LOVE AND PEACE
−NOT ALL OF PEOPLE ARE HAPPY−
(4)





「もうすぐクリスマスだね」
カトルが突然言い出した。
12月のスケジュールを確認していたらしい。
「ん?ああ、本当だ。忘れてたぜ」
デュオが壁に掛けてあるカレンダーを見る。
「僕たちが出会って3度目のクリスマスだね」
「俺たちが出会ってもう3年かぁ。あっという間だな」
「うん・・・。あ、そうだ。ねぇ、ヒイロ。君はリリーナさんと約束してるんでしょ?」
「当然だよなぁ」
と、デュオもヒイロを振り返る。
「約束・・・?」
ヒイロが仕事の手を休めて2人を見る。
「もしかして・・・してないの?」
恐る恐る、カトルが尋ねる。
「・・・してない」
「ったく、こいつは。クリスマスっつったら、恋人たちの一大イベントの一つだろうが。こう、何てんだ?レストランで食事とか、プレゼントを交換するとか。なあ、カトル」
デュオが同意を求めるようにカトルに振り返る。
「そうですね。簡単に言えば、そんなところですかね。まあ、マニュアルは無いですから、後は君次第だと思うよ。プレゼントも食事も」
「・・・・・・」
ヒイロは考えるようにしばらく遠くへ視線を投げた後
「・・・わかった・・・」
そうつぶやき、再び仕事に取り掛かった。
「・・・本当にわかったと思うか?」
「さあ・・・?」
デュオとカトルは半分呆れたように顔を見合わせた。



「はい、リリーナです」
『俺だ』
「まあ、ヒイロ。あなたから電話をしてくるなんて・・・。どうしたの?何かあったの?」
『今からそっちに行ってもいいか』
「え?構わないけど・・・。本当にどうしたの?」
『話はそっちに行ってから話す』
「わかりました。待っているわ」
『ああ』
短いやりとりの後、すぐに電話は切れた。
「何の用かしら・・・?あの人から電話してくるなんて、よっぽど大事な用事なのかしら・・・?」
と思いつつ、なんだか嬉しいリリーナだった。


ピンポーン。
「・・・・・・」
リリーナはドアの前に立つ人物を、カメラで確認した後、ドアを開けた。
「いらっしゃい、ヒイロ。どうぞ上がって。今、コーヒーを入れるわ」
「ああ」
ヒイロは部屋に上がると、リビングのソファに腰掛けた。
やがて
「どうぞ」
と、リリーナが熱いコーヒーを入れたカップをヒイロの前に置いた。
ヒイロ専用のカップである。
と言ってもリリーナとお揃いなのだが。
「それで・・・?あなたから電話してくれるなんて嬉しかったけど。どんな用事なの?」
「ああ・・・。お前、クリスマスは空いているか?」
「・・・・・・」
リリーナは目を見開き、驚いた顔でヒイロを見つめ返した。
「何だ・・・?何かおかしな事を言ったか?」
「ええ、とっても。あなたにクリスマスの予定を聞かれるなんて、思いもしなかった」
ヒイロは少しムスっとすると
「それで、どうなんだ。空いているのか?」
「ちゃんと空けてあるわ。・・・あなたの事だから、わたくしの方から誘おうかとも考えたんだけど、その必要はなかったのね」
リリーナは笑いを堪えるように口元を引き締めた。
「わたくしは、あなたと2人きりで過ごせればそれでいいのだけど・・・。イブとクリスマス、2日とも2人で過ごせるのかしら?」
「ああ。カトルたちはパーティーをやるみたいだが」
「あら、あなたは参加しなくていいの?」
「俺が騒がしいのを嫌うのを知っているだろう」
「素直にわたくしと2人きりで過ごしたいとおっしゃればいいのに・・・」
リリーナはぼそりと言った。
「何か言ったか?」
「いいえ。だけど、嬉しいわ。あなたと2人きりで過ごせるのだもの」
「ああ・・・」
「ねえ。ヒイロ。わたくしとあなたを繋げているものは、何だと思う?」
「俺とお前を繋いでいるもの・・・?」
「だって、わたくしたち、“好き”って言い合ったこと、一度も無いのよ?それでも、お互いの気持ちはちゃんと伝わっているでしょ?言葉が無くても、気持ちはちゃんと繋がってる。だから、素直に甘えられるし、側にいたいって思うの」
「・・・・・・」
「言葉が欲しいって思う時もあるけど、でも、気持ちは一緒だって信じてるから」
「リリーナ・・・」
「ねえ、ヒイロ。これだけは信じていてね。わたくしが愛しているのは、あなただけよ、ヒイロ」
「ああ・・・。俺もだ。俺はお前を信じている。だからお前も・・・」
「ええ、信じているわ、あなたを。あなたの気持ちを」
リリーナは微笑み、ヒイロにそっと寄り添った。
その肩をヒイロは優しく抱き、そっと目を閉じた。


クリスマス・イブ。
場所は超高額で、一般人には到底利用出来ない高級ホテル。
その中のレストランに、2人はいた。
「あなたとレストランで食事なんて、初めてね」
リリーナは嬉しそうに言った。
今日のリリーナの服装は黒のイブニングドレス。
いつも下ろしている髪を珍しくアップにしている。
「そうだな・・・」
ヒイロはリリーナに気を使ったのか、普段着慣れないスーツを着ている。
食事を終え、2人は場所を移した。
「忘れないうちに渡しておく」
ホテルの部屋に入り、ソファに並んで座ると、そう言ってヒイロは綺麗に包装された小さな箱をリリーナの前に差し出した。
「クリスマスだからな」
「ありがとう。嬉しいわ。開けてみても・・・?」
「ああ・・・」
リリーナはリボンを解いて包みを開いた。
現れた箱を開くとそこには・・・。
「あ・・・」
リリーナは思わず声を漏らした。
箱に入っていたのは、シルバーのリングだった。
「これ・・・」
意味を問うようにヒイロをそっと見つめた。
「エンゲージリング、というそうだ」
「・・・意味を知っているの?」
「俺はそこまで鈍くないと思うが・・・。そのつもりで買った・・・んだが、迷惑だったか?」
ヒイロの言葉に、リリーナは首を横に振った。
「いいえ、ヒイロ。とても、嬉しいわ。心臓が止まりそうなくらい、驚いたけれど」
「そうか・・・」
ヒイロは安心したように息をついた。
そのため息を聞いて、リリーナはヒイロの顔を覗き込んだ。
「そんなに不安だったの?」
「・・・まあな」
「不思議・・・」
「何がだ」
「あなたが普通の男性に見える・・・」
「?・・・どういう意味だ」
「変わったわ、ヒイロ。人間らしくなった・・・。あの頃のあなたはナイフのように尖っていて、誰も寄せ付けないくらい、鋭い目をしてた・・・。でも今は・・・」
「今は・・・?」
ヒイロはその続きを探るようにリリーナの瞳を覗き込んだ。
「もっと・・・側にいたい。あなたを知りたい・・・」
「リリーナ・・・」
「側にいても・・・いい?もっとあなたに触れてもいいの・・・?」
「・・・お前の自由だ。俺はお前のものだ。この指輪を、お前が嵌めるのならな」
リリーナは微笑むと、左手をヒイロの前に差し出した。
「あなたが嵌めて。あなたが決めた事だもの」
「・・・いいだろう」
ヒイロはリリーナの左手を手に取ると、薬指に指輪を嵌めた。
リリーナは指輪の嵌った左手を顔の前にかざして嬉しそうに見つめると
「・・・これで、あなたはわたくしのものね」
「ああ・・・。お前が自分の意志でその指輪を外さない限りな」
「安心して。そんなこと、絶対にないから」
「そうか・・・」
「それで、ヒイロ・・・?」
「何だ」
「どうやったら、わたくしはあなたのものになるのかしら」
「・・・そうだな」
ヒイロは少し考えると、ポケットから何かを取り出すと、それをリリーナに渡した。
「・・・これで、お前も俺と同じことをすればいい」
リリーナが受け取ったのは、今、嵌めてもらった指輪と同じデザインの指輪だった。
「・・・用意がいいのね」
リリーナはくすっと笑うと、ヒイロの左手を手に取り、薬指に指輪を嵌めた。
「・・・これで、わたくしはあなたのものになったかしら・・・?」
「ああ・・・。お前が決めたことだ、後悔するなよ・・・?」
「くすっ。そんなこと、絶対にないわ」
リリーナはヒイロの首に両腕を回した。
「・・・あなたが、わたくしの手を離さないでいてくれるなら・・・」
ヒイロはリリーナの瞳を見つめ、耳から頬にかけてゆっくりと撫でた。
「安心しろ、お前が嫌と言っても、離しはしない」
ヒイロの言葉にリリーナは目を見張った。
「まあ・・・。ヒイロって、実は独占欲が強いのね」
「・・・そうみたいだな」
「でもね・・・。わたくしもあなたに負けないくらい、独占欲は強いのよ?」
「そうか・・・。それで・・・?」
「え?」
「お前からのプレゼントはもらっていないのだが・・・?」
「あ・・・。渡すタイミングを逃したわ。だって、こんな素敵なプレゼントをもらえるなんて思わなかったから・・・。こんな素敵なプレゼントの後じゃ、何だか出しづらいわね」
リリーナは肩をすくめ、バックから包みを取り出した。
「どうぞ、開けてみて」
「ああ・・・」
ヒイロは受け取ると、包みを開いた。
中から出てきたのは・・・。
毛糸のマフラー。
「予定ではセーターになるはずだったんだけど、思いがけず仕事が忙しくて間に合いそうになかったから、マフラーにしてしまったの。ごめんなさい」
「お前が・・・編んだのか?」
「そうよ。仕事の合間にね。意外だったかしら」
「ああ・・・」
ヒイロはマフラーを見つめたまま素直に頷いてから、はっと気づいた。
「あ、いや。悪気はないのだが・・・」
「くすっ。いいのよ。それより、首に巻いてみて。あなたに似合うと思う色を選んだのだけど」
「ああ・・・」
ヒイロはマフラーを首に巻いてみた。
「どうだ?」
「ええ、似合うわ、とても。良かった、長さも丁度良いみたいね」
「ああ」
「良かった・・・」
リリーナはほっとため息をつくと、改めてヒイロに向き直った。
「どうした・・・?」
「お願いが・・・あるの」
「何だ?」
「・・・お母様にね、会っていただきたいの。あなたのこと、早くお母様に紹介したいの。じゃないとわたくし・・・」
リリーナはぎゅっと手を握り締めた。
「他の方と結婚させられてしまう・・・」
「どういうことだ」
「・・・先日、久しぶりに休暇が出来たから、家に戻ったの。その時に、お母様にお見合いの写真を見せられて・・・。ごめんなさい、急に。困るわよね、いきなり親に会ってほしいだなんて」
「別に、俺は構わないが」
ヒイロの答えに、リリーナは俯かせていた顔を上げた。
「本当に、会ってくださるの?」
「ああ・・・」
「ありがとう、ヒイロ」
「俺は、お前を誰にも渡したくないだけだ」
「ヒイロ・・・。ありがとう」
嬉しさに涙を滲ませるリリーナの髪をヒイロは優しく指で掻き揚げた。
「リリーナ・・・」
「ヒイロ・・・」
2人の唇が、ゆっくりと重なり、熱く深く絡み合う。
やがて、2人の体がゆっくりとソファに倒れていく・・・。


NEXT

「あとがき」
うわー、何だろうね、これ。恥ずかしいっていうか、何か初々しいなぁなんて感じてしまう。
2人のシーン、レストランでに食事からのシーンはほぼ変えてしまいました。
読み返したら何か変、というか、気に食わなかったので・・・。若い・・・若いな、私。
うん、若い。まだ未熟者って感じです。いや、今でも十分、未熟者ですけど、
今よりもっと素人くさいというかね。久しぶりに普通のラブを書いたような、
そんな気がしている希砂羅でした。それでは、次回、お会いいたしましょう。

2004.8.4. 希砂羅