「王子様と王女様」
 
第1章 1.出会い
 
数日後。
デュオが町に降りる日、ヒイロはデュオに強引に同伴して、町に降りた。その際、デュオに服を渡された。
「これに着替えてください。そんな服を着ていては、一目であなたが王子だとばれてしまいます」
「わかった」
ヒイロは苦労して、着慣れない服に着替えた。
「これでいいのか?随分と簡素な服だな」
「町では普通ですよ。それでは、町に降りましょう」
デュオと並んで、ヒイロは町への一歩を踏み出した。
町にはあちらこちらに店が立ち並び、にぎやかだった。
「随分、にぎやかだな。いつもこうなのか?」
「ええ、そうですよ。予想していたのとは随分違いますか?」
「ああ、かなりな」
「王子、おなかは空きませんか?」
「ん?ああ、そう言われてみれば、空いたな」
「わたくしの行きつけのパン屋があるんです。そこへ案内しましょう。きっと王子も気に入りますよ」
しばらく歩くと、パン屋の看板が見え、デュオはその店の前で足を止めた。
「ここです」
デュオが先に店の中に入る。
「こんにちは」
デュオが店の奥に声を掛けると、すぐに店員らしき男の人と女の人が出迎えた。
「あら、いらっしゃい、デュオさん」
女の人は穏やかにデュオに挨拶すると、店の奥に声を掛けた。
「ヒルデ!デュオさんだよ!」
すぐに
「はーい!」
と元気な返事をして、ヒルデと呼ばれた娘が店の奥から飛び出してきた。
ヒルデはデュオを見るなり、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「いらっしゃい!いつものパンでいいかしら」
「ああ、頼むよ」
デュオが穏やかに微笑む。
「待っててね。ちゃんと準備してあるの。今、持って来るから」
そう元気に言うと、ヒルデはまた店の奥に引っ込んだ。
そのデュオとヒルデの様子を見て、ヒイロは直感的に悟った。
(デュオの奴、まさかあの娘と・・・)
「デュオ」
ヒイロはデュオの服の袖を引っ張った。
「お前、まさかあの娘と出来ているのか?」
「あ・・・」
と言ったまま、デュオは困ったように頬を指で掻いた。
「正直に言え」
ヒイロに睨まれ、デュオは諦めたようにため息をついた。
「・・・そうです。あの娘、ヒルデというのですが、そのヒルデとわたくしは・・・その・・・」
「なるほど、町の様子を探るついでにあの娘と・・・。お前も隅に置けないな」
デュオは照れたように笑った。
ヒルデがパンを入れた紙袋を抱えて持ってくるのと、腕にカゴをかけた娘が店に入ってくるのと、ほぼ同時だった。
「ただいま」
腕にカゴをかかえた娘はヒルデに声を掛けた。
「あ、おかえり、リリーナ。配達お疲れ様。今日はもう上がっていいって、お母さんが。昼食の用意が出来てるから、後で一緒に食べよう」
「ありがとう」
リリーナと呼ばれた娘は微笑み、一度ヒイロとデュオをちらりと見ると、軽く頭を下げ、店の奥に入っていった。
「はい、お待たせ」
ヒルデがデュオにパンの入った袋を渡す。
「あの娘は?初めて見たけど」
デュオがお金を渡しながら、店の奥を見てヒルデに聞く。
「あ、デュオは会うのは初めてなんだね。いつも店の奥で父さんと母さんの手伝いをしたり、今日みたいに配達してもらったりしてるから。あの子、私の友達でね、リリーナっていうの。働き口を探してたから、1ヶ月前に私が声を掛けたの。お父さんを早くに亡くしてて、お母さんが一人で働いて生活を支えてたんだけど、働きすぎて体を壊しちゃってね、今はベッドにいることが多いんだって。だから、代わりにリリーナが働いて、あの子が一人でお世話してるの。もう、だいぶお母さんは元気になったらしいけど」
「そうなのか。若くして苦労人なのだな」
「同情は禁物だよ」
ヒルデが片目をつぶる。
「ああ、わかっている」
「それより、後ろの方は?お友達?」
「あ、いや、その」
デュオはちらっとヒイロを見た。
(どう説明すればいいのだろう)
「ヒルデ、少し、出られるかな」
「え、うん。いいけど」
ヒイロを店に残し、2人は店先に出た。
「あの方は実は、この国の王子様なんだ」
「・・・えっ!?あ、あの方が、あなたがお使えしてる王子様!?」
ヒルデが驚きのあまり、思わず大きな声を出したので、デュオは慌ててシーっと、自分の口の前で人差し指を立てた。
「あ、ご、ごめん」
ヒルデも自分の口を両手で塞いだ。
「なんか、わがままそうだね」
ヒルデは首を伸ばし、店の中を興味ありげに見回しているヒイロをまじまじと見た。
「でも、なんで王子様が?」
今度は小さな声でヒルデが聞く。
「どうしても町に来たいとおっしゃって。そこでヒルデ、君に頼みがあるんだ。王子はここへお忍びでいらしているんだ。だから」
「わかった。誰にも言わなきゃいいんでしょう?任しといて。口は固いんだから。で、王子様のお名前は何ておっしゃるの?何てお呼びすればいいのかしら」
「ヒイロ様だ」
「ヒイロ様・・・。じゃあ、ヒイロ君て呼べばいいのかしら」
「うん、まぁ」
と、デュオは複雑な気分。
「ん。わかった。あ、ねぇ、私今から休憩なの。リリーナも誘って、外で4人で一緒に昼食にしよう?」
「あ、ああ。いいよ。王子に言ってくるよ」
「うん。私もリリーナを呼んでくるわ」
ヒルデは店の奥に消え、しばらくしてリリーナを連れて戻ってきた。
「リリーナ、紹介するわ。こちら、デュオさん。この店の常連さんなの。それで、その隣が、ヒイロ君。デュオさんのお友達」
「リリーナです。初めまして」
ヒルデの紹介を受け、リリーナは2人に微笑んだ。
(町の娘にしては綺麗な娘だな)
と、ヒイロとデュオは同時に思った・・・かどうかは本人たちのみぞ知る。
「あの、ヒルデとデュオさんてもしかして・・・恋人同士・・・?なんですか?」
リリーナが控えめに聞いた。
うっ・・・と、ヒルデとデュオは顔を見合わせた後、2人して照れた顔でぎこちなく頷いた。
「やっぱり・・・。2人が並んでいるのを見て、雰囲気的にそうかなって」
リリーナが微笑む。
「さ、さあ、行こう、早く」
ヒルデがリリーナの他の質問を避けるために他の3人をせかせた。
「くすくす、ヒルデったら照れてるのね」
「だって・・・」
「羨ましいわ、好きな人がいるのって」
「リリーナだって、すぐに出来るよ。そんなに美人なんだから、さ」
「美人なんかじゃないわ」
リリーナが真面目な顔で言った。
本人に自覚はないらしい。
「もう、自分に自信を持たなきゃ駄目だよ」
「自信・・・て?」
リリーナが首を傾げる。
「自分は他の人よりも綺麗なんだって、さ」
「そんな自信は持てないわ。だって、私はどこから見ても町の娘でしょ?」
「うーん」
これは何を言ってもきっと否定するな、と思い、ヒルデはそれ以上言うのを止めた。
そうこうしているうちに、4人は近くの野原までやって来た。
「ここで食べよう」
ヒルデが先に座り込み、パンを取り出した・
 
ヒルデの隣にデュオが座り、その隣にヒイロ、リリーナという順番で横に並んで座った。
ヒルデは皆にパンを配り、デュオと仲良く話しだした。
ヒイロとリリーナは何となく、2人の間に入れなかったので、黙ってパンを食べ出した。
2人とも、互いが気にはなっていたが、何を話していいのかわからず、しばしの間、沈黙が流れた。
やがて、その沈黙に先にしびれを切らしたリリーナがヒイロに声を掛けた。
「ヒイロ君、でしたよね?あなた、この町の人?」
「そう見えないか?」
「この町にはいろいろな人が集まってきてるから、あなたのような人が一人くらいいてもおかしくはないけど・・・。ただ、その服、着慣れていない感じがするから・・・」
「何か変か?」
ヒイロは改めて自分の格好を見た。
「変ではないわ。でも、似合ってもいないわね」
と、リリーナは笑った。
「はっきり言う女だな」
「ごめんなさい」
リリーナは素直に謝った。
「お前はこの町にずっと住んでいるのか?」
「ええ、母と2人で。父は私が生まれる前に亡くなったんですって。写真も残ってないから、顔も知らないの」
「俺も2年前、母親を亡くした。今は新しい母親がいるが、どうも馴染めない」
「そう・・・。私には新しい父はいないけど、私たち、少し境遇が似ているわね」
リリーナは膝を胸に抱えた格好のまま、ヒイロに顔を向け、微笑んだ。
不思議な微笑みだった。
その微笑みに、ヒイロは吸い込まれそうな、そんな気分になった。
「そうだな」
その微笑みを見つめたまま、ヒイロが頷く。
リリーナは顔を正面に向け
「私、自分から人を好きになったり、興味を持つことってほとんどないのだけど、何故かしら、あなたのことは知りたいと思う。私、あなたなら好きになれそう」
最後の言葉は、独り言のような小さな声だったので、ヒイロの耳には届かなかった。
「・・・やっぱり、嘘は嫌いだ」
「え?」
「・・・本当は、今日生まれて初めて町に降りた。いつもはもっと立派な服を着て城にいる」
「城って・・・あなた、まさか・・・」
「王子だ」
「王子!?」
リリーナは目をパチパチしながらヒイロを見つめた。
「王子様がどうして町なんかに?」
「俺は城の中の暮らししか知らない。町の生活というものを一度見て見たかった」
「・・・そう・・・なの。それで?ご感想は?がっかりしたんじゃない?何も無いでしょう?」
「いや。好きになれそうだ」
「そう・・・」
リリーナは微笑むと、急に立ち上がった。
ヒイロだけでなく、ヒルデとデュオもリリーナに顔を向けた。
リリーナはヒイロに手を差し伸べた。
「私が町を案内するわ」
「お前が?」
「あら、私じゃご不満?」
リリーナはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「いや・・・」
と、ヒイロも微笑むと、リリーナの手に自分の手を重ね、立ち上がった。
「あ、ちょっと、王子、じゃなくてヒイロ、君。勝手な行動は困ります」
慌ててデュオは立ち上がった。
「大丈夫だ。夕刻までには戻る」
「しかし・・・」
「心配するな。1人で行くわけじゃない」
「ですが・・・」
渋るデュオの服の袖をヒルデが引っ張った。
「行かせてあげたら?大丈夫よ。リリーナが一緒だもの。ね?」
「う・・・。わかりました。約束ですよ。必ず夕刻までには戻って来てくださいね」
デュオは渋々承諾した。
「ああ」
「お気を付けていってらっしゃいませ」
デュオは苦笑を浮かべて2人に手を上げた。
ヒルデとデュオに見送られ、2人は歩いて行ってしまった。
「心配しなくても大丈夫よ。リリーナ、しっかりしてるし・・・。デュオってば、意外と心配性なんだね」
「ん?そうかな。ただ、あの方は将来、この国を担う方だから・・・」
「そうだね。・・・でも、そんなに心配ならさ、ゆっくり、私たちも散歩しながら着いて行こうよ。2人の邪魔をしない程度にね」
ヒルデはウィンクし、デュオに手を差し伸べた。
デュオはその手を優しく包むように握ると
「そうだな。じゃ、のんびり行こうか」
「うん」
ヒルデは頬を染め、にっこりと笑った。
 
 
 ヒイロとリリーナは、町中をのんびりと並んで歩いていた。
手は自然と繋がれたまま。
「私、この町が好きなの。この町の人々は、みんなあったかくて、優しい。だからね、この町に不満を持っている人なんて、滅多にいないんじゃないかしら。だから、一度この町を離れても、またみんなここへ戻ってきちゃうのよ。もっとも、この町を好んで出て行く人は少ないけど。私のお母さんもね。生まれも育ちもこの町なんですって」
「では、お前もこの町にずっと・・・?」
「そうね。きっと、この町の誰かと結婚して、子どもを産んで・・・。平凡な人生を送るのかも」
と、リリーナが微笑んだ時、ふいに、ヒイロに抱き寄せられた。
幸い、周りには誰もいなかった。
いや、そんなことは問題ではないのだ。
急なことでリリーナはどうしていいのかわからない。
「あの、ヒイロ君・・・?どうしたの?急に」
ヒイロは何も答えない。
“誰にも取られたくない”
と、ヒイロは感情のままに、リリーナを抱きしめたのだ。
こんな気持ちは初めてだった。
ヒイロはゆっくりと、体を離した。
2人の目が合わさる。
「今の気持ちをどう言えばいいのかわからない」
リリーナは混乱していた。
ヒイロから数歩後づさると、両腕で自分の体を抱いた。
彼の想いに答えたいと思う自分と、あきらめなければと思う自分がいる。
どちらを選ばなければならないかは、わかっていた。
“彼は王子様なのだから・・・”
そう自分に言い聞かせ、ヒイロを見つめた。
「・・・駄目なのは、あなただってわかっているはずだわ。あなたは王子様で私は町の娘。2人は決して結ばれない運命なのよ」
「そんなこと、誰が決めた?」
「誰が決めたわけではないわ。でも、それは誰もが知っている事実。ごめんなさい。もう、私のことは忘れてください。・・・さよなら」
リリーナは駆け出した。
“もう2度と会ってはいけない”
そう、心に近いながら。
ヒイロは立ち尽くした。
そして、手に入らないものもあるのだと、深く痛感したのも事実。
ヒイロは歩き出した。
何も考えず、ただ、足を動かした。
しばらくして
「ヒイロ、君?」
背後から、よく知っている声が聞こえた。
ヒイロは振り返る。
「お前か」
表情を変えずに相手を見据える。
「どうしました?なぜ1人なんです?リリーナという娘はどうしました?」
「何も聞くな。帰るぞ」
「え?もう、よろしいのですか?」
「ああ」
デュオはちらりと後ろのヒルデを振り返る。
ヒルデは微笑むと
「私のことは気にしないで。また、会えるから」
「すまない、本当に」
「いいの、大丈夫。ほら、大事な王子様を待たせちゃ失礼だよ」
「ありがとう」
デュオはヒルデに頭を下げ、ヒイロの側に寄った。
「では、帰りましょうか」
「ああ」
ヒイロは歩き出した。
デュオはもう一度ヒルデに振り返り、軽く手を上げた。
ヒルデは頷いた。
デュオも頷き返し、ヒイロと並んで歩き出した。
2人の背中を見送り、ヒルデは小さくため息をついた。
(ほんと、わがままな王子様だなぁ。本当はもう少し、2人でいたかったんだけどなぁ。ま、それは次回の楽しみにしておこうっと。それより、リリーナ、どうしたのかなぁ。あんなに楽しそうだったのに。黙っていなくなっちゃうなんて。もう家に帰ったのかなぁ。帰りに家に寄ってみようかな)
そして、ヒルデも家路へと歩き出した。
 
 
 ヒルデは、リリーナの家の前に来ると、ドアをノックしようと手を上げた。その時、庭で声がした。
(外にいるんだ)
ヒルデは庭に回り、庭に植えてある花の前にしゃがんでいるリリーナを見つけた。しかし、声をかけようと口を開きかけたところでヒルデは止まった。
リリーナのほかに誰かいるのがわかったからだ。相手はリリーナの幼馴染のジャックだった。
「話ってなに?ジャック」
リリーナはジャックに振り向かずに聞いた。
「今日、お前が知らない男と歩いているのを見たんだ」
「そう・・」
リリーナの口調は変わらない。
「誰なんだ?あいつ。見たことない顔だったけど・・・」
「旅の人よ。この町に来るのは初めてだっていうから、案内していたのよ」
「手を繋いで、か?」
ジャックは皮肉のような口調で言った。
リリーナが初めてジャックに顔を向ける。
「何が言いたいの?ジャック。手を繋いで何がいけないの?」
「何がいけないって・・・。今日会ったばかりなんだろ?そいつ。手が早い奴なんじゃないのか?」
「先に手を差し出したのは私よ」
リリーナは立ち上がった。
「話はそれだけなら、もう帰ってくれる?夕食の支度をしなくちゃいけないの。母が心配するわ」
ジャックはまだ何か言いたそうに口を開きかけたが、あきらめて口を噤んだ。
ジャックがこちらへ歩いて来たので、慌ててヒルデは家路まで走った。
 
 
NEXT
「あとがき」
ヒイロとリリーナの出会い編です。“一目逢ったその日から〜恋の虜になりました〜♪”という感じです。 王子様と町娘の禁断の恋。おお〜。燃えるねぇ。にしても、誤字や変な表現が多くて、読み返していて気が重くなってしまった。さあ、この先はどうなるでしょうか。
 
2004.1.28 希砂羅