「秘密の恋人」(前編)


「ねえ、デュオさん。ドーリアン外務次官の恋人って、どんな人ですか?」
「ぶはっ!」
最近、コンビを組むことになったプリベンター新人のシエルがふと思いついたようにいきなりそんな質問をしてきたので、デュオは飲みかけのコーヒーを思わず噴き出してしまった。
「うわっ。汚いなぁ。・・・それだけ動揺しているってことは、やっぱり、いるんですよね?ドーリアン外務次官に恋人」
さらに追い討ちをかける。
自称、リリーナファンのシエルである。
「さ、さあね。俺は知らねぇけど」
デュオは冷や汗をかきつつ、目線を逸らす。
「どうして隠すんですか?コーヒーを噴き出して思い切り動揺してたじゃないですか。それに僕は、彼女が外務次官として登場してから、ずっとファンなんです。彼女が外務次官になって2年。その間に、彼女はどんどん綺麗になっていく。大人になったから、っていう理由だけじゃないと思うんです。きっと、恋人に愛されているんだと思います。・・・で?どんな人なんですか?ドーリアン外務次官の恋人って」
「知らなぇって言ってるだろ」
「隠さないでください。もしかして、僕がマスコミに漏らすとでも思っているんですか?」
「そういうわけじゃねぇけど」
「じゃあ、教えてくださいよ」
「言ったらヤツに殺される・・・」
ぼそり、とデュオがつぶやく。
シエルはそれを聞き逃さなかった。
「ヤツって・・・。ドーリアン外務次官の恋人のことですか?そんなに怖い人なんですか?」
諦めないシエルに、デュオはとうとう観念したのか、はぁ〜と大袈裟なため息を落とすと
「ん〜。まあ、ある意味・・・な。俺から無理に聞き出すより、自ずと分かると思うけどな。お前、お嬢さんのファンなんだろう?」
皮肉っぽく言われ、シエルはいささかムッとしたようである。
「わかりましたよ。自分で調べます」
「調べるって、どうやって」
呆れたようにデュオがシエルを見る。
「デュオさんには関係ありません」
「あっそ・・・。まあ、頑張れよ」
「言われなくてもっ。当分、コンビは解散ですね」
シエルはそう言い置くと、席を立って歩いて行ってしまった。
「・・・さて、これをヤツに教えるか、どうしようかな・・・」
デュオはくるくると思考を回転させた。


「おい、ヒイロ。ちょっといいか?」
「何だ」
仕事中、デュオに話しかけられていささかムッとしならも、ヒイロは答えた。
「お前に忠告しておこうかと思ってさ」
「忠告?」
「ああ。今、俺とコンビ組んでる新人のシエルがさ、お嬢さんに恋人がいるかどうか偵察してんだよ」
「何だ、それは」
呆れたように腕を組み、ヒイロはデュオを見返す。
「お嬢さんが最近、前にも増して綺麗になったって。これは恋人がいるに違いないってさ」
「くだらん」
一言零し、ヒイロは仕事に戻った。
「おい、いいのかよ。一応、秘密にしてるんだろ?お嬢さんと付き合っていることは」
「秘密にしていても、いずれはバレる。それが早まるだけのことだ」
「お前ってヤツはどこまでも冷めてんな」
せっかく忠告してやったのに、とデュオは口を尖らせた。


ある日の午後。
ヒイロとリリーナは、リリーナの自室にあるテーブルで向かい合い、紅茶を飲んでいた。
リリーナはカップを置くと、ねえ、ヒイロ、と口を開いた。
「何だ」
「最近、誰かに見られている気がするんです」
リリーナは真剣な顔でヒイロを見つめた。
「見張られているというか・・・。何だか怖くて」
「いつからだ」
「1週間ほど前からでしょうか。特に仕事中にそれを感じて・・・」
まさか、ヤツか・・・?
「分かった。しばらくは俺が護衛につく。安心しろ、お前は俺が護ってやる」
途端に、リリーナの顔に花の様な微笑みが広がる。
「本当ですか?あなたがいれば心強いわ。ありがとう、ヒイロ」
「ああ・・・」
ヒイロは神妙な顔で頷いた。


「デュオ。シエルはどこにいる?」
「あ?昼を食べに行くって外に出てったけど?何だ?あいつが何かしたのか?」
いつになく、デュオは真剣な顔をした。
デュオなりに多少の責任を感じているらしい。
「リリーナから相談があった。最近、誰かに見られている気がすると」
「まさか、シエルが?」
「それを本人に確かめる。戻ってきたら教えろ」
「この前はくだらんとか言ってたくせに・・・」
「何か言ったか?」
「いいや、何にも」
デュオは苦笑しながら首を横に振った。


「おい、シエル。ヒイロから呼び出しくらってるぜ」
お昼から帰ってきたシエルに、デュオがすかさず言った。
「ヒイロさんが?何だろう?何かしたかなぁ、僕・・・?」
シエルは首を捻った。
「さあ?新人いじめだったりしてな」
デュオがにやにやしながら言った。
その言葉に、シエルはムスっとした顔をした。
「まさか。デュオさんじゃあるまいし。ヒイロさんがそんな陰湿なことするわけないじゃないですか」
「んだと〜!?」
「で、ヒイロさんはどこにいるんですか?」
「・・・屋上じゃねえの?暇な時は大抵、そこにいるぜ」
「そうなんだ。じゃ、行って来ます」
シエルは部屋を出て行った。
「くそ〜、シエルのやつ・・・。ヒイロに似てきやがったな」
デュオは悔しそうに顔をしかめた。


屋上。
ヒイロはそこにいた。
時間が空けばここにくる。
何も無い空を見ていれば、何も考えなくて済む。
彼にとってのオアシスのようなものかもしれない。
無論、それはリリーナの次に・・・だが。
「あ、いたいた。ヒイロさん!」
扉を開けて、シエルが駆け寄ってきた。
「僕に何か用があったみたいですけど、何ですか?」
少しどきどきしながらシエルは質問した。
シエルにとって、ヒイロは最も緊張を要する人物であり、憧れる人物でもあった。
「ドーリアン外務次官から相談があった」
ヒイロはいきなり切り出した。
「ドーリアン外務次官から?何かあったんですか?」
「最近、仕事中に誰かに見られている気がすると」
そう言って、ヒイロはシエルを見た。
「それは、大変ですね」
いささか、シエルの目が泳いだ気がした。
それをヒイロは見逃さなかった。
「・・・見に覚えはあるか?」
「え?・・・僕を、疑っているんですか?」
「お前がドーリアン外務次官に恋人がいるかどうか、偵察しているという噂を耳に挟んだ。それに、彼女からの相談・・・。時期が同じだ。あまりに偶然すぎないか?」
「・・・・・・」
ごくり、とシエルは唾を飲み込んだ。
これ以上は白を切れないかもしれない。
この人の前では・・・。
「どうなんだ?シエル」
「・・・すみません。確かに、僕はドーリアン外務次官に恋人がいるかどうか知りたかったんです。それで、時々彼女を見ていました。不快な思いをさせるつもりは無かったんですが・・・」
「そうか。なら、話は早い。・・・行くぞ」
ヒイロはそう一言言うと、ドアへと歩いて行った。
「行くって、どこへです?」
ヒイロは振り向くと
「まずは、彼女へ謝罪だ」
「・・・はい」
シエルは、先ほどからヒイロの言動の中で何か引っかかるものがあったが、それは何か分からないまま、頷くとヒイロの後を追った。


つづく

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