「春の嵐」
5.嵐の後



互いの体を抱きしめたまま、二人は言葉も無く、その場にいた。
言葉なんていらない。
ただ、このぬくもりが全てだから。
二人で生きていくと、そう決めた。
遠くへ・・・。
逃げる・・・わけではない。
やり直すのだ。
兄妹ではなく、一人の男と女として。
互いを見つめ、互いを愛し。
手に入れた、このぬくもりを腕に抱いて。

何気なく、リリーナはヒイロの胸に埋めていた顔を上げた。
ヒイロもそれに気付いてリリーナを見つめ返す。
互いの目が、互いの唇を見つめた。
ように二人には見えた。
それはまるで、自然な仕草だった。
そして、二人は当たり前のように唇を重ねた。
唇から伝わる互いの熱。
瞳を閉じ、互いの唇を愛した。
全身から力が抜けるように、二人はベッドに倒れ込む。
唇は重ねたまま・・・。

 越えられなかった壁。
「兄と妹」という、絶対的な壁を、越えた。
その強い思いが、衝撃が、2人を包んでいた。

けれど、それはこの住み慣れた街との別離を意味していた。
ここにはもういられない。
約20年、2人は兄妹として生活してきた。
今更、実は兄妹ではなかったと言ったところで、誰が信じるだろうか?
互いを愛したことを後悔しないために、この街を離れるしかない。
それしか、2人に残された道は無かった。
このまま、男と女として互いを愛し続けてゆくのなら。


ベッドの軋む音。
汗ばむ肌。
荒い呼吸。
切ない声。
部屋に木霊し、熱が満たす。


「この街を離れよう」
それは、予想していた彼の言葉。
その決断を彼がすることは予想していた。
その決断に自分が反対しないことも。
いや、反対などできない。
覚悟は、ある。
もう兄妹には戻れないと、わかったから。
彼を愛している自分に気付いたあの時から、覚悟はあった。
自分はそれを、彼がその決断を口にするのを待っていた。
卑怯だとは思っても、自分からそれを口にする勇気が無かった。
彼の背中にそっと寄り添う。
広い背中。
まだ、少し汗ばんでいる。
その背中に頬を寄せ、頷いた。

背中に寄りかかる彼女が、そっと頷くのが分かった。
彼女の肩を抱き、引き寄せた。
どこまで行けば、何の抵抗も感じず、彼女を愛せるだろう?
答えを探すように、カーテンの隙間から覗く空を見つめた。

「遠くへ行こう」
「ええ・・・」
「どこまで行けるか分からないが・・・」
「愛の逃避行ね」
くすりとリリーナが笑う。
「ああ・・・。金はある」
「ええ・・・」
「連いて来て、くれるか?」
リリーナが顔を上げてヒイロの顔を覗き込む。
「不安・・・?怖くなって途中で逃げてしまうかもしれないと?」
「いや・・・」
「怖くはないわ。もう、何も怖くない。自分の気持ちを誤魔化す方が、怖い」
リリーナの告白に、ヒイロはリリーナを見つめる。
「ああ・・・。俺も、同じだ」
「どこへでも行けるわ」
「・・・死の果てまで?」
ヒイロの、冗談とも本気ともとれる言葉に、一瞬言葉を無くすが、リリーナはすぐに微笑んで頷いた。
「そうよ。あなたとなら、どこへでも行ける」
「リリーナ・・・」
ヒイロはリリーナを強く抱きしめた。
「行きましょう」
「ああ・・・。荷物をまとめよう」


1時間後。
互いに一つずつ、鞄に荷物を詰めた。
片手に荷物を持ち、空いた手は互いの手を強く握る。
目的の無い旅の始まり。
いや、目的はある。
それは、互いを自由に愛せる場所の探索。
どんなに長い月日が流れても、二人はきっと続けるのだろう。
それを自分たちの運命とし・・・。


Fin


「あとがき」
終わり。これが本当の最終話です。全4話で終わりにしても良かったんですが、何か中途半端かなぁと感じて、続きを書いてみました。愛の逃避行・・・。うん、まさにそんな感じです。2人は最小限の荷物と、互いへの愛を持って、旅立ちました。いろいろな試練が待ち受けるかもしれません。だけど、2人なら乗り越えられるよね?頑張れっ。

2005.10.9 希砂羅