「春の嵐」
2.嵐


「リリーナ、お誕生日おめでとう!!」
教室に入ると、そう言って友達が小さな花束とプレゼントの箱を差し出した。
そう、今日は私の20歳の誕生日。
「ありがとう」
笑顔で花束とプレゼントを受け取る。
「本当は帰りに食事でもおごりたいところだけど、お誕生日は毎年、お兄さんと祝うんだよね?」
そう、それは、兄さんと私の約束事。
両親が亡くなった時からの・・・。
もう10年になる。
時が経つのはなんて早いのだろう・・・。
「ごめんね。兄さんとの約束だから」
「うん。わかってるよ。その代わり、お昼ご飯をおごるわ」
「ありがとう」
友達の優しさに涙が滲んだ。


玄関を開けると、ほのかに甘い香りがした。
女性ものの香水だろうか。
だけど、なぜ、うちの玄関に・・・?
嫌な予感がして、中に入り、奥のリビングへ。
話し声。
この時間、お手伝いさんはもう帰っているはずだから、兄の友達でも来ているのだろうか。
だけど・・・。
微かに聞こえるのは・・・女性の声。
ドアを開ける。
中には、兄と、その隣に知らない女性がソファに並んで座っていた。
おそらく、この女性が香水の主だろう。
玄関よりも強く香る。
「兄さん、お客様なの?」
「ああ・・・」
兄が私に気付いて振り返り、立ち上がった。
「紹介する。俺の・・・フィアンセだ」
フィアンセ・・・婚約者。
目の前が真っ白になった。
兄の・・・婚約者。
リピートする、その言葉。
意味を理解するのに数秒。
言葉が出ない。
代わりに零れたのは・・・涙だった。
兄は驚くことなく、静かに私を見ていた。
やがて・・・、兄は女性に向き直ると。
「すまなかった。もう帰ってもらっていい」
「はいはい。お邪魔虫はとっとと消えるわ」
「え?」
涙が止まった。
何の会話だろう?
女性は私に微笑みかけると、“頑張ってね”と耳元で小さく囁いてリビングを出て行って。
玄関の閉まる音。
「何なの・・・?」
兄を見る。
兄は静かに私を見ていたが、やがてソファに腰を下ろすと、手で座れと前のソファを示した。
「どういうこと?兄さん」
「・・・大事な話がある」
「大事な・・・話?あの人と結婚するのを隠していたこと?」
兄は私を真っ直ぐに見つめると、ふっと微かに笑みを浮かべ、首を横に振った。
「それはどうでもいいことだ」
「どうでもいいって・・・。そんなことないわよ。大事な・・・ことでしょう?家族、なんだから」
「家族・・・か」
兄は遠くを見つめてつぶやくと、ふうと細く息を吐いた。
「結婚はしない。あれはただの芝居だから」
「芝居?私をからかったの?」
「・・・お前の気持ちを試したかった」
「え?」
「20歳のお誕生日おめでとう」
「え、ええ。ありがとう」
話を逸らされ、戸惑いながらも兄を見つめる。
兄は手を組み、その肘を膝に乗せた姿勢で、足元を見つめている。
「長かった・・・、この10年は」
「父さんと母さんが亡くなってから、もう10年なのね・・・」
「ああ・・・。それだけじゃない。俺は、お前にこの10年、ずっと嘘をついてきた」
「え?」
思いがけない兄の告白に、驚いて兄を見つめる。
「嘘・・・?」
「すぐには信じられないかもしれない。だが、これは紛れも無い真実だ。心して聞いてくれ」
どくん。
何を言い出すのだろう?
どんな嘘を兄は私についてきたというのだろう。
10年なんていう、長い間。
どんな嘘を・・・。
鼓動が速くなる。
「俺とお前は・・・」
兄が静かに口を開く。
「俺とお前は・・・何?」
喉が渇く。
その渇きを潤すかのごとく唾を飲み込む。
その音が、やけに耳に響いた。
「兄さん・・・?」
「俺とお前は、実の兄妹じゃない」
「・・・え?」
冗談かと、笑って兄を見つめたが、兄は真剣な顔だった。
真剣、というよりも、辛そうな顔をしている。

嵐が吹いた。
船はもう出てしまった。
引き返せない。
私たちは・・・もう戻れない。
寂しさが私の心を塞いだ。

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「あとがき」
この連載は、自分でも初めて挑む内容なので、どきどきしています。だけど、「禁断の愛」って、燃えますよね?でも、この二人は血は繋がっていないので、禁断ではないのかしら・・・。
さて、次回はどうなるでしょうか?

2005.8.29