「Happy Birthday To You」



彼女が空を見ている。
テラスの手すりに手を掛け、月を見上げている。
今日は満月。
眩しい程の月明かりが、彼女の姿を儚く照らしている。
その顔が泣いているように見えた。
“お父さま・・・”
彼女の口がそう動いた。

静かな夜。
一人淋しく、亡き父を想う彼女の姿。
今にも消えてしまいそうな儚い姿で。
自分には何も出来ない。
彼女が求めるものを・・・与えることができない。
それはすでに、形を失くしてしまったものだから。


立ち去ろうとした、その時。

「ヒイロ」

はっきりと聞こえた。
彼女が俺を呼ぶ声。

足を止めて。
振り返る。
見上げた。

テラスにもたれ、彼女がこちらを見下ろしていた。
「何も言わずに立ち去るおつもり?今日が何の日か、ご存知でしょう?」
笑顔で。
泣いているように見えたのは気のせいだったのか?
「それと、そんな薄着で外にいては、風邪をひきますよ?良かったら、入ってきてください。警報を解除するから」

父親の跡を継ぎ、外務次官の職務に就いた時から、屋敷の警備は厳重になった。
たとえ、知り合いといっても、容易には屋敷には入れない。
家主の許可がおりなければ。


カチャリ。
彼女がドアを開け、俺を招き入れる。
「ようこそ、ヒイロ」
彼女は自分の部屋へ俺を誘い、暖かい紅茶を入れる。
「本当は、ずっと待っていたの。もう少し遅かったら、あきらめて寝てしまうところでした」
「・・・悪いが、何も用意はしていない」
「あら、構いませんわ。・・・こうして、来てくださっただけで十分です」
「・・・・・・」
黙って紅茶を飲む。
彼女も同じように紅茶を飲み、だけど・・・、と呟く。
「せめて、言葉はいただきたいわ」
そう言って、にっこりと微笑む。
「・・・ハッピー・バースデー、リリーナ」
「ありがとう」

その微笑みに魅せられる。
途端に後悔する。
何か用意すれば良かった・・・。

「リリーナ」
「はい・・・?」
「・・・目を閉じろ」
「え?」
「いいから」
「・・・わかりました。これでよろしいの?」
彼女が目を閉じる。
彼女の肩に手を置き、そのまま、ゆっくりと顔を近づけた。
唇が触れ合いそうになったその時、彼女が目を開いた。
至近距離で見詰め合う。
彼女からゆっくり離れ、椅子に背を預けた。
「・・・目を閉じろと言った」
「だっ、だって、唇に息がかかって、何事かと・・・」
俺が何をしようとしていたかを理解した彼女が赤い顔で言う。
ため息を吐く。
・・・失敗した。

彼女はしばらく緊張した面持ちで俯いていたが、ようやく顔を上げた。
「あの、ヒイロ・・・?」
「何だ」
「・・・やり直しはききませんか?」
恐る恐る言う彼女に、苦笑を漏らす。
そして言う。

「・・・目を閉じろ」


Fin


「あとがき」
リリーナ様の誕生日が近い、ということで、恒例の(?)誕生日ネタでございます。
毎回、ヒイロから何かしらプレゼントを渡させているのですが、今回は、無し。
その代わりに・・・というやつです。
うーん、甘い。

2004.4.5 希砂羅