより、昨日の例の会議のことだけど、新聞にでっかく載ってるぜ。“政府VSドーリアン外務次官”だってよ」
「その事について、今日、緊急で記者会見があるそうですよ」
と、横からカトルが言った。
「じゃあ、見ないとな。何時からだ?」
「もうすぐ始まりますよ」
カトルは腕時間で時間を確認すると、テレビの電源を入れた。
 
 
 9:30。
記者会見が始まると同時に記者からの質問が飛ぶ。
「ドーリアン外務次官、昨日の会議での、政府に対する発言ですが」
「はい」
リリーナは質問をする記者へ顔を向けた。
「政府と戦うというのは、本当ですか?」
「政府の方々が、本気で平和について考えてくださるのなら、戦おうとは、わたくしは思いません。“NOT ALL OF PEOPLE ARE HAPPY”という言葉を覚えていらっしゃいますか?・・・人々の全てが必ずしも平和であるというわけではありません。“平和”と“戦争”は紙一重なのです。平和が崩れれば、また、あの恐ろしい平和が起こりうるのです。“平和”・・・このたった2文字にどんな大きな意味があるのか、それを、その答えを皆さんに考えていただきたいのです。わたくしが戦うと言ったのは、政府の方々がこのまま、今のままが本当の平和だと言い続けるのでしたら、わたくしはわたくしで、本当の平和について考えてみる、そういう意味で言ったのです。たとえ、周りの人々が政府の方々に従おうと、わたくし1人になろうと、その考えは変わりません」
一瞬、会場全体が沈黙した。
(反応がない・・・。やはり、駄目なのだろうか・・・)
深いため息をつき、リリーナが静かに立ち上がった時、不意に、どこからか、拍手の音が聞こえた。
「え・・・?」
リリーナは驚いて顔を上げ、拍手の主を探した。
それは、その拍手の主とは、昨日、リリーナと対立したカリス長官だった。
「カリス長官・・・」
「どうやら、私はあなたを誤解していたようだ。ドーリアン外務次官」
「え?」
「政府(われわれ)はあなたに従いましょう」
「カリス長官・・・。本当・・・ですか?」
「もちろんですよ。一緒に平和について考えていきましょう」
「ありがとうございます」
リリーナはカリスに深々と頭を下げた。
 
 
『はい、こちらプリベンター』
受話器の向こうからデュオの声が聞こえた。
「デュオさん?リリーナです」
『ああ。お嬢さん。会見、見てたぜ。よかったな』
「ええ、ありがとう。あの、ごめんなさい、デュオさん。ヒイロに代わっていただけませんか?」
『それがさ、今さっき仕事で出ちまったんだ』
「そうですか・・・。ありがとう。また後から掛け直します」
受話器を置くと、リリーナはふぅっとため息をつき、ロビーのソファに深く腰をかけた。
(会いたかったのに・・・)
頬杖をつき、ふと外を見ると、外に見覚えのある車が停まっていた。
(あれは・・・)
中から出てきたのは
「ヒイロ・・・」
リリーナは立ち上がり外に出た。
ヒイロもリリーナに気付いてリリーナに歩み寄ってきた。
「どうして・・・?」
「今、デュオからお前から電話があったと連絡があった」
「それで、わざわざ来てくれたの?」
「仕事から戻る途中だ」
「そうなの、でも、会えてよかった」
「仕事はもういいのか?」
「ええ、今日は記者会見だけだから」
「そうか・・・」
「2人だけで話がしたいわ」
「・・・わかった。車に乗れ」
 
 
 かくして、2人は例の喫茶店に入った。
「今日の記者会見は、見てくれた?」
「ああ・・・」
「そう・・・」
「何とか政府(やつら)を敵に回さずに済んだな」
「ええ・・・」
とリリーナは微笑んだ。
「あの時、政府・・・、カリス長官がわたくしの考えを理解してくださった時、すごく嬉しくて、あなたに真っ先に抱きしめてほしかった・・・」
「・・・リリーナ・・・」
「でも、こうして会えたから・・・」
「リリーナ・・・。お前にとって、俺はどんな存在だ?」
「え?なあに?突然。あなたがそんなことを聞くなんて」
「いいから答えろ」
「強引ね」
とリリーナは肩をすくめると、そうね、とつぶやいた。
「あなたは、わたくしにとって、一番大切な人よ。ずっと側にいてくれたらって、思うけど、それは、無理よね・・・。お互い忙しくて、たまにしか会えないんですもの。でも、心は誰よりも側にいるでしょ?」
「・・・ああ」
ヒイロは微かにふっと微笑んだ。
「・・・職場に戻らなければいけないのでしょ?」
「ああ」
喫茶店を出て、リリーナを家まで送り届けた。
「ありがとう」
と、車から出ようとして。ヒイロに腕を引っ張られた。
「え?・・・あ、くすくす、さよならのキス?」
ヒイロの手がリリーナの頬に触れると、2人はそっと唇を重ねた。
 
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「あとがき」
こんにちは、希砂羅です。
えー、この話はですねぇ、私が高校生の時に書いた話であります。今から約、4、5年前ですね。ああ、若いですね。何かね、話事態は自分でも好きで、大変気に入っている話の一つなんですが、今回、こうして打ち直しながら読み返すと、「ああ、若いなぁ・・・」とつくづく思います。私にしかわからないかもしれないけど。「ああ、これで満足だったんだなぁ・・・」ていうか、今では、もっとディープな、というか、二人の、いわゆる「ラブ」なシーンをもう少し深く、具体的に書けるようになってきたので、「キス」のシーンを書くだけで精一杯だった頃を思い出し、初々しいというか、懐かしく思います。ああ、恥ずかしい。でも、読んでほしい。そんなこんなを思う希砂羅でありました。
 
2004.8.1 希砂羅