「王子様と王女様」
 
第1章       2.恋
 
それから1週間後。
ヒイロはいつものように暇を持て余していたが、時折遠くを見つめてはため息をついていた。
「デュオ、欲しくても手に入らないものがあったこと、お前は知っていたか」
側にいたデュオを見ずに、独り言のように呟いた。
「あの娘のことですか」
ヒイロは答えない。
沈黙が答えだった。
(王子は完全に恋煩いになってしまった・・・。しかし、こればっかりは私にはどうしようも出来ない)
しばらく、窓辺に寄りかかり遠くを見つめていたヒイロは、急に何かを思いついたようにデュオに顔を向けた。
「デュオ、俺は決めた」
「何を、でございますか」
「あの娘を花嫁に迎える」
「あの娘、といいますと」
答えはわかっていたが、とりあえず聞いてみた。
「リリーナだ」
(やはり、そうか)
「あの娘を、ですか?」
「明日、城に連れてきてくれ。両親に会わせる」
「しかし、そんな急に・・・。それに、彼女は町の娘です。王様とお妃様がお許しにならないに決まっています」
「誰が何と言おうと、もう決めた。・・・あいつじゃなきゃ駄目なんだ」
その一言に、デュオは一瞬臆して言葉を失った。
しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。
デュオは気持ちを立て直すべく、ゆっくりと深呼吸をし、ヒイロに向き直った。
「なぜ、あの娘でなければならないと思われるのですか?」
「わからない・・・。ただ、リリーナとなら、結婚したいと思ったんだ」
デュオは真剣な眼差しでヒイロを見つめた。
「本気なのですか」
「ああ」
デュオは一瞬考えるように目を伏せた。
そして、目を開くと、正直な気持ちを述べた。
「あの娘は来るでしょうか」
「来る」
ヒイロに睨まれたが、デュオはすぐに行動する気になれなかった。
(絶対に来ないに決まっている)
デュオはヒイロと共に町に降りた時のことを思い出した。
ヒイロとリリーナが2人でどこかへ行き、ヒルデと共にヒイロを見つけた時、隣にリリーナはいなかった。ヒイロが王子だと知って、自ら身を引いたのだろうというのが、デュオの答えだった。
(そういう意味では、賢い娘か・・・。明日、娘が城に来なければ、王子もきっとあきらめがつくだろう)
「わかりました。明日、娘の元へ行って参ります。しかし、娘が来るという保障はありません。それだけは、頭に置いておいてください」
ヒイロに再び睨まれたが。デュオはひるまずに頭を下げ、部屋を出て行った。
 
 
 次の日、デュオは町に降り、一度ヒルデの店に寄り、リリーナを尋ねたが、今日は休みだという。デュオは仕方なく、ヒルデにリリーナの家の場所を尋ねた。
「どうして、リリーナの家に?」
当然とも言えるヒルデの問いかけに、ちょっとね、とデュオは苦笑を漏らした。
「わがままな王子様の命令でね」
「ふ〜ん」
と言っただけで、ヒルデはリリーナの家への道を教え、まだ仕事が残ってるんだ、と仕事に戻っていった。
ヒルデに教えてもらった道を通り、リリーナの家に辿り着いた。
「ここか・・・。想像していたより小さな家だな。まぁ、母親と2人暮しなら十分か」
玄関のドアをノックすると、すぐに返事があり、しばらくしてリリーナがドアを開けた。
「はい。・・・あ、昨日の・・・デュオ、さん?」
「はい。王子の教育係りをしています」
「教育係り・・・。そうなのですか。それで、その王子様の教育係りさんがどうして私の家へ?」
「王子様の命令で参りました」
「王子様の命令?」
「・・・外に出られますか。あまり、人には聞かれたくない話ですので」
「わかりました。では、庭へ行きましょう。家の裏にある小さな庭ですけど、そこなら誰にも聞こえないと思います」
「では、そうしましょう」
「母に言ってきます。急に私がいなくなったら心配するでしょうから」
「わかりました」
リリーナは頷いて、家に入り、しばらくして出てきた。
「こちらです」
リリーナに連いて小さな庭に来た。
「小さな庭でしょう?」
リリーナは微笑んだ。・
「いえ、素晴らしいお庭ですよ。お花がとても綺麗だ。あなたが全てお世話を?」
「ええ。小さな楽しみです。・・・それで、お話とは?」
リリーナはデュオを真っ直ぐに見つめた。
デュオはその瞳を真っ直ぐに受け止めると、話を切り出した。
「実は、王子がとんでもないことを言い出したのです。あなたを花嫁に迎えると。そして、あなたをお城へ連れてくるようにと」
リリーナは目を伏せ、俯いた。
軽く唇を噛む。
「・・・私は、この家を出るわけにはいきません。病気の母を1人残して家を出るなんて、そんなこと、私には出来ません。お分かりでしょう?」
「・・・あなたの答えは分かっていました。あなたは賢い娘だ」
「なぜ、そう思われるのです?」
リリーナは顔を上げた。
「あの日、あなたは町を案内すると、王子を連れ出しましたね。しかし、私たちが途中で王子に出会った時、当然、王子と一緒にいるであろうあなたはいなかった。王子は何も言いませんでしたが、私は考えました。彼が王子だと知って自ら身を引いたのだろうと。違いますか?」
リリーナは遠くを見つめた。
「・・・抱きしめられたのです。抱きしめられたのは、少しの間だったけれど、その少しの間に、私は考えました。彼の想いに答えたい。けれど、彼と私では身分が違いすぎる。2人が結ばれることは決してないのだと。だから、彼に、王子様にお別れを告げて、逃げるように帰りました。・・・あなたも、それでよかったのだとお思いなのでしょう?だから、私を賢い娘だと・・・」
「ええ、その通りです」
「王子様にお伝えください。私はあなたには決してふさわしくない娘なのだと。もう、私のことはお忘れになってくださいと」
リリーナの瞳には涙が浮かんでいた。それを決して零すまいと無理して笑う。
その姿は、とても痛々しかった。
ズキリ、とデュオの胸が痛んだ。
「わかりました。王子様にそうお伝えします。お忙しいところを失礼しました」
デュオは深々と頭を下げた。
リリーナも深々と頭を下げる・
リリーナが顔を上げる前に、デュオはリリーナに背を向けた。
 
 
 城に帰り、ヒイロにリリーナの言葉を伝えると、ヒイロは何も言わず、部屋に閉じこもってしまった。
(王子には酷な話だったな。しかし、これは王子のためなんだ)
デュオは自分にそう言い聞かせた。
でなければ、自己嫌悪に陥りそうだった。
 
 
 次の日の朝、デュオがヒイロを起こしに行くと、部屋はもぬけの空だった。城中をくまなく探したが、どこにもヒイロの姿は無い。
(まさか、あの娘に会いに1人で町へ降りたのか!?)
デュオはヒイロを探すべく、町へと急いだ。
 
 
「リリーナ」
名前を呼ばれ、リリーナは振り返った。
目を疑った。
彼が目の前にいる。
最初に会った時の姿で。
着慣れない服を着て。
「どうして・・・」
声がかすれる。
まだ驚いている。
「会いに来た」
ヒイロはさらりと言う。
リリーナは服の裾をぎゅっと握った。
「どうして・・・、どうして来たのです?私の気持ちは昨日、デュオさんにお聞きになったのでしょう?」
「ああ」
「だったらどうして・・・」
「俺はお前がいい。どんな高貴な娘より、どんな有名な国の王女より、俺はお前がいい。俺はお前を花嫁にすると決めた」
「そんなこと、誰が許すと思うのですか?誰も許すわけがありません。あなただってそれは分かっているはずです」
「誰に反対されたっていい。俺はお前が側にいてくれれば、それでいい。それだけで、幸せなんだ」
ヒイロの素直な想いに、リリーナの気持ちが揺るぎそうになる。
しかし・・・。
“駄目よ”
やはり、最後は理性が勝つのだ。
「俺はお前を誰にもとられたくない」
(駄目よ・・・リリーナ。駄目・・・)
リリーナは自分に言い聞かせ、首を横に振った。
「・・・・・・」
「愛してる」
ハッとリリーナが顔を上げる。
胸の奥が熱くなる。
涙が溢れた。
もう、自分の気持ちを誤魔化す自信がなかった。
「本当に・・・私でいいのですか?」
「言っただろう。俺はお前がいい。お前じゃなきゃ駄目なんだ」
その最後の言葉で、リリーナの理性はもろくも崩れた。
次の瞬間、リリーナはヒイロの胸に飛び込んでいた。
 
 
NEXT
 
 
「あとがき」
勝負に出たヒイロ。よくやりました。一度は身を引いたリリーナだけど、やっぱりあきらめたくない。そういう恋もあるものです。さあ、恋を選んだ二人をこの先待ち受けているものは、果たして・・・?
2004.1.29 希砂羅