「秘密の恋人」(後編)



「シエルのヤツ、殴られてないかなぁ・・・。先輩としては、一応止めに入るべきか?いや、でも自業自得か・・・。あー、でも、勝手にしろって言ったのは俺か・・・」
デュオは一人、ウンウンと唸っていた。
「さっきから、何を一人で唸っているんです?シエルが何かしたの?」
カトルが、デュオの肩をちょんちょんと小突いた。
「いや、その、な・・・」
はは・・・と、デュオは小さく笑い、口を開いた。
何にしても、口の軽いデュオであった。


「ここは・・・」
シエルは、目の前の大きく構える立派な門を見上げた。
その奥に、どこか、見覚えのある建物が・・・。
「彼女の家だ。今日はオフだからな」
「はぁ・・・」
「行くぞ。彼女にはもう話はつけてある」
「え?じゃあ、最初から僕のこと疑っていたんじゃないですか」
「俺を騙せると思っていたのか?」
「・・・・・・」
そう言われてしまうと、シエルは口をつぐむしかなかった。


ヒイロが大きな門の横にあるインターホンを鳴らすと、はい、と男性の声で返事があった。
「ヒイロだ。リリーナに用で来たんだが」
「はい。承っております。今、門の施錠を解除しますので、少々お待ちください」
しばらくすると、ウィーンという小さなモーター音がし、すぐに切れた。
大きく構えるドアが内側へ開く。
車に乗ったまま、門をくぐり、そのまま車を走らせると、先ほどから遠くに見えていた屋敷全体が見えてくる。
その玄関の前でヒイロは車を止めると、シエルを促して車を降りた。
と、同時に、玄関のドアが開き、執事のパーガンが現れた。
「どうぞ、お入りください」
パーガンの返事を聞き、ヒイロはドアを開けて中に入った。
慌ててシエルもその後に続く。
「さすが、ドーリアン外務次官のお屋敷ですね」
シエルは先ほどから驚いてばかりだった。
「お嬢様はお部屋で休まれています。先ほど、お声をおかけしましたので、起きられているかと思われますが」
「わかった。では、上がらせてもらう」
「後で、お紅茶をお持ちします」
「ああ、すまない」
ヒイロはパーガンに礼を言い、後ろに控えるシエルを促して階段を昇った。
リリーナの部屋の前に着くと、ヒイロはドアをノックした。
「どうぞ」
と、すぐにリリーナの声で返事があり、ドアが開いた。
「お待ちしていたわ、ヒイロ」
私服姿のリリーナが微笑んで立っていた。
「ああ。約束の時間より少し遅くなった」
ヒイロが腕時計を見る。
「いいえ。3分だけです。それより、この方が・・・?」
リリーナがヒイロの後ろに控えるシエルを見る。
「ああ。こいつがシエルだ。シエル、お前は面と向かってリリーナと会うのは初めてだったな」
「あ、は、はい」
緊張で少し震えながら、シエルはリリーナの前に立った。
「は、初めまして。シエル・ラルクリフですっ」
「初めまして、シエルさん。リリーナ・ドーリアンです。立ち話も何ですから、中へどうぞ」
「あ、はい。お邪魔します」
恐縮で肩をすくめながら、シエルはヒイロに続いて部屋に足を踏み入れた。
「どうぞ、そちらに」
勧められたソファに腰を下ろす。
「今、紅茶を・・・」
リリーナがそう言い掛けた時、タイミングを計ったかのように、パーガンが紅茶を運んできた。
「ありがとう、パーガン。後はわたくしがやりますわ。どうもありがとう」
パーガンはリリーナに紅茶のセットを載せた盆を渡すと、礼をして部屋を出て行った。
「パーガンの淹れてくれた紅茶は特別においしいの。どうぞ、召し上がって」
「ありがとうございます」
未だに緊張の解けないシエルがロボットのように頭だけを下げる。
それをくすくすと笑いながら、リリーナが紅茶をカップに注ぎ、ヒイロとシエルの前に置く。
そして、自分の分のカップを手に取り、2人の向かいに腰を下ろす。
互いに紅茶を一口ずつ飲み、一息つくと
「それで・・・?」
と、リリーナが最初に口を開く。
「ヒイロから、シエルさんがわたくしにお話があると聞いていたのですが・・・。どんなご用件でしょうか?」
「えっ・・・。あ、その・・・」
どう切り出そうか、シエルが戸惑ってしまった。
まさか、本人を前にするとは思わなかった。
正直に聞いていいのだろうか。
一人、思案するシエルを見つめていたリリーナがふいにくすっと小さな笑みを零したので、シエルは思わず顔を上げてリリーナを見つめた。
リリーナはもう一度、くすっと笑うと
「当てて見せましょうか?」
「えっ・・・・!?」
リリーナの言葉に、シエルは目を丸くした。
「わたくしに恋人がいるかどうかを、お知りになりたいのでしょう?違いますか?」
「何故、それを・・・」
「ごめんなさい。ヒイロから全て聞いてしまったの」
「ヒイロさんから・・・?デュオさんではなくて?」
「ええ。ヒイロから。ヒイロは、デュオさんから聞いたのよね?」
リリーナがヒイロを見る。
「・・・ああ」
ヒイロは短く答えた。
そんな2人の短いやり取りを見ていて、シエルの中にくすぶっていた疑問の答えが見えた気がした。
「あの、ぶしつけな質問をしても構わないでしょうか」
「・・・どうぞ」
リリーナは優雅に小首を傾げ、短く答える。
「もしかして、ドーリアン外務次官の恋人というのは・・・」
そう言って、シエルはヒイロをちらりと見た。
当のヒイロは澄ました顔で紅茶を飲んでいる。
逆にリリーナは、にこにこと笑みを浮かべ、シエルを見ていた。
その2人の反応を見て、シエルは確信した。
「ヒイロさん、なんですね?」
答えはYESであろうと確信して、シエルは質問をした。
「ご想像におまかせするわ」
リリーナの答えはシンプルだった。
けれど、それはYESという返事に他ならなかった。
「そうだったんですね・・・」
シエルは急に力が抜けたように、力なくソファに体をもたれた。
「そうだったんだ・・・。ヒイロさんだったんだ・・・」
シエルは噛み締めるように何度もつぶやいた。
ショックではない。
何となく、感じてはいた。
ヒイロにここへ連れて来られた時から。
いや、もっと早く。
デュオに質問し、あの動揺した反応を見た時から、小さな確信はあった。
相手は、自分の身近にいる人ではないかと。
そんな小さな確信が。
だから、これはショックではなく、ただ、納得しただけ。
正解を知り、納得しただけだ。
そんなことを、自分に言い聞かせてみたり。
もう、終わった。
正解を知ってしまったから。
ここで、終わりだ。
これ以上は無い。
シエルは立ち上がると、リリーナに頭を下げた。
「失礼します。折角の貴重なお休みのところをお邪魔してしまい、失礼しました。まだ、仕事を残しておりますので、わたくしはこれで失礼します」
シエルはそこまで一気に言うと、もう一度頭を下げ、フラフラと出て行った。

やれやれ、とヒイロはため息をついた。
「嵐のような人ね」
リリーナはくすりと笑い、冷めかけの紅茶を一口飲む。
「わたくしは答えを言っていないのに、勝手にご自分で答えを出して、それに納得されて出て行ってしまったわ」
「よく言う・・・」
ヒイロはぼそりと零した。
「何かおっしゃった?」
リリーナがヒイロを軽く睨む。
「気のせいじゃないのか?」
と、ヒイロはとぼけた。
「まあ、良いわ。一先ず、問題は解決したみたいだし・・・」
「ああ」
「さあ。では、今からは恋人たちの時間よ」
彼女は俺に真っ直ぐに向き直りと、にっこりとそう言った。
「覚悟は出来て?“秘密の恋人さん”?」
彼女のウィンクを受け、ヒイロは肩で諦めの息をついた。


「おい、シエル。大丈夫だったか!?」
仕事場に戻った途端、デュオさんがそう言って駆け寄ってきた。
「無事、帰還しましたよ」
「そうみたいだな。・・・んで?お嬢さんの恋人は判明したのかい?」
「デュオさんは・・・知っていたんですよね?最初から。だから、あんなことを言ったんだ。いじわるですよね」
「知ってるのは俺だけじゃねぇさ。お嬢さんと深く関わりを持った人間は、大体知ってるしな」
「2人の関係は長いんですか?」
「ん?んー、そうだな。恋人として落ち着いたのは、まだ最近だぜ」
「そうなんですか。でも、何か、似合ってますよね。もう、長い付き合いみたい」
「ああ。いろんな意味で、最強のカップルかもな」
「そうですね」
「ん?何か、暗いじゃねぇか。ああ、そっか。・・・失恋したのか」
デュオの言葉に、シエルは一瞬、ムッとしたが、すぐにため息をつき、肩を落とした。
「いいんです。まだ、僕は若いし。すぐに新しい恋を出来ます」
「立ち直り早いじゃねぇか」
「それだけが取り得なんです」
「へぇ。まあ、でも、完全に立ち直るにはもう少し時間がいるみたいだな。よっしゃ、今日は俺が飯をおごってやるぜ!」
「本当ですか!?」
「お。いきなり元気だな。よしよし、可愛い後輩のためだ」
「ありがとうございます、デュオさん」
「ああ。で?何が食いたい?給料前だから高いのは勘弁してな」
デュオはズボンのポケットに仕舞った財布を撫でながら言った。


秘密の恋人さん。
けれど、それは許されない恋ではない。
離れていても、心は側に。
そんな素敵な関係。
今までも、これからも、貴方を愛してる。

Fin


「あとがき」
書けたよ〜。書き始めてら、たぶん1ヶ月は経っているかな。なかなか先に進めなくて、ちょこちょこしか進まなくて、あぁ、もう、どうしよう!と本気で悩みました。でも、最後の終わり方がどうよ!?って感じで不安です。リリーナとヒイロの関係って、いいなぁと思う。私が思い描く2人の関係は、自然な関係というか、互いがいて当たり前。そんな暖かい関係。読んでいて、心がふわぁとなるような。そんな2人をこれからも書いていけたらいいな、と思います。
2005.4.2 希砂羅