「物語のはじまり」

 

 運命はそこにある。

目の前に転がっている。

けれど、誰もそれには気付かない。

川の流れに身を任せるように、敷かれた運命のレールに乗るだけ。

それはとても悲しいことだと、早く気付くことが出来れば、誰も悲しまずに済むのに。

運命は人を操り、人を悲しませるのです。

  

16歳の誕生日を迎えた王女は、ため息をつき、目を閉じた。

この時が来てしまったと。

16歳になったら花婿を迎えなければならない。

それは、この国では当たり前に行われてきたこと。

嫌だと逆らっても、何も変わりはしない。

自分の意見が受け入れられたのは、3歳までだった。

この国において、国王の言葉は絶対。

誰一人、逆らうことは出来ない。

逆らうことは、命を落とすことを意味するから。

だから、自分は、悲しいと涙を浮かべながらも、逆らうことは出来なかった。

けれど・・・。

 

細身のナイフを手に、少女は泣いた。

自分を包む運命の悲しさに。

愛していない人と運命を共にすることを、恐れた。

待ち受ける運命を分かっているから。

  

そのナイフの切っ先を、喉元へ・・・。

  

「やめろ」

それは、とても静かな声だった。

けれど、聞き逃すこともできなかった。

 

王女はその手を止め、声に振り向いた。

涙で滲む瞳に映ったのは、左目に眼帯をした青年の姿。

 

「事情は知らないが、目の前で死なれるのは見るに耐えない」

 

「・・・あなたは誰です?」

 

「・・・・・・」

 

「・・・わたくしから名乗りましょう。そうすれば、あなたも名乗りやすいでしょう?」

 

王女の言葉に、青年は黙ってその瞳を返すだけ。

 

「わたくしは、この国の王女、リリーナです」

 

王女の名前を聞いた青年の瞳が大きく開いた。

「お前が・・・?リリーナ王女なのか・・・」

「はい・・・。その様子だと、わたくしをご存知なのですね」

青年はもう一度、王女を見つめ、そして口を開いた。

「・・・俺は、お前の花婿候補の一人だ」

リリーナは瞳を見開いた。

「あなたが、わたくしの花婿候補・・・?」

「・・・名前はヒイロだ。・・・それで、何故、死のうとしていた?」

青年の言葉に、リリーナは我に返った。

「それは・・・。わたくしは、今日で16歳になります。

16歳を迎えた王女は、花婿を迎えなければならない。

それも、父が・・・国王が選んだ相手と」

「それが嫌なのか」

そんなことは何でもないかのように言う青年を、リリーナは睨んだ。

「あなたは嫌ではないのですか?

だって、一度も顔を合わせたことのない相手と勝手に夫婦にされるのです。

そんな・・・そんな悲しいこと・・・」

「だが、お前と俺は、今ここで顔を合わせた。

これで、俺とお前は初対面ではなくなる」

青年の言葉に、リリーナはハッと顔を上げる。

「俺では不満か」

「え?」

「俺も、今日ここで出会うまで、お前の顔は知らなかった。お前と同じだ。

親に勝手に相手を決められた。だが、俺は・・・」

青年に見つめられ、王女に変化が起こった。

どきどきと、胸の鼓動が早くなっていく。

「わたくし・・・は・・・」

「リリーナ・・・」

「どうしたのでしょう・・・。わたくし、何だか変だわ」

リリーナは首を横に振り、高鳴る鼓動を鎮めようとした。

けれど、どんなに深呼吸を繰り返しても、その高鳴りを鎮めることは出来なかった。

 

「お前となら上手くやっていけそうな気がするのは、俺だけか」

 

青年に言葉に、リリーナはゆっくりと顔を上げ、青年の顔を見つめた。

 

「わたくしも・・・そんな気がします」

 

リリーナは小さく答えた。
 

これは、まだ物語のほんのはじまり・・・。

 

 Fin

 「あとがき」
今回は「ま行」の「も」なんですが・・・。
これは、何でしょう。何が書きたかったんでしょうね?
実はですね。まだ、ほとんどお蔵入り状態のわたくしの話の中に、パラレルものがあるんです。
その一つが、リリーナが王女さまで、ヒイロがドレスなどを作る仕立て職人。
で、その二人が身分を越えて恋に落ちて・・・という話があるんです。
完結せずに止まってしまっているんですが、その話の二人が出会う前のそれぞれの話を書こうかな、と思ったんですが、
いつの間にか違うところへ話が流れていってしまい、ついにはヒイロもどこかの国の王子様になってしまいました。
ああ、もう、よくわからんな。だけど、一応、ラブはあるよね?

ということで次回です。
次回から「や行」に突入です。
頑張ります。
2005.1.3 希砂羅