「命の響き」

 

とある病院の一室。

その部屋の前で、一人の男が、少し落ち着きの無い様子で佇んでいる。

男は、「その瞬間」を待っていた。

苛立ちにも似た、焦り。

元より、自分にはこうして「その瞬間」をただ待つことしかできない。

それをもどかしく思いながら・・・。

男は待っていた。

 

 

やがて、静けさを破るように響いた、「生命の誕生の証」でもある、産声。

男は部屋の中から響いてきたその産声に、ハッと顔を上げる。

 

運命のドアが開く。

 

「おめでとうございます、男の子ですよ」

 

顔を出したのは、額に汗を浮かべ、けれど微笑んでいる看護婦。

 

「さあ、どうぞ中へ」

 

促され、男はその一歩を踏み出す。

 

ベッドに横たわるのは、最愛の人。

その腕に抱かれた、小さな命。

 

女が男に気付き、微笑む。

「ヒイロ・・・」

「・・・ああ」

「男の子ですって。目元は、あなたにそっくりね」

「そうか・・・?」

男は赤ん坊の顔を覗き込む。

「ね?」

「・・・口元はお前だな」

「くすっ。そうかしら。・・・そうだわ、ヒイロ。あなたに出した“宿題”、もう出来て?」

「・・・ああ」

「答えを教えてくださるかしら」

男は一つ呼吸を整えると

「・・・ヒリオだ」

「ヒリオ・・・?」

「ああ・・・。変か?」

「いいえ。とっても素敵。ね?ヒリオ」

女がその腕に抱いた赤ん坊に優しく微笑む。

それまで泣いていた赤ん坊が、母親をきょとんと見つめ、やがて・・・。

「・・・見て、ヒイロ。笑ったわ、この子」

「ああ・・・」

「気に入ってくれたみたい」

「・・・だと、いいがな」

どこか遠慮がちな男に、女は微笑む。

 

「ありがとう、ヒイロ」

「リリーナ・・・?」

「宝物がまた一つ、増えたわ」

「リリーナ・・・」

 

胸が熱くなる。

視界が薄っすらと霞む。

 

「ヒイロ・・・」

女の手が、男の頬に触れる。

男は目を閉じた。

静かに頬を伝う、透明な滴。

 

「ありがとう、リリーナ・・・」

 

静かに胸を覆うは、新しい生命の誕生という優しい音色。

 

それは・・・命の響き。

 

Fin

 

「あとがき」今回は、「あいうえお作文」の「い」です。
夫婦ものの「ヒリロ君誕生」のストーリーになりました。
「命の響き」という言葉を使いたくて、頑張ってみました。
最後の一文へ辿り着くまでの道程は、頭を悩ませましたね〜。でも、頑張った。

 実は、ヒイロが泣く、というのは、初めての試みでした。
いつも「クールで優しい」男っていうイメージで書いていたので、そのヒイロを泣かす、というのはねぇ、
どうも抵抗があって。でも、自然の流れで書けたので、まあ、良かったかな、と思っています。

いかがでしょうか。
さて、次は、「う」です。
う?わぁ、難しい・・・。とりあえず、頑張りますわ。

2004.10.20 希砂羅