「嘘も誠」


「ヒイロ。今度のわたくしのオフ、あなたはお仕事?」

仕事の合間、彼女が尋ねた。

いや・・・と言いかけて思い直す。

大事な用事があった。

「仕事は無いが、用事がある」

「・・・仕事ではない用事が?」

彼女が鋭く突っ込む。

「・・・ああ」

頷く俺を、彼女はしばし見つめた後、小さくため息をつく。

「そう・・・。では、仕方ないですね。

あなたと二人でランチでも・・・と思ったのですが」

「・・・場所は?」

守るべき対象である彼女が、たとえオフだとしても、どこで何をするのか、

それを把握しておかなければならない。

というのは、俺の中の小さな提言。

だから、聞いてしまう。

「わたくしの家で」

彼女が微笑む。

「・・・時間が出来たら行くかもしれない」

「そうですか。では、あなたの分もご用意しておきますわ」

彼女がそう言い終えた時、ドアをノックする音が聞こえた。

時計で時間を確かめる。

会議の時間だ。

「すぐに参ります」

彼女がドアの外の人物に答える。

「では、参りましょうか」

いざ、戦場へ。

そう後に続きそうな程、彼女は固い表情をしていた。

隙を見せればそこを突付かれる。

そう、彼女は知っていた。

会議の数を重ねるにつれ、それは俺も学んだこと。

会議はある意味、戦場に似ている。

そう、彼女が感じているかは別として。

 

 

数日後。

昼をだいぶ回った時間。

ランチはとうに終えているだろう。

そう思いながら、彼女の屋敷の門をくぐる。

いつもは車で通る道を、今日は歩く。

たまにはいつも一瞬で通り過ぎる景色を眺めて歩くのもいい。

そう思いながら。

しばらく歩くと、玄関のドアが見えてきた。

そこへは足を運ばず、裏へ回る。

彼女の部屋の正面へと。

2階のテラスに、彼女はいた。

テーブルに頬杖をつき、どこか浮かない顔。

まだ彼女は俺に気付かない。

物思いに更けるその表情に、声を掛けるのを躊躇われた。

もしかしたら、来ない方が良かっただろうか。

このまま彼女に気付かれる前に黙って立ち去ろうか。

そう足を動かそうとした時。

彼女がふっと顔を上げる。

その顔がびっくりしたものに変わる。

カタンと彼女が立ち上がり、テラスの手すりに駆け寄る。

「ヒイロ!あなた、いつからそこにいたの?」

「今、来たところだ」

「そうだったの・・・。あ、そうだわ。約束通り、あなたの分のランチも用意してあるの。どうぞ入っていらして」

「・・・いいのか?」

「ええ、どうぞ。今、玄関まで迎えに行きます」

「・・・ああ」

彼女が部屋に入って行く。

それを見届けてから、自分も表へ周る。

玄関のチャイムを押すと、彼女が細くドアを開けた。

一応、用心のためだろう。

もし、開けて目の前にいるのが俺でなかったら一大事だ。

彼女は俺を確認する、どうぞ、とドアを開けて俺を中に入れた。

彼女の後に続いて2階へ上がり、先程彼女がいたテラスへ。

「椅子に座って待っていていただけます?今、ランチの用意をしますから」

「ああ・・・」

彼女はしばしその場を離れ、やがて、小さな台に食事を載せて戻ってきた。

それを見て、ふと思う。

一人分にしては量が多い。

皿の数も同じものが二組ずつ。

「リリーナ」

「何ですか?」

彼女が食事を皿に盛り付けながら答える。

「お前、もしかして、食べていないのか?」

「・・・はい」

皿を置き、彼女が小さく答える。

「俺は、“行くかもしれない”と言った」

「ええ、そうね」

「“必ず行く”とは言わなかった」

「そうですわね」

「それなのに・・・待っていたのか?俺を」

「もしかしたら、と思ったんです。もちろん、夜まで待つつもりはありませんでしたけど」

「・・・物思いにふけっていた理由は?」

「あなたが来てくだされば嬉しいと。そう、思っていたんです。

“もしかしたら”と、そう思っていたんです」

彼女の言葉に答えを無くす。

「もう、いいではありませんか。

結果、あなたはこうして来てくださって、ランチを一緒にしてくださる。

それだけで、わたくしは満足です。さあ、用意が出来ましたわ」

彼女が食事を載せた皿をテーブルに並べる。

「わたくしの手作りではないのですけど、ここのシェフのお料理は、とてもおいしいの。あなたにも、食べていただきたくて」

「・・・そうか」

「さあ、いただきましょう」

彼女が俺の向かいに座る。

テーブルに並ぶ食事に口を運ぶ。

なるほど、確かにおいしい。

メインを終え、最後のデザートを済ませるまで、会話らしい会話は生まれなかった。

それに先に焦れたのは、彼女ではなく、俺だった。

「聞かないのか」

「え?何をです?」

彼女が紅茶の入ったカップを両手で持ったまま首を傾げる。

「今日、俺がどこで何をしていたのか」

「教えてくださるの?」

彼女がカップを置く。

「お前が聞きたいのなら」

「もちろん、気にはなりますけど、無理に聞こうとは思いませんわ」

彼女の返事に、俺は勝手に納得した。

本当に彼女は嘘が下手だ。

「・・・1ヶ月前のお前の誕生日、俺は何もやらなかった」

「お花はいただきましたわ」

「ああ、だが、本当は花以外に別の物を用意するつもりだった。だが、失敗した」

「失敗?」

「・・・これを、花と一緒に送るつもりだった」

上着のポケットから小さな包みを取り出し、彼女へ差し出す。

「ありがとう。開けてもいいの?」

「ああ」

彼女は包みを開け、中の箱を開くと、小さく驚きの声を漏らす。

「・・・ヒイロ、これは・・・」

その意味を問うように、彼女が濡れた瞳を向ける。

「・・・妊娠、しているんだろう・・・?」

彼女が目を見開く。

「知って・・・いたの?」

「優秀なSPだからな」

彼女は微かに笑ったが、しかし、表情を曇らせた。

その理由はわかっていた。

「勘違いするな。責任を取る、と言っているわけじゃない。

妊娠という事実があってもなくても、いつかは、こうするつもりだった」

「ヒイロ・・・。ありがとう」

「なぜ、俺に言わなかった?」

「あなたに、負担をかけたくなかったんです」

「一人で育てるつもりだったのか?父親無しで」

「・・・打ち明ける勇気が無かったの・・・」

「俺を見損なうな。俺は確かに、そういうことには鈍いが、

冷たい人間ではないつもりなんだがな」

俺の言葉に、彼女が笑う。

「何がおかしい?」

「また、あなたの新たな一面を見られた気がして、嬉しくなりました」

「そうか・・・?」

「ありがとう、ヒイロ。これからも、よろしくお願いしますね」

「ああ・・・」

「こらから、きっと大変になると思いますけど。おなかが目立ってくれば、

隠し通すのは難しくなると思うし・・・」

「そうだな。・・・だが、安心しろ、俺が全力で守る」

「・・・それがあなたのプロポーズ?」

頬を染めた彼女に言われて気付く。

俺は無言で頷くことにした。

新たにそれらしい言葉を思いつくことできなかった。

それでも、彼女が微笑んでくれるなら・・・。

 

 

嘘をついた。

けれど、それは真実を与えるための、優しい嘘。

その嘘に、一喜一憂しても、それは新たな幸せの糧となるかもしれない。

嘘も誠なり・・・。

 

Fin

 

「あとがき」今回は、「あいうえお作文」の「う」です。
だらだら書いていたら、思ったより長くなり、しかし、削ることも出来ず、少し悩みましたが、何とか終わりました。
「う」と言えば、「嘘」しか思いつかなかったので、今回は「嘘」をテーマに書いたつもりなんですが、
上手く伝わったでしょうかね。もしかして、消化不良?

うーん、私の力量不足ですね。これからも頑張ります。
さて、次回は「え」です。
今のところ、さっぱり思いつきません。頑張れ、私 
2004.10.22希砂羅