「春の嵐」
4.嵐の中をくぐり抜けて



 彼女に腕を掴まれたまま、俺は動けなかった。
決して、その力が強かったわけではないのだが・・・。
彼女のどこか思いつめた瞳が、俺を動かせなくさせていた。
何かを訴えるような、その強い瞳に。
「リリーナ・・・?」
彼女は軽く唇と噛むと、俯き、首を横に力なく振った。
それはまるで、駄々をこねる子供を連想させた。
「行かないで・・・。出て行かないで・・・。行くなら、私も・・・一緒に」
「リリーナ・・・。それは・・・」
「好き・・・。兄さんが好き・・・」
彼女の言葉に目を見開く。
彼女は顔を上げると、俺を真っ直ぐに見つめた。
「ずっと、自分を騙していたわ。兄さんが好き。だけど、それは兄だからだと・・・。でも、兄さんの告白を聞いて、私は気付いてしまったの。自分の気持ちに。私も・・・兄さんを、一人の男性として愛してる・・・」
「リリーナ・・・」
「もう、いいのでしょう?もう、他人なのだから・・・。愛しても、罪ではないのでしょう?あなたを愛しても、誰にも咎められることはないわ」
「ああ・・・」
すっ・・・と彼女の背中に腕を回し、その細い体を抱きしめた。
力を込めれば折れてしまいそうなくらいに華奢なその体。
初めて・・・抱きしめた。
手に触れることさえ躊躇していた、その体を・・・。
愛しくてたまらない。
こんなにも自分は彼女を愛していたのかと、驚くほどに。
「兄さん・・・」
彼女も俺の想いに答えるようにその細い腕を俺の背中に回した。
その耳元に囁く。
「もう、兄さんではないだろう?」
彼女は俺の肩に埋めていた顔を上げると、可憐に微笑んだ。
「ヒイロ・・・」
その唇が、初めて、俺の名を呼ぶ。
「ヒイロ・・・。あなたを・・・愛してる・・・」
「俺も、お前を愛している」
ふわりと、彼女の瞳に涙が滲む。
「幸せすぎて、怖いわ・・・」
彼女は俺にしがみつき、小さくそう漏らした。
「この家を出よう、リリーナ。誰も、俺たちを知らない場所へ。ここを出て、二人だけで暮らそう」
「二人・・・だけで?」
「嫌か?」
顔を覗き込むようにして問うと、彼女は笑顔で首を横に振った。
「嫌なわけ・・・ない。幸せよ」
「ああ・・・」
「幸せ・・・」
彼女はつぶやき、その瞳を揺らした。
「ヒイロと、生きていく・・・。離れるなんて嫌・・・」
「ああ・・・。安心しろ、どんなものからも、俺が守ってやる」
「ヒイロ・・・」
見詰め合う瞳。
もう、迷いは無かった。
目標は同じ。
目的地も同じ。
そして・・・互いを想う気持ちも・・・。
全てが重なり合う。
互いがいれば、もう何もいらないと。
そんな考えは甘いのかもしれない。
けれど、信じたい。
この想いは、何物にも変えられないと。
愛している。
それだけで、もう何も怖くない。
この愛があれば、すべて乗り越えられる。
互いの瞳に互いだけを映し、今、二人は旅立つ。
嵐の中を・・・。
その先に見える明るい光を目指して。


Fin

その後の物語NEXT

「あとがき」
うーん、もう少し、続けるつもりでしたが、何故か終わりになってしまいました。もっと、二人のラブラブが書きたかったような・・・。この手の話(兄妹(またはその逆)で愛し合ってしまう)は、最近の流行なのでしょうか?少女漫画でよく見かける・・・。また、そういう禁断な愛だからこそ、燃えるものがある、のかな。今回、私も何故かこういう内容で書きたくなって挑んだわけですが、書いていて楽しかったです。普通の恋人同士の話も、もちろん好きですが、今回の話みたいに禁断な愛的恋愛も、楽しいですね。身が入る、というか。もちろん、書き出すまでに時間はかかりますが。一度エンジンがかかると、あとはキャラ任せなので。好きに動いてちょうだい、みたいな。そうして、勝手に終盤へ向かってくれました。今回の話はヒイリリでなくてもよいのですが、ヒイリリだからこそ楽しめる、そんなことを感じてくださったら嬉しいな、と思います。

それでは、次のお話で会いましょう。

2005.9.12 希砂羅