「春の嵐」
1.嵐の前触れ




嵐が吹き荒れる。
心の隙間を通って、静かに、けれど激しく。
俺の心の中に、嵐が吹き荒れる。
それは、彼女と出会ってから、変わることのない、永遠にも似た、長い時間・・・。


「おはよう、兄さん」
今日も彼女は、可憐な笑顔を俺に向ける。
夢見の悪さも、彼女の笑顔を見た瞬間に吹き飛んだ。
気付けば、彼女に微笑みを返していた。
「おはよう、リリーナ」
二人並んでテーブルにつく。
両親は相次いで10年前に他界した。
もともと、資産家だった我が家には、両親が残した遺産がある。
そのため、両親が亡くなった今も、我が家には使用人が数人いる。
それほどの余裕が我が家には残っている。
二人がやがて独立し、互いに家庭を築くまで、十分にその遺産だけで生活していけるだろう。
「どうしたの?兄さん、朝から元気ないわ」
彼女が心配そうに眉を寄せ、物思いにふけってしまった俺の顔を覗き込む。
長い睫が瞬きをするたびに影を作る。
すっと通った鼻筋。
紅を引かずとも、淡く色づく唇。
どれも俺の心を引き付けて離さない。
俺は彼女に一つ、嘘をついている。
それはとても大きな、嘘・・・。
その嘘を彼女に“真実”として伝えるまで、俺はきっと、苦しむのだろう。
いや、もっと苦しむのかもしれない。
全ては、彼女次第・・・。
彼女の20歳の誕生日まであと1週間。
運命の時まで、あと1週間・・・。
「変よ?兄さん。熱でもあるのではないの?」
彼女が手を伸ばし俺の額に手を伸ばす。
その手が触れる前に俺は首を横に振ってそれを拒否した。
「大丈夫だ。それより、早く食事を済ませなさい。学校に遅れるぞ」
「・・・ええ、そうね」
彼女は心配そうに眉を寄せたまま、それでも少し微笑んで頷いた。
「兄さんもよ」
「ああ・・・」
それきり会話は止み、後は食器の音だけが虚しく響いた。



今朝の兄さんは変だった。
いや、今朝だけじゃない。
最近のお兄様は変だ。
顔色も悪いし、元気もない。
昔から優しかったけれど、最近は、優しい、というよりも、私に気を使いすぎているように感じる。
何だか、距離を置かれているようで、少し悲しい。
自分の20歳の誕生日まであと1週間。
誕生日が近くなるたびに、前はあんなにワクワクしていたのに、今年は何か違う。
何かが起こりそうで、怖い。
今までの幸せが壊れてしまいそうで、怖い。


二人の心を不安にさせる日々。
それはまだ、嵐の前触れ。
これから起こる嵐の、ほんの一部。
二人の心を揺さぶる、運命が、今、開かれようとしている。


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「あとがき」
ようやく、第1話です。この話は、読んでいただければ分かるかなと思いますが、ヒイロとリリーナを兄妹という関係にしてしまっています。ようは、パラレルね。パラレルは苦手〜と思いつつも、思いついてしまったものは止められない。たぶん、自分の中でいろいろな葛藤やらが起こると思いますが、頑張ってみます。第1話を読んだだけで、もしかしたらオチが読めてしまうかも・・・なんて思ってしまっている希砂羅でした。

2005.8.22 希砂羅