「王子様と王女様」
 
第1章       3 妃
 
 
 2人が城への道を並んで、体を寄せ合うようにして歩いていた時、デュオと鉢合わせした。
「やはり、ここでしたか。2人でどこへおつもりですか?」
デュオの口調は厳しい。
当たり前と言えば当たり前だ。
「城だ」
ヒイロも同じく有無を言わさぬ口調で言い返す。
「この娘を連れて、ですか?」
「ああ」
リリーナはデュオを見た。
「ごめんなさい、デュオさん。私は結局、“賢い娘”になれませんでした」
デュオはため息をついた。
「そうですか。お城へ行くのは、まあ、よしとしましょう。しかし、リリーナさん、王様はともかく、お妃様はお厳しい方です。お妃様に気に入られるには、相当な覚悟が必要です。覚悟は出来ていますか?途中で城を逃げ出すことになるかもしれませんよ」
「逃げません、私」
リリーナは気丈に微笑んだ。
“強い瞳だ”
デュオは思った。
(この娘なら、もしかして・・・)
と少し思った。
「わかりました。ところでお2人共、まさか城まで歩いて行かれるおつもりですか?こちらに馬車がございますが」
「早く言え」
ヒイロはデュオを睨んだ。
デュオは苦笑を漏らすと
「申し訳ありません。では、こちらへ」
かくして3人を乗せた馬車は城へと向かった。
 
 
城に着くと、デュオは侍女を呼んで、リリーナを着替えさせるように命令した。
それに対し、リリーナは反発した。
「どうして着替えなければならないのです?そんなにみすぼらしいです?私の格好」
リリーナはワンピースを着ていた。
町の娘の約8割がリリーナと同じような格好をしている。
「いや、そうではなくて、その服では、王様とお妃様に失礼かと・・・」
「素直にみすぼらしいとおっしゃってください。そしたら、素直に指示に従います」
「ん、その、少し、みすぼらしいかな」
デュオは控えめに言った。
リリーナは少し苦笑すると
「わかりました。それでは、お願いします」
リリーナは侍女に丁寧に頭を下げた。
 
 
 しばらくして、綺麗に正装させられたリリーナが部屋から出てきた。
綺麗なドレスを着せられ、髪を結い上げ、化粧まで施されていた。
端から見れば、決して町の娘だとはわからないだろう。
「これで、よろしいでしょうか」
「十分です。お綺麗ですよ、お嬢様」
「ありがとうございます」
リリーナは照れたように微笑んだ。
「王子を呼んできます。少々お待ちを」
「はい」
リリーナを残し、デュオは長い廊下を歩いて行った。
(お妃様って、どんな方なのかしら。少し、緊張してきたわ。落ち着かなきゃ)
リリーナは深呼吸を繰り返した。
「リリーナ」
呼ばれて振り向くと、ヒイロだった。彼も正装させられている。
いや、これが彼の普段着なのかしら。
「私、変じゃないかしら」
「ああ、少しも変じゃない。すごく・・・綺麗だ」
ヒイロは本気でリリーナに見とれていた。
「ありがとう」
リリーナはとても嬉しそうに微笑んだ。
「では、参りましょうか。あまり待たせては王様とお妃様に失礼ですので」
デュオの後に続いて、2人は王室に足を踏み入れた。
「王様、お妃様。王子をお連れしました」
王様は軽く頷いた。
「王子、デュオから少し話を聞いた。その娘か?お前が花嫁に迎えたいと申すのは」
「はい、彼女です」
「リリーナと申します」
リリーナは王様とお妃様の前に進み出て、頭を下げた。
「王子、この娘はどこの国の王女なのだ?初めて見るが」
「彼女は・・・町の娘です」
「まぁ」
と、妃は驚いて口元を手で押さえ、笑い出した。
「ほほほ、町の娘、まぁ。王子、そなた、気は確かですか?町の娘を花嫁に迎えたいなどと。冗談もはなはだしい」
「冗談ではなく、私は本気でこの娘を花嫁に迎えたいと思っています。母上」
ヒイロは母親を睨み付けた。
妃はそれを軽く流すと、リリーナをまじまじと見つめた。
「外見は、そう、合格ね。しかし、所詮は町の娘。町の娘に何が出来るというのです?そんなにその娘が良いと言うのなら、わたくしが試験をいたしましょう。それに見事合格してみせたなら、その時は、わたくしはあなたを花嫁と認めましょう。よろしいわね?リリーナとやら」
「はい。お妃様」
リリーナは深々と頭を下げた。
「お題は、テーブルマナーとダンス。この2つはとても基本的なこと。これが出来なくては問題外です。あなたには特別にハンディをあげるわ。あなたにテーブルマナーとダンスの講師を付けましょう。試験は1週間後。1週間後あれば十分でしょう?よろしいわね、王子、娘よ」
2人は頷いた。
「ならば、もうお下がりなさい、2人共」
ヒイロとリリーナはもう一度頭を下げ、王室を出た。
「すまない、あんな母親で。彼女が前に話した義理の母親だ。父上より威張っている。大方、この城の中で自分に一番権力があると思っているんだろう」
「そんな言い方、お妃様に失礼だわ。お妃様がおっしゃったことは正論だもの。何も間違ってはいないわ。私、頑張るわ。必ず、合格してみせます」
「ああ」
「・・・今日はもう帰ります。母が待っているし。1週間後、またお会いしましょう」
「ああ」
「その前に、服を着替えなければ・・・。さすがに、この格好で町に戻ることは出来ないわ」
「そうだな。侍女を呼ぼう」
「いえ、1人で出来ます」
「そうか」
ヒイロが頷いた時、王室からデュオが出てきた。
「お2人共、まだこちらにいらしたんですか」
「少し話をしていた。リリーナはもう帰るそうだ。帰る手配をしてやれ」
「かしこまりました。その前に、まず着替えをしなければならないですね。侍女を呼びましょうか?」
「いえ、1人で出来ます。でも、着替えをした部屋に案内していただけますか?場所を忘れてしまって」
「ええ。ご案内いたします」
デュオはリリーナを連れて廊下を進んで行った。
しかし、しばらくしてヒイロに振り返ると
「王子、あなたには勉強があるんですから、お早くお部屋にお戻りくださいね」
「ああ、わかってる」
ヒイロは大げさにため息をついた。
 
 
 町の入り口まで馬車で送ってもらい、リリーナはデュオに礼を言って馬車から降りた。
「明日から、テーブルマナーとダンスのレッスンがあります。明日、朝の10時にここまでお迎えに参ります」
「わかりました」
「それでは、また明日」
馬車が遠ざかるのを見送って、リリーナは家に戻った。
家に入る途中で、ジャックに捕まった。
「どこに行ってたんだよ」
「遠くまで買い物に行っていたのよ」
「嘘だろ?」
「なぜ?」
「顔を見ればわかる。ずっとお前のこと見てきたんだから・・・。俺は、お前も同じ気持ちだと思ってた。・・・違うのか?」
「あなたのことは好きよ。だけど、あなたの好きと私の好きは違う・・・」
「好きな男が出来たのか?」
「・・・・・・」
「この前、一緒に歩いていた奴か?」
「ごめん、ジャック。今はまだ何も言えないの」
ジャックはリリーナの肩を痛いくらいに強く掴んだ。
「何でだよ!今まで俺たちに隠し事なんて何も無かったじゃないか!」
リリーナは苦痛に顔を歪めた。
「離して、ジャック。・・・ごめんなさい。これだけは、言えないの。たとえ、あなたでも」
それだけ言うと、リリーナはジャックの手を振り切って家の中に入っていった。
ジャックは唇を噛んだ。
リリーナの様子がおかしくなったのはあの日からだ。
知らない男と手を繋いで歩いていた、あの日から。
ジャックは道を蹴った。
「ちくしょー」
 
 
リリーナは食事を載せた盆を持って母親の寝室に入った。
看病の成果もあり、母親の体力はほぼ戻り、今では自分でベッドから体を起こせるようになった。
それも全て、リリーナが頑張ったからである。
母親は体を起こし、編み物をしていた。
「起きてたの。今日は体の調子はいいの?」
「もう、ほとんど治ったも同然よ。あなたのおかげよ、リリーナ」
リリーナは微笑んだ。
「・・・それより、どこへ行っていたの?」
「少し・・・散歩に」
「本当に?」
「本当よ?どうして」
母親は息をつくと
「ジャックが心配していたわ」
「ジャック、来たの?さっき、家の前で会ったわ」
「そう・・・。ねぇ、リリーナ、隠し事はやめましょう」
母親はリリーナに顔を向けた。
「お母さん・・・」
「お母さんにも言えないことなの?」
リリーナは息をついて、母親の向かいの椅子に座った。
「好きな人が・・・出来たの。結婚、したいと思ってるわ」
「その人と会っていたの?」
「・・・ええ」
「そう・・・。あなたは、将来はジャックと一緒になるものだと思っていたわ」
「・・・その人と結婚したら、お母さんも一緒に暮らしてほしいの」
「・・・もうそこまで考えているのね」
「お願い、お母さん。YESと言って。私、今までわがまま言ったことなかったよね?だから、お願い、私の最初で最後のわがままを聞いて」
「リリーナ・・・。考えさせてちょうだい。すぐには返事は出来ないわ」
「ええ、わかっているわ」
リリーナは立ち上がると、部屋を出ようとドアのノブに手を掛けた。そして、振り返った。
「明日から1週間、相手の家に花嫁修業をしに行くの」
「そう・・・。頑張りなさい。お母さんは1人で大丈夫だから」
「うん・・・。1週間分の食料、今から買ってくるね」
「ええ・・・」
娘の後姿を見送り、母親は目を閉じた。
 
 
 1週間、リリーナは城へ通い続けた。そして、運命の1週間後。
妃の前で、リリーナは完璧なテーブルマナーをしてみせた。
「よろしい、合格よ。では1時間後にダンスの試験を行います。よろしいわね?」
「はい」
1時間後、妃は小さなホールへリリーナを通した。
「ここで、ワルツに合わせてダンスをしてもらいます。相手は・・・あなた、いらっしゃい」
妃は近くにいた、リリーナにダンスを教えた講師を呼んだ。
「はい」
講師は前に進み出た。
リリーナと講師は向かい合い、ワルツに合わせて踊り始めた。
リリーナはワルツに合わせ、華麗な身のこなしで綺麗なステップを踏み、妃をうならした。
妃はため息を一つ落とすと
「なるほど、完璧なテーブルマナーと見事なダンス。文句の付けようがないわね。1週間でよくマスターしました。よろしい、あなたを王子の花嫁と認めましょう」
「ありがとうございます」
リリーナは深々と、優雅に礼をした。
「さあ、そうと決まれば早速結婚式の準備をしなければね」
と、妃は部屋を出て行った。
 
 
 3日後に結婚式を控えたリリーナは、母親を連れて城へ行くことになった。
しかし、リリーナは、母親には自分の嫁ぎ先を告げていなかった。
「馬車で迎えに来るなんて、よっぽどお相手は高貴な身分の方なのね」
「ええ」
城への道を上るにつれて、母親の表情が曇り出した。
「お母さん?」
母親の様子に気付いたリリーナが心配して、母親の顔を覗き込んだ。
「リリーナ、あなたのお相手と言うのはまさか・・・」
「そう・・・、この国の・・・、クレバ王国の王子様なの」
リリーナは頬を染めた。
しかし・・・。
「クレバ王国の王子・・・」
クレバ王国の名を聞き、母親の顔が一気に青ざめた。
嬉しそうに話す娘を見て、母親は悲痛な想いにかられた。
(なんて皮肉な・・・)
「どうしたの?お母さん。顔色が悪いわ。慣れない馬車で酔ってしまったの?もう少しで着くけど。それまで耐えられる?」
「え、ええ、大丈夫よ」
母親は笑顔を作った。
(あと少し・・・もう少しだけ、この子に夢を見させてあげたい。いいわよね?あなた・・・)
 
 
 城に着くと、母親を部屋に寝かせ、リリーナは王室に案内された。
もちろん、綺麗に正装させられた姿で。
「よく来ましたね。結婚後はこの城で暮らしてもらいますから、今のうちに城の中を王子の教育係りのデュオの案内してもらうといいわ。よろしいわね?デュオ」
「はい」
デュオは妃の前に膝まずいた。
妃はリリーナに目を向けると
「今、城の中は3日後に控えた王子とそなたの結婚式の準備で人々が忙しく動き回っているわ。あなたも、結婚式に備えてテーブルマナーとダンスの復習をしておくといいわね」
「はい」
リリーナは頭を下げた。
「2人共、もう下がってよろしい」
2人は最後に妃に頭を下げると、王室を出た。
「王様は最後まで何もおっしゃらなかったな。いや、口を挟む暇がなかったのかな」
と、最後の言葉は小声で。
リリーナは複雑な笑みを浮かべてデュオを見た。
デュオはリリーナに向き直ると
「さあ、これからが忙しい時ですよ。予定がぎっしり詰まっていますから、覚悟をしておいてくださいね。もしかしたら、王子とろくに話す暇も無いかもしれませんよ」
「・・・はい」
「まずは、結婚式に着るドレス選びをして、サイズを合わせましょう。私に着いて来てください。城の中を覚えることも忘れずに」
「はい」
リリーナは素直に頷いた。
何やら元気が無い。
それに気付いたデュオはリリーナの顔を覗き込んだ。
「どうされました?先ほどから元気が無いようですが。王子に会いたいですか?」
「それも・・・あります。でも、母のことが心配です。お城へ向かう馬車の中で急に顔色が悪くなって。デュオさん、母は何処で休んでいるのでしょうか。様子を見たいのですが」
「よろしいですよ。あなたのお母上が休まれているお部屋へ案内しましょう」
「お願いします」
デュオは頷いて、廊下を真っ直ぐに進み、一番奥にある部屋の前で止まった。
「こちらです」
デュオが軽くドアをノックした。
すぐに小さな返事が返ってきた。
デュオはリリーナに頷くと、リリーナを促した。
リリーナは頷き返し、ドアを開けた。
母親はベッドに横になっていた。
リリーナはベッドに近づくと、側に膝をついた。
「大丈夫?お母さん」
「ええ、もう大丈夫よ。心配かけてごめんなさいね」
リリーナは微笑み返し、母親の手を握った。
母親は一度天井を見つめ。何かを決意するかのように一度目を閉じると、娘を見つめた。
「リリーナ」
「なあに?お母さん」
「あなたに、いつか話さなければならないと思っていたことがあるの」
「なあに?」
「あなたは・・・」
母親がそう言い掛けた時、ドアがノックされた。
「デュオさんだわ。廊下に待たせているの。これから結婚式で着るドレス選びをしなければならないの」
「そう・・・。いいわ、それじゃあ、一段落したら、またここへいらっしゃい。その時に、今の続きを話すわ」
「ええ、わかったわ。それじゃ、また後で」
リリーナは最後にもう一度母親の手を握ると、部屋を出た。
「ごめんなさい、お待たせしてしまって」
「お母上様のご様子はいかがでしたか?」
「もう大丈夫みたいです」
「そうですか。それはよかった。では、改めて、行きましょう」
「はい」
 
NEXT
 
「あとがき」
ここで切ろうか、悩みましたが、続けて書いてしまうと、長くなってしまって、読む方も疲れると思いまして、思い切って切りました。この先、リリーナを待ち受ける運命とは・・・?
気になる方は、続きも読んでおくれまし。
 
2004.1.30 希砂羅