「王子様と王女様」
 
第1章 4 王女
 
 
色、デザインがさまざまなドレスの中から1枚を選ぶのは至難の技だった。
結局、たくさんの種類の中から1枚を選び、サイズを合わせるのに3時間もかかってしまった。
「意外と時間がかかってしまいましたね。お疲れでしょう。今日はもうお休みください。その代わり、明日は朝から忙しくなりますからね。覚悟をしておいてくださいね」
「はい」
「では、お部屋にご案内しましょう」
デュオに案内された部屋に入り、少し休んだ後、リリーナは記憶を辿り、母親のいる部屋へ向かった。
ノックすると、すぐに返事が返ってきた。
「お母さん、リリーナです。入ります」
リリーナはそっと中に入った。
母親はベッドに半身を起こしていた。
「ごめんなさい、遅くなってしまって」
「いいのよ。結婚式の準備で忙しいのは知っているわ」
「ええ。・・・それで、話の続きって・・・?」
「そこに座りなさい」
リリーナはベッドの近くに置いてあった椅子に座った。
母親は一瞬、迷うような表情を見せたが、すぐに何かを決意したようにリリーナを真っ直ぐに見つめた。
「よく聞きなさい、リリーナ。これから話すことは、あなたにとって辛い事になるかもしれないけれど・・・」
「なに?お母さん・・」
一体何を言うのだろうと、リリーナは怖くなった。
「あなたは・・・、私の本当の娘ではないの」
「・・・え?」
リリーナは耳を疑った。
「今・・・何て言ったの?お母さん」
「あなたは・・・かつてクレバ王国に滅ぼされた、クレイム王国のたった一人の生き残りである。王女様なのです」
リリーナは呆然とした。
すぐには何を言われたのか飲み込めなかった。
「・・・私が・・・王女?」
リリーナが母親を見つめ返した時、さらなるショックがリリーナを襲った。
見つめ返した母親の目は、もう、母親の目ではなかった。
リリーナの知らない、他人の目だった。
リリーナの肩から一気に力が抜けた。
そんなリリーナを見つめ、母親はさらに続けた。
「クレイム王国の兵士として戦っていたわたくしの夫に、カレリア様、つまりはあなたの本当のお母様が、まだ赤ん坊であったあなたを守るために、亡くなる寸前に託されたのです。あなたが、敵国であるクレバ王国の王子様と結婚すると聞いた時、目の前が真っ白になりました。何て、運命は皮肉なものだと・・・。ごめんなさい、リリーナ。わたくしにはもう、母親としてあなたをどうしてあげられることも出来ません。酷なこととはわかっています。ですが、この先の未来は、どうかご自分でお選びください」
そう言って、母親はリリーナに頭を下げた。
“冗談でしょう?”
という問いをリリーナは飲み込んだ。
そんなことを聞いたところで、真剣な顔でリリーナを見つめる母親が、“YES”と言うはずがないことは、頭の中でわかっていた。
だから、リリーナは黙って立ち上がり、部屋を出た。
そして、ふらふらと、まだ呆然としたまま、自分の部屋に帰った。
ベッドに倒れ込み、混乱する頭を抱えた。
瞳から涙が止め処なく溢れ、シーツを濡らした。
(私は・・・愛してはいけない人を愛してしまったの・・・?)
 
 
 次の日、起こしに来た侍女に着替えを手伝ってもらい、デュオを呼ばせた。
デュオはしばらくしてやって来た。
「遅くなってすみません。王子を起こしてきたものですから。王子は寝起きが悪くて困ります」
そう苦笑を浮かべたデュオだが、リリーナの様子に気がつき、笑みを消した。
表情がない。
明らかに、昨日までのリリーナとは様子が違っていた。
「どうされました?」
心配したデュオはリリーナの顔を覗き込んだ。
リリーナは虚ろな目をデュオに向けた。
目が少し腫れていた。
「何かあったのですか?」
「デュオさん、お願いがあります・・・」
声にも力がなかった。
「王様とお妃様に会わせていただけないでしょうか。大事なお話があるのです。出来れば、王子様も呼んでいただけませんか?」
「え、ええ、いいですよ。まず、王子を呼んで来ます」
(一晩の間に一体何があったんだ?)
「お願いします」
デュオはすぐに部屋を出て行った。
しばらくして、ノックをしてヒイロが入ってきた。
「リリーナ、どうしたんだ?気分でも悪いのか?顔色が悪い」
ヒイロはリリーナの頬に触れた。
「何でもありません」
リリーナは微笑んでみせた。
「そうか・・・。だったらいいが」
ヒイロが珍しく微笑んだ時、デュオが顔を覗かせた。
「リリーナ様。王様とお妃様がすぐに来るようにと」
リリーナは頷き、ヒイロと共に王室に向かった。
王室に入るなり、リリーナは2人の前に自ら進み出た。
「そなたの話とは何だ?」
リリーナはその場に膝を着くと、まっすぐに顔を上げ、決意を秘めた目を2人に向けた。
「・・・王様、お妃様、正直に申し上げます。わたくしは・・・かつてクレバ王国に滅ぼされた、クレイム王国のたった一人の生き残りの王女です」
その場が一気に静まり返った。
王様と妃は驚いた目でリリーナを見つめた。
ヒイロもまた、驚いた目でリリーナの横顔を見つめた。
「そなたが、クレイム王国の王女だと、今そう申したのか?」
王様が口を開く。
「・・・はい。決して、今まで騙していたわけではありません。わたくしも昨晩、母に・・・育ての母に、その事実を聞いたばかりです。母は、わたくしに、この先の未来は、どうかご自分で選びなさいと申しました。ですからわたくしは、正直に申し上げようと思ったのです。かつて、このクレバ王国とクレイム王国は敵同士でした。そして、クレイム王国はクレバ王国によって滅ぼされました。しかし、わたくしの心に、このクレバ王国を憎む心は存在しません。それでも、王様とお妃様が、まだクレイム王国を敵とご判断されるのなら、わたくしにこの国の王女になる資格はございません。全てのご判断は、王様とお妃様、お2人に委ねます。出てゆけと申されるのなら、今すぐにでも出てゆく覚悟はすでに出来ております」
王様は妃と顔を見合わせて少し話をした後、リリーナに優しく微笑みかけた。
「心配することはない。確かに、クレバ王国とクレイム王国はかつて敵同士であった。しかし、それは昔のことだ。それに、そなたは自分で申したではないか。自分の心に、このクレバ王国を憎む心は存在しないと。ならば、何ら問題は無いではないか。そなたを、クレバ王国の王女として迎えよう。
「・・・ありがとうございます」
リリーナは深々と頭を下げた。
受け入れられたことへの喜びに、自然と涙が零れた。
「頭を上げなさい」
王様に言われ、リリーナはようやく頭を上げた。
「よく、正直に申してくれた。そなたのその勇気と覚悟に感嘆した。なぁ、妃よ」
「ええ、本当に。普通だったら、その事実を知った時点で逃げ出していることでしょう。だが、そなたは違った。わたくしもその勇気と覚悟に感嘆しました。そなたこそ、この国の王女にふさわしいと、わたくしは思いました」
「ありがとうございます」
リリーナはもう1度頭を深く下げた。
「さあ、結婚式の準備がまだ残っているでしょう。もうお下がりなさい」
「はい」
リリーナは最後にもう1度頭を深く下げると、王室を出た。
それを追う様に、ヒイロとデュオも出てきた・
リリーナは2人に振り返らなかった。
2人が何かを言い出すのをじっと待った。
やがて
「デュオ。少しの間でいい、リリーナと2人で話がしたい」
「わかりました」
「庭に出たい。構わないか?」
「ええ、よろしいですよ。お庭なら、お2人でゆっくりと落ち着いてお話ができるでしょう。城の中は結婚式に向けての準備で大忙しですからね」
ヒイロはデュオに頷くと、リリーナに向いた。
「行こう、リリーナ」
「・・・はい」
リリーナはヒイロに連いて、広い庭に出た。
庭一面に季節の花々や木々が植えられ、幻想的な世界を作っていた。
リリーナはその場に立ち止まり、思わすその見事な美しさに見とれた。
「庭に出るのは初めてか?」
「はい」
リリーナは微笑んだ。
階段を降りる時、ヒイロはリリーナに手を差し伸べた。
リリーナがヒイロを見る。
そして、ゆっくりと微笑むと、ヒイロの手に自分の手を重ねた。
2人は階段を降りると、手を繋いだまま、庭の中をゆっくりと歩いた。
「どう思われました?さきほどのお話・・・」
「驚いた・・・」
「わたくしも母から聞いた時は、すぐにはその真実を受け入れられませんでした。だって、もしそれが真実ならば、わたくしは、愛してはいけない人を愛してしまったことになるのですもの」
「リリーナ・・・」
ヒイロは立ち止まった。
リリーナも足を止め、ヒイロの方を見ずに話を続けた。
「けれど、嘘ではないのはわかりました。話している時の母は、とても辛そうでした。わたくしの嫁ぐ先が、もしここでなかったら、一生、事実を胸の奥にしまっておくつもりだったのかもしれません。・・・王様とお妃様がお心の広い方で良かった。でなければ、今頃わたくしはここにはいないかもしれません」
「・・・もういい」
「王子様?」
リリーナは顔を上げ、ヒイロの横顔を見つめた。
「なぜ、そんな残酷なことを言う?」
ヒイロがリリーナに顔を向ける。
少し悲しい目をして。
ヒイロはリリーナの手を強く握った。
「俺は・・・、きっとお前とどんな出会い方をしても、お前を好きになる。お前だからいいんだ。たとえ、敵国の姫だろうと、俺はきっと、どんな犠牲を払ってでも、お前を手に入れる」
「王子様・・・」
リリーナの瞳から涙が零れる。
零れた涙を、ヒイロの指が掬う。
「もう少し歩こう」
ヒイロは優しく微笑んだ。
「・・・はい」
リリーナも微笑を返した。
2人は手をしっかりと繋ぎ、またゆっくりと歩き出した。
 
第一章終わり
 
 
「あとがき」
TV本編第5話「リリーナの秘密」ばりのお話でございました。私、リリーナが好きなんです。もちろん、ヒイロのことも同じくらいに好きですが、リリーナに対しては、「憧れ」に近い想いがありまして、こういう素敵なレディになりたいなぁと本気で思っていました。私にとっての永遠の憧れの女性であります。
 
2004.2004.1.31 希砂羅