LOVE AND PEACE
−NOT ALL OF PEOPLE ARE HAPPY−
(2)
 
 それから1ヵ月後。
「ねぇ、ヒイロ。私がもし、人を殺したら、どうしますか?」
何度目かのデートの途中で立ち寄った喫茶店で、リリーナは突然そんなことを言った。
「・・・リリーナ?」
驚くヒイロに、当のリリーナは窓から外を見つめている。
「殺したい奴でもいるのか?」
ううん、とリリーナは首を横に振った。
「ふと、そう思っただけ」
「・・・俺はその前に、お前を止める」
「ふふ。でしょうね。・・・かつてのクイーン・リリーナが言うセリフではないわね」
「いざとなれば、人は誰だって人を殺すことが出来る。だが、お前には人を殺してほしくない。・・・俺が言える言葉ではないがな」
「ヒイロ・・・。そんなことはないわ、ありがとう。・・・ちょっとね、気の合わない長官がいて、何かと私の発言に文句をつけてくるのよ」
「・・・その長官の名前は?」
「え?えっと、アミール・ミル・・・だったかしら」
「アミール・ミル?」
ヒイロは眉を寄せた。
「ええ。知っているの?」
「・・・“結婚詐欺師”だ」
「え?結婚詐欺師って・・・、それ、本当なの?でも、どうしてあなたがそんなことを知っているの?」
「俺が奴を捕まえたからだ」
「捕まえたって・・・逮捕したの?」
「警察に突きつけた。だが、証拠が不十分で、3ヵ月後に釈放された」
「そうなの・・・。知らなかったわ、プリベンターって、いろいろなお仕事をするのね」
リリーナはどうやら違うことに驚いているらしい。
それから口の中であっとつぶやいた。
「どうした?」
「あのね、実は」
と、リリーナはバックの中から白い封筒を取り出した。
「何だ、それは」
「今朝、アミール長官から届いたの」
ヒイロは黙って封筒を受け取ると、中を開き、手紙に目を通した。
そこには、次のように書かれていた。
『大事なお話があります。直接会っていただけませんか。もしも、ご都合がよろしければ、明日の正午、わたくしの屋敷へいらしてください。お待ちしています。』
「明日・・・会うのか?」
「・・・ええ。初めは迷ったのだけど、一度、きちんと話をした方がいいと思って。いつまでも、対立していられないでしょう?」
「・・・そうか。だが、くれぐれも無茶はするな」
いいな、と、ヒイロは念を押した。
「わかってるわ」
にっこりと答えるリリーナに、ヒイロはため息を落とした。
(不安だ・・・)
 
 
 
 次の日。
ヒイロはいつものように仕事をしていた。
と、上着のポケットに入れていた携帯電話が突然鳴り出した。
電話の相手の予想はついた。
(今日、奴と会うと言っていたな)
そんなことを思いながら、ヒイロは電話に出た。
「俺だ」
『リリーナです。ごめんなさい、お仕事中なのはわかっていたのだけど・・・。昨日、話したわよね。ミール長官と会うって』
「ああ。正午に会うと言っていたな」
腕時計で時間を確認すると、時刻はまもなく正午になるところだった。
『ええ・・・。今、彼のお屋敷の前にいるの』
「そうか。それで・・・、電話をかけてきた理由をまだ聞いていない。・・・急に怖くなったのか?奴に会うのが」
『・・・そうね。正直に言うと、怖いわ。それは手紙をもらった時から感じていたけれど。でも、会うと決めたのは私・・・』
「何を言いたい?」
リリーナの要点を得ない話に、ヒイロは半分苛立っていた。
自然と口調が荒くなる。
『・・・最後にあなたの声が聞けて嬉しかったわ』
そう言うと、突然、電話は切れた。
「おいっ!リリーナ!?」
聞こえるのは虚しいツーツーという音。
(馬鹿が・・・!無茶をするなとあれほど・・・!)
「くそっ」
ヒイロの拳が壁を叩く。
血が滲むのもお構いなしに、ヒイロは上着を掴むと、部屋を飛び出した。
 
 
(ごめんなさい、ヒイロ・・・)
 リリーナは一方的に電話を切ると、一度深呼吸をした。
(落ち着かなければ・・・。冷静に話をしなければ。向こうの話に巻き込まれないようにしなければ)
玄関の前に立ってもう一度深呼吸をすると、チャイムを押した。
ドアを開けて出てきたのは、アミール長官本人であった。
「お待ちしていましたよ。ドーリアン外務次官」
「どうも」
「来て下さらないかと思いました。・・・さぁ、どうぞ」
「失礼します」
「とりあえず、リビングで紅茶でもいかがですか」
「毒入りか睡眠薬入りでなければいただきますわ」
リリーナがすまして言うと、アミール長官はハハハッと声を上げて笑った。
「そんなことはしませんよ。私は純粋にあなたとお話したいだけですから」
ようやくリビングに着くと、2人はテーブルを挟んでソファに腰掛けた。
一度席を立ち、アミール長官が自ら紅茶を淹れた。
「いただきます」
と礼を述べたが、リリーナはすぐには口をつけなかった。
「それで、お話とは一体何でしょう。お手紙にはそこまで詳しく書かれていなかったので」
「・・・あなたに、私という人間はどういう風に映っているでしょうか」
「どういう風にとは、どういうことでしょうか」
「やはり、ただ、同じ仕事をする人間、そうとしか映っていませんか?」
「質問の意味が・・・」
「私は、初めて出会った時から、あなたを、一人の女性として、違う目で見つめてきました」
「・・・・・・」
「私の、いえ、私と結婚していただきたい」
「えっ・・・?」
リリーナは動揺した。しかし、それは一瞬のことだった。
リリーナは冷静にアミール長官を見つめ返した。
「・・・今までも、そうやって多くの女性を騙してきたのですか」
「何のことでしょう」
「知っています。あなたが結婚詐欺師だということは」
一瞬、アミール長官の瞳の色が変わった。
「もう過去の話だ。私はもうその仕事からは一切足を洗った。今の、あなたに対する気持ちは本物です。あなたを騙しているつもりはない」
「それでも、わたくしはあなたと結婚するつもりはありません」
「ふっ。甘いですな、ドーリアン外務次官。私が何も知らないとお思いですか」
「何のことです」
アミール長官は、上着のポケットからある物を取り出し、リリーナの前に広げた。
「?・・・っ!これは!」
その写真にはリリーナとヒイロが写っていた。2人ともこちらを見ていないところを見ると、どうやら隠し撮り写真らしい。
「あなたが私との結婚を拒むのは、この男がいるからでしょう?まったく、皮肉ですな。腹立たしくさえ思える。よりによって、私を警察に突きつけたこの男があなたのお相手とは」
「・・・・・・」
「あなたにスキャンダルはまずいのではないのですか?」
リリーナはアミール長官を睨み付けた。
「わたくしを脅すのですか?」
「まさか・・・。これで、綺麗に解決しましょう」
アミール長官は上着の内ポケットから分厚い封筒を取り出し、リリーナの前に置いた。
リリーナは中身を確認しなくても、それに何が入っているかがわかった。
「お金・・・ですか?・・・このお金でわたくしが手に入ると?彼がわたくしから身を引くと?」
「奴だって人間だ。こんな大金を突きつけられた、心だって動くでしょう。それに、所詮、世の中はお金で全てが動く。そういう世界ですよ」
「それは違います。・・・甘いのはあなたの方です、アミール長官」
「それは、どういう意味でしょうか」
「あなたなんかにわたくしの心はあげないわ」
「何ですって?」
「あなたなんかにわたくしの心をあげてたまるものですかっ!」
そう言うと、リリーナは目の前の封筒をアミール長官に向かって投げつけた。
「くっ・・・。少々、お言葉が過ぎますよ、ドーリアン外務次官」
「失礼させていただきます」
リリーナは席を立ち、部屋を出て行こうとした。
しかし
「ただで帰れると思うなよ?小娘がっ」
「きゃっ」
ドアノブに手を掛けた腕を強く掴まれた。
「離してくださいっ!・・・っ!」
カチリという冷たい音と共に額に押し付けられたのは・・・銃口。
「ふっ。殺すには惜しいが、仕方が無い。私を怒らせた自分を恨むんだな」
(くっ。こうなったら・・・)
「ごめんなさいっ!」
と、小さくつぶやくと、リリーナは膝でアミール長官の股間を蹴り上げた。
以前、ヒイロに教わった護身術の一つだった。
まさか、こんな場面で役に立つとは思わなかった。
「うっ・・・」
アミール長官は小さくうめき、床にしゃがみこんだ。
リリーナは床に落ちた拳銃を拾うと、アミール長官の額にその銃口を当てた。
「っ!」
一気に立場が逆転する。
「わたくしの勝ちですね」
リリーナはにっこりと笑った。もはや、リリーナの怒りは頂点に登っていた。
「脅しだとお思いですか?女だからといって馬鹿にしないでくださいね。恨むのなら、わたくしを怒らせたご自分を恨んでください。・・・さようなら・・・」
怒ったリリーナは誰にも止められない。そう、一人を除いては。
リリーナが引き金に指を掛けた時、バンッと勢いよくドアが開けられた。
「リリーナッ!」
間一髪でヒイロが間に合った。
「ヒイロ・・・」
知った声に、リリーナは我に返った。
「銃を下ろせ、リリーナ」
ヒイロの静かな声に、リリーナは黙って素直に腕を下ろした。
ヒイロはリリーナに歩み寄ると、銃を取り上げた。そして、次の瞬間、ヒイロの手がリリーナの頬を打った。
途端、緊張の糸が切れたように、リリーナは床にしゃがみこんでしまった。
その間に逃げようとしたアミール長官の腹に、すかさずヒイロの蹴りが食い込む。
「くっ・・・」
アミール長官は目を白黒させて気絶した。
ヒイロは携帯電話を取り出すと、番号を押した。
『はい、こちらプリベンター』
すぐにデュオが出る。
「デュオか」
『ヒイロか。びっくりしたぜ、突然飛び出して行くから。で、今、どこにいるんだ?』
「アミール・ミルの屋敷だ」
『アミール・ミルって・・・前にお前が警察に突き出した?』
「そうだ」
『何でまた奴の屋敷に。また何かをやらかしたのか?そいつ。お嬢さん絡みか?』
「ああ」
『お嬢さんは無事か?』
「ああ」
『で?俺にどうしろって?』
「アミール・ミルを警察へ突き出して欲しい」
『へいへい、わかりましたよ。今からそっちに向かうから、逃がさずに捕まえててくれよ』
「誰に向かって言っている」
『冗談だよ、冗談』
「切るぞ」
『オーケー』
ヒイロは携帯電話をポケットに戻すと、座り込んでいるリリーナの前にしゃがみ、さっき自分が打った頬に触れた。
「まだ痛むか?」
「いいえ・・・」
リリーナは俯いたまま首を小さく横に振った。
「そうか・・・。打たれた理由は、わかってるか?」
「ええ・・・」
「無茶をするなと言ったはずだ」
「自分で解決したかったの」
「奴を殺せば、解決したのか?自分を人殺しにしたいのか?」
「じゃあ、どうすれば良かったの?素直に申し入れを受け入れればよかったの?」
リリーナが顔を上げる。
「申し入れ?奴に何を言われた?」
「・・・結婚・・・して欲しいって、言われたわ」
「・・・・・・」
「テーブルの上に写真があるでしょ?」
「ああ。これは・・・」
「あなたとわたくしの隠し撮り写真よ」
「どうして奴がこんなものを・・・」
「わからない?アミールさんは、お金を使ってわたくしとあなたを別れさせるつもりだったのよ」
「・・・俺は」
ヒイロは写真をクシャっと手で握りつぶした。
「金なんかで身を引くほど馬鹿じゃない」
「ヒイロ・・・。わたくしもよ・・・」
リリーナはヒイロの言葉に嬉しそうに微笑んだ。
「ところで、リリーナ。一つ気になっていたんだが・・・」
「なあに?」
「どうして“あんな風”になっていたんだ?」
「え?」
「俺は逆だと思っていた。てっきりお前が銃を向けられていると・・・」
「あ、あれは・・・」
リリーナはようやく事を思い出した。
一気に恥ずかしくなって顔が赤くなるのが分かった。
「・・・逆だったわよ、初めは・・・」
リリーナは俯いてぼそりと呟く。
「それが、どうして逆転したんだ?」
「それは・・・秘密・・・」
(言えるわけないわ・・・)
「まさか、急所を蹴ったのか?」
「ど、どうしてわかったの!?」
リリーナは驚いて顔を上げた。
図星なのか・・・とヒイロは呆れた顔でため息をついた。
「冗談で言ったつもりだったんだが・・・。まあ、仕方ないと言えば仕方ないが・・・」
「そ、そうよ。だって、両手を掴まれて、それしか逃げる方法が思いつかなかったんだもの。じゃなきゃ、わたくしが殺されていたわ。それに、アレはあなたが教えてくれたのよ」
と、リリーナは横目でヒイロを見る。
「正当防衛、か?」
「そうよ」
「そうだな。・・・よく、頑張ったな」
ヒイロはリリーナの頭に手を置いた。
「ヒイロ・・・」
リリーナははにかんだ。
「ねえ、ヒイロ。少しの間、胸を貸して。安心したら、疲れたわ」
そう言って、リリーナはヒイロの胸に顔を埋めた。
その細い身体を、ヒイロはそっと抱きしめた。
と、そこへ、当のデュオが到着。
「悪いな、遅れちまって。・・・・っておい、リリーナさん、気絶してんのか?」
「疲れて寝ているだけだ」
「ふ〜ん。まあ、無事ならいいや。で?こいつを警察に突き出しゃいいんだろ?完全に伸びちまってるけど。これ、お前がやったのか?全く、手加減てやつを知らない奴だな」
「逃げ出そうとしたのを食い止めただけだ」
「はいはい、わかりましたよ。しょーがねーな、引きずってくかな。で?お前は?会社に戻るのか?ま、今日は特に何もないから戻ったとしても暇なだけだけどな。んじゃ、俺はこいつを警察に突き出してその足で会社に戻るぜ」
デュオが出て行くと、ヒイロは自分の腕の中で眠るリリーナを見つめた。
(起こさない方がいいか。・・・ったく、俺はこいつに振り回されてばかりだな)
一つため息をつくと、ヒイロはリリーナをそっと抱き上げ、部屋を出て行った。
 
NEXT
 
 
「あとがき」
ああ、第2話です。というか、元の原稿では「第1話」、「第2話」という風には分けていないんですが、打ち直すにあたり、読みやすくするために敢えてわけました。今回の第2話は、うーん、ポイントは「急所を蹴るリリーナ」なんですが、皆さんの反応がどきどきです。「いやー!」っていう方も中にもおられるかな。申し訳ありません。これでも私、リリーナのファンです。なんだろうな、この頃からか、その少し前からか、小説を書いている際、そのキャラクターに妙に感情移入してしまい、リリーナが心を痛めるシーンを書くと、自分も苦しくなって、何度も書くのをやめようか、なんて思うことも多々、経験するようになりました。今は割りと、切り離せるようになりましたが、それでも、悲しい話を書いた後は、やっぱり切なくなりますね。なら、書かなきゃいいんですが、それもまた、つまらない、というか。全然書きたくない、まではいかないので、今でもたまに悲しい話、切なくなる話、書くことがあります。というか、その時の自分の精神状態がマイナスな方向にあると、やっぱり影響しますね。楽しんで悲しい話を書いたこともありましたが。やっぱり、自分の精神状態というのは強く影響します。と、何か、真面目に語ってしまいました。話のあとがきにならなかったな。
 
 
2004.8.2 希砂羅