「タイミング」


目を開けると、安らかな寝顔がある。
静かな寝息を立てて、夢でも見ているのか、時折、瞼がぴくりと動く。
ほんの数時間前まで、肌を重ねていた。
汗ばんでいた肌も、今はいつもの滑らかな素肌へ戻っている。
彼女から姿を消すには、今が一番いいタイミングなのかもしれない。
何度、そう思っただろうか。
だが、実際には、何度肌を重ねても、自分は満足しない。
何度も何度も・・・と求めてしまう。

肌を重ねるだけの関係なら、すぐに切れる関係だったはず。
それなのに・・・。
いつしか心も求めてしまう自分がいた。
体だけでは足りない。
彼女の体も心も、全て、欲しいと思い始めている自分がいる。


彼女の髪をそっと撫でる。
ため息ばかりが零れる。
いつ、自分は満たされるのか。
どれだけ彼女の体を貪れば、自分は満足するのか。

疑問は解けることなく、結局、彼女が目覚めるまで側にいる。
目覚めて、照れたように微笑う彼女に魅せられてしまう。
まるで、それを自分は待ちわびているかのようだ。


言葉で互いの想いを確かめ合ったことなど、一度も無い。
ただ、心が重なった。

そう表現するしかない。

会えば、引き寄せられるように唇を重ね、体を重ね、同じように朝を迎える。
それを何度も繰り返し、月日は過ぎていった。
互いの気持ちを確認するタイミングも、姿を消すタイミングも逃したまま・・・。

この関係に終止符を打つのは、果たしてどちらが先か・・・。



目覚めると、彼の姿は消えていた。
驚かなかった。
いつか、こういう朝が訪れるだろうと感じていた。

周りを見回しても、置手紙など見当たらない。

“さよなら”も無しね・・・。

彼らしい・・・。

自分は彼に、“好き”とは言わなかった。
彼もわたくしに“好き”とは言わなかった。

言うタイミングを掴めないまま、ただ、求め合ってしまった。

ただ、心が重なった・・・。

まるで、磁石のように・・・。

引き付けあってしまった・・・。


目覚めるまで、彼は側にいてくれた。
わたくしが目覚めると、何も言わずに服を身につけ、部屋を去ってしまう。

淋しくはなかった。
シーツに残った彼のぬくもりが、自分を慰めてくれた。


だけど・・・。
今はもう、彼のぬくもりは消え、冷たいシーツが彼の気持ちを反映しているかのようだ。


気だるい体を起こし、バスルームへ向かう。

「っ!」
バスルームのドアを凝視する。
ガラスドアに張られた一枚のメモ用紙。

起きるといつもシャワーを浴びる。
私が目覚めるとすぐに立ち去ってしまう彼が、なぜそんなことを知っているのか。
ぼんやりと思いながら、メモに書かれた文字を目で追う。


『お前が俺に絶望しても、俺はお前を求めずにはいられない。
だから、“さよなら”は言わない』

綺麗な字・・・。

「ヒイロ・・・」

“さよなら”を言わすタイミングなんて・・・作ってなんてあげない・・・。

メモ用紙を抱きしめ、心がじんわりと暖かくなるのを感じた。


Fin


「あとがき」
あー、何とか書けた。最近、自分の心境が反映するのか、暗い話が多かったので、これも書きながら、あーもう、また暗い話じゃん・・・と諦めていたんですが、何とか最後に明るい方向へ方向転換させてみました。最初は、前半のヒイロのモノローグがえらく長くて、リリーナも同じくらい長く書かないとバランス悪いな、頑張って書かなきゃ、と思ったんですが、思うだけで書けなくて、ヒイロの部分は半分くらい削ってしまいました。まあ、削ってもあんまり問題ないので良かったですけど。最後の『』内のヒイロの言葉、何を書こうかなー、とすんごく悩みました。挙句には好きなアーティストの歌詞からいいのがあったら引用しようかと思ったんですが、なかなかぴったりのが無かったので、結局自分で考えました。
 はい、次に2人が会う時には、2人の間の何かが変わっていることでしょう。そう願う作者であります。

2004.2.2 希砂羅