「王子様と王女様」
 
第3章 5.カレリア・クライム
 
 
 一週間後、ジェフは城へと呼び出された。
ジェフはそのままリリーナの部屋へ通された。
「奥様、ジェフ・フライド医師をお連れしました」
デュオがドアをノックし、ドア越しに伝えた。
デュオが行ってしまうと、ジェフはドアを開けてリリーナの部屋へ一歩足を踏み入れた。
リリーナがジェフへゆっくりと振り返った。
ジェフは義姉が、カレリア・クライムが目の前に立っている錯覚に陥った。
ジェフの開発した新薬により、リリーナを苦しめていた病はすっかりと消えたのである。
「あなたが、ジェフ・フライド医師ですね。この度は、本当にありがとうございました」
リリーナは優雅に微笑むと、丁寧に頭を下げた。
「い、いえ、そんな」
「あなたのような優秀なお医者様に巡り会うことが出来て、わたくしは本当に幸せです。ジェフさん、とお呼びしてもよろしいですか?」
ジェフの前に、カレリア・クライムが立っていた。
「義姉・・・上・・・」
「姉・・・上・・・?」
事実を知らないリリーナは首を傾げた。
ハッとしたようにジェフは顔を強張らせ、俯いた。
リリーナは首をかしげたままジェフを見つめた後、まさか、と自分の後ろに飾られたカレリア・クライムの肖像画を見上げた。
(姉上?まさか、お母様がジェフさんのお姉さん?)
「失礼しました」
ジェフが突然部屋を出て行こうとしたので、リリーナは慌てて呼び止めた。
「あ、待ってください。ジェフさん、教えていただけませんか?あなたは、お母様の、カレリア・クライムの弟君なのでしょうか」
ジェフは足を止め、ゆっくりと振り返った。
リリーナに見つめられ、ジェフは観念したように頷いた。
「クラリス・クライム、それが私の本当に名前です」
「クライム・・・、ということは・・・」
ジェフは頷いた。
「私は、カレリア・クライム、つまりあなたの母上の義理の弟になります」
「義理の弟・・・。では、あなたは」
「クライム国王の弟です」
「そうなのですか。では、ジェフ・フロイドという名前は」
「もちろん偽名です。町へ降りた時に考えました」
「なぜ、町へ降りたのですか?」
ジェフは顔を挙げ、カレリア・クライムの肖像画を見つめた。
「それだけは言えません」
「そうですか・・・」
「全ての真実は、ご主人が知っておいでです」
「主人が?」
「・・・あなたがここまで義姉上に生き写しでなければ・・・」
ジェフはぽつりとつぶやいた。
ジェフのそのつぶやきで、リリーナはジェフの心情を知ることが出来た。
「お母様を・・・愛していたのですね。一人の女性として・・・」
リリーナは静かな声で言った。
ジェフは否定も肯定もせず、静かな目でリリーナを見つめた。
2人は互いを見つめたまま、静かな沈黙が流れた。
「なぜ、そう思われるのですか?」
しばらくして、ジェフが口を開いた。
「あなたの、わたくしを見つめる目があまりに切ないから・・・。いいえ、あなたの目に写っているのは、わたくしではなく、お母様なのでしょう?」
「・・・あんなに人を好きになったのは初めてでした。初めて、兄に紹介された時から、私は彼女の心惹かれてしまったのです。だが、それは叶わぬ恋だった。彼女に気持ちを打ち明けることさえ出来ない」
「それで、町へ降りられたのですか?」
「もともと、医者になるのが夢でした。だから、身分を捨てて、黙って町へ降りました。しかし、町へ降りて数日も経たないうちに、クレイム王国とクレア王国の戦いは始まってしまった。私が城へ戻った時には、全てが終わっていました。兄上も義姉上も、すでにクレア王国の手によって命を奪われていました。生き残ったのは私だけでした」
「そうだったのですか・・・。もしかしたら、わたくしたち、知らないうちに町ですれ違っていたかもしれませんね」
「え?」
「わたくしも、16年間、町で過ごしました。クレイム王国の生き残りの王女だと知らずに」
「そう・・・だったのですか。ご主人にあなたが義姉上の娘だという事実を聞いた時、頭の中で何かが引っかかりました。義姉上が女の子を出産したという話は噂で聞いて知っていました。私は、てっきりその子どもも義姉上と一緒にクレア王国の手によって命を奪われてしまったのだと思っていました。しかし、まさか町で暮らしていたなんて・・・」
「運命は、不思議だと思いませんか?わたくしも主人に出会っていなかったら、育ててくれた母に真実を聞かされずに、何も知らずに生涯を町で過ごしたかもしれません。でも、わたくしたちは出会ってしまったんです。敵同士だとも知らずに・・・。育ててくれた母に真実を聞かされたのは、結婚が決まった直後でした。ショックだったけれど、わたくしはその事実を受け止め、王様とお妃さまに、そして主人に、城を出て行く覚悟で正直に全てをお話ししました。それがどんな結果を招いたかは、わかりますでしょう?」
リリーナは微笑んだ。
「そんなことがあったんですね」
「全てを運命に任せてみようと思ったんです。今から思えば、自分でも随分無茶なことをしたなって思うんですけど。でも、その無茶が無かったら、全ての運命は変わっていて、わたくしはここにはいなかったでしょうね」
「そういえば、義姉上にもそんな無茶なところがありました」
ジェフは微笑んだ。
「ジェフさん。あなたに、どうしてもお聞きしたいことがあるのですけど」
「何でしょう」
「お母様は、どんな女性だったのでしょう」
ジェフはカリーナの肖像画を見つめると
「・・・一言で言うと、優しくて明るい女性でした。いつでも笑みを絶やさなかった。彼女は気高さも持っていた。だからこそ、兄は彼女を愛し、父上も母上も彼女を受け入れ、国民からも愛された」
カリーナ・クライムのことを話すジェフの表情はとても優しかった。
そのジェフを見て、リリーナは気付いた。
愛する者のことを語る時、人はとてもやさしい表情をするのだと。
前にデュオがヒルデのことを話している時もとても優しい表情をしていたことを思い出した。
そして、思った。
自分もきっと、ヒイロのことを話している時、同じく優しい表情をしているのだろうと。
そのことは言わずに、リリーナは別のことを聞いた。
「ジェフさん、ご結婚は?」
「恥かしながら、まだ独り身です」
「それはまだ、お母様を愛しているからですか?」
「・・・そうかもしれませんね。無意識に、義姉上のような女性を求めてしまっているのかもしれません。結局私は、町へ降りても、義姉上への想いを断ち切ることが出来なかった。そればかりでなく、今も、私は義姉上への想いに捕らわれているのです」
リリーナは優しく、ジェフに微笑んだ。
「それがいけないことだとは、わたくしは思いませんわ」
「え?」
「お母様への想いがあったからこそ、今のあなたがあるのではないですか?ジェフさん、あなた、ご自分でおっしゃったじゃありませんか。お母様への想いを断ち切るために、かつてからの夢だったお医者様になるためのお勉強をなさって、町へ降りてご修行なさったと。そして、今は立派な、素晴らしいお医者様になられた。それが、いけないことでしょうか」
「奥様・・・」
「ジェフさん、お母様は若くして亡くなられました。けれど、幸せであったと思うのです。王様に愛され、人々に愛され、そして、あなたに愛されて」
「・・・あなた様はどこまでも義姉上に似ていらっしゃる・・・」
ジェフは微笑んだ。
リリーナも優しく微笑み返す。
「知っていましたか?ジェフさん。人は愛が在るからこそ、生きられるのです」
「愛が在るからこそ・・・生きられる・・・」
「あなたも、そうでしょう?ジェフさん。お母様への愛があったからこそ、今のあなたがある。そうではありませんか?」
「そう・・・です。義姉上への愛があったからこそ、私はこうして・・・」
ジェフの目から、静かに涙が零れた。
「ジェフさん・・・」
「あの時、ここを初めて訪れた時、実は後悔をしていたのです。義姉上に生き写しのあなた様にお会いしたことを・・・。しかし、それは間違いでした。あなた様に出会えて、本当に良かった」
「わたくしも、あなたに巡り会えたことを、とても幸せに思います。これからも、どうかあなたのその腕で、町の人々を、そしてわたくしたちを救っていってください。あなたには、その力があるのですから。どうかそれを、誇りに思って」
「はい・・・。ありがとうございます」
ジェフは静かに頭を下げた。
「また、お会い出来るといいですね。その時はもちろん、医者と患者とは違い形で・・・」
「ええ・・・」
リリーナは微笑んだ。
ジェフは静かに頷くと、部屋を出て行った。
ジェフと入れ違いにヒイロが部屋へ入って来た。
「あなた・・・」
「ジェフ医師と随分長く話しこんでいたな」
「ええ・・・」
と、リリーナは微笑んでから、思い出したようにヒイロを睨んだ。
「それより、どうして教えてくださらなかったのですか?ジェフ医師がお母様の弟君であることを・・・。あなたは全て知っていたのでしょう?」
「・・・ああ」
「いじわるね」
「悪かった。・・・ジェフ医師が、事実は俺の胸の中だけにしまっておいてほしいと言ったんだ。お前には話さないでほしいと」
「そう・・・だったの・・・。話したくなかったことを、わたくしったら無理やり聞き出してしまったのね」
「気にすることはない。ジェフが部屋を出て行く時、私に告げたんだ。全てを奥様にお話ししましたと。初めは迷ったけれど、思い切って話してよかったと」
「そう・・・。よかった。わたくし、ジェフさんに会って、お母様がどんな女性であったか、お母様がどれだけ多くの人々に愛されていたか、知ることができたの」
「そうか・・・」
「ヒイロ。わたくし、お母様が歩めなかった人生を歩んでみたくなりました」
リリーナがそう言って微笑んだ。
「母親が歩めなかった人生?」
「お母様は若くして亡くなられたでしょう?子育てはおろか、自分の子どもが成長する姿を見ることさえ叶わなかった。だから、わたくしがそれを叶えたいのです」
「そうか・・・」
と、ヒイロが微笑んだ時
「お母様―、お父様―」
ドアを開けてリヒターが顔を覗かせた。
「リヒター、どうしたの?」
リリーナはリヒターに歩み寄った。
「マリーが泣いてるよ」
「あら、マリーが?」
「うん」
「そう。教えてくれてありがとう」
リリーナはリヒターに微笑んで頭を撫でると、ヒイロに振り返った。
「ということだから、行くわね」
「ああ」
ヒイロが頷いたのを確認すると、リリーナはリヒターの腕を引いて出て行った。
 
リリーナがドアを開けると、マリーがベッドの上で大泣きしていた。
「あらあら、こんなに泣いて。どうしたの?マリー」
リリーナはマリーを抱き上げた。
「おなかがすいたのかしら」
「違うよ」
リヒターがリリーナを見上げて言った。
「え?」
「淋しかったんだよ。マリーはお母様が側にいなくて淋しかったんだよ」
「そう・・・。ごめんね、マリー。側にいてあげなくて」
リリーナはマリーの頬にキスした。
リリーナがしばらくあやすと、ようやくマリーが泣きやんだ。
「やっぱりお母様はすごいや。僕がどんなに頑張っても泣き止ますこと出来なかったのに」
リリーナはマリーを抱いたまま、近くのソファへ腰を下ろした。
「こちらへいらっしゃい。リヒター」
「うん」
リヒターがリリーナの隣に座る。
「リヒターはもうすっかりお兄ちゃんね。リヒターがマリーの面倒を見てくれるから、お母様はとても心強いわ」
「本当?」
「ええ、本当よ」
リリーナは片手でマリーを抱きながら、もう片方の手でリヒターを抱き寄せた。
「お母様・・・」
リヒターは幸せいっぱいで目を閉じた。
 
 
NEXT
 
「あとがき」
ようやく終わったなり〜。今回も前回と同じく、2つに分けましたが、それでも長い。
何か、改めて打ち直しながら、高校生でよくこれだけ書けたな〜と自画自賛しちゃったり。全ては、愛だね、愛。次で終わりです。最後までお付き合いいただけると、嬉しいです。
 
2004.2004.2.10 希砂羅