「王子様と王女様」
 
第3章 4.ジェフ・フライド
 
 2ヵ月後、リリーナは突然の病で倒れた。
高熱が何日も続き、体力も落ち、リリーナは日に日に衰弱していく。
ついには病の感染を恐れた王様と妃がリリーナを自室に隔離し、今ではヒイロとデュオしかリリーナの部屋を訪れる者はいなかった。
今まで、いろいろな医者がリリーナを診察したが、誰一人、リリーナを治せる者はいなかった。
 
「もう医者はいないのか?」
ヒイロが部屋に入って来たデュオに振り返らずに聞いた。
「あ、今、若い医者が噂を聞いてやって来たところです」
「若い医者か・・・」
「帰しますか?」
「いや、通してくれ」
「かしこまりました」
デュオは部屋を出て行くと、すぐに若い医者をーといっても30歳くらいだがーを連れて部屋へ戻って来た。
「王子、連れて参りました」
「ジェフ・フライドと申します」
医者は頭を下げ、次に頭を上げた途端、ジェフは正面を見つめたまま凍りついたように立ち尽くした。
「義姉・・・上・・・?」
ジェフは正面を見つめたままつぶやいた。
「姉上・・・?」
デュオはジェフの目線を追った。
そこにあるのは、カレリア・クライムの肖像画であった。
「まさか・・・」
デュオはヒイロを見た。
ヒイロはカレリア・クライムの肖像画を見上げた後、立ち上がり、ジェフの前へ歩み寄った。
「お前、カレリア・クライムを知っているのか?」
「い、いえ・・・」
ジェフは慌てて俯いた。
そんなジェフをヒイロはしばらく見つめた後
「まあ、いい。それより、リリーナを診てくれるか?」
「は、はい」
ジェフは頷いて、ヒイロに連いてリリーナのベッドへ近づいた。
そしてまた、ジェフは驚いて思わず鞄を床に落とした。
「義姉上・・・、まさか、そんな・・・」
「やはり、カレリア・クライムを知っているのだな?」
「・・・はい」
ジェフは少し迷った後、観念したように頷いた。
「だが、残念だが彼女はカレリア・クライムではない。俺の妻のリリーナだ。リリーナは・・・カレリア・クライムの娘だ」
「義姉上の・・・娘・・・」
「詳しい話は後だ。とにかく、リリーナを頼む」
「はい」
ジェフは頷くと、リリーナの診察を始めた。
一通りの診察が終わると、ジェフはヒイロに振り返った。
「何かわかったか?」
「恐らく、流行病でしょう。今、町で奥様と似た症状の病が流行っているのです」
「町で・・・?ああ、一度デュオの家に遊びに町へ降りたな。その時に病を拾ったのか・・・」
ヒイロは片手で頭を抱えた。
「治るのか・・・?」
「実は、この病のために開発した新薬があるのです。今日、出来上がったばかりなのですが」
「新薬?それで確実に治るのか?」
「確立は85%・・・。倒れてからの日数が短ければ短いほど、確立は上がります。奥様が倒れられて今日で何日目になられますか?」
「今日で丁度一週間になる」
「一週間・・・。治る確率は高いかと・・・」
「・・・わかった。お前を信じよう」
ヒイロの言葉にジェフは頷くと、鞄から新薬の入った小瓶を取り出した。
「奥様、意識の方は・・・」
「少しはある。・・・リリーナ」
ヒイロはリリーナの背中の下に手を入れ、リリーナの半身を起こした。
「あなた・・・?」
リリーナが薄っすらと目を開く。
「薬だ・・・」
「薬?」
「これで治る。苦しみから解放されるぞ」
「・・・そう・・・。嬉しいわ」
リリーナは力なく微笑んだ。
「これを」
ヒイロはジェフから受け取った薬を口の中に入れ。デュオが持ってきた水を流し込んだ。
コクリッとリリーナは薬を飲み込んだ。
ヒイロはリリーナの体をベッドへ横たえた。
「薬はじきに効いてくると思います」
ヒイロは頷くと、デュオへ振り返った。
「少し外に出る。リリーナを頼めるか?」
「はい、かしこまりました」
ヒイロは頷くと、ジェフを促して部屋を出た。
 
ヒイロはジェフを連れて庭へ出た。
「短刀直入に覗おう。ジェフ・フライド、というの名は本名か?」
ごくり、とジェフは息を飲み込んだ。
「なぜ、そう思われるのですか?」
「カレリア・クライムの肖像画を見て、“姉上”と呼んだだろう?」
ジェフは少し躊躇し、しかしあきらめたのか、コクリと頷いた。
「・・・嘘をついても仕方がありませんね。わかりました、正直にお話しします。私の、本当の名前は、クラリス・クライム。カレリア・クライムの夫、つまりはクライム王の実の弟です。ですから、カレリア・クライムは義理の姉に当たります。関係的には姉ですが。私と彼女は同じ歳です」
「王の弟であるあなたが、なぜ医者を?」
「小さい頃から、医者になることが夢でした。ですが、きっかけがなければ、ただの夢と終わっていたでしょう。そして、こうして生き残ることもなかった・・・」
「・・・そのきっかけというのを、聞いてもよろしいか?」
「ええ・・・。きっかけは・・・義姉上でした。私は・・・義姉上に恋心を抱いていました。兄上が、花嫁として町の娘だった義姉上を両親と私に紹介した時から。一目ぼれでした。でも、所詮は叶わぬ恋。何せ、兄は義姉上を愛していたし、義姉上も心から兄を愛していた。とても打ち明けることなどできませんでした。だから、義姉上への想いを断ち切るために、かつてからの夢であった医者になるための勉強に打ち込もうとしました。本を読むだけでは不十分だったので、黙って町へ降りて、ある医者の元へ弟子入りしました。本名を名乗れば身分が知れてしまうので、その時に考えたのが、ジェフ・フライドという名前でした」
「その偽名を今も使っているというわけか」
「ええ・・・。町に住むようになって16年。もう、私は町の人間も同然です」
「そうか・・・」
「それでは、私はこれで失礼します」
ジェフは頭を下げた。
「城の門まで送ろう。それから、これは治療費だ」
ヒイロは懐から封筒に入れたお金をジェフに渡した。
 
門の前に来たとき、ヒイロが切り出した。
「もし、そなたさえよろしければ、この城の主治医としてそなたを雇いたいのだが・・・」
ヒイロの言葉に、ジェフは首を横に振った。
「それは・・・出来ません。きっと私は、奥様に義姉上を重ねてしまう。それが怖いのです。主治医になることは出来ませんが。また何かあった時はお力になりたいとお思っています」
「そうか・・・。その時はぜひ頼む。あなたは優秀なお医者様だ。あなたがいてくだされば、この国は安泰でしょう」
「そう言っていただけて、心から嬉しく思います。・・・最後に、今、私がお話ししたことは、貴方様だけの胸へしまっておいていただけないでしょうか」
「リリーナには言うな、ということか?」
「はい・・・」
「わかった。約束しよう」
「ありがとうございます」
ジェフは頭を下げると、門をくぐり、町へと帰っていった。
 
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「あとがき」
最初はもう少し続けようかと思いましたが、長くなってしまうので、一端区切らせていただきました。昔って、何か流行り病とかありそうだなーと思って、この話を思いついたのかどうかはもう全然覚えていませんが(まあ、私のことだから、話を思いつく際に深い理由なんてないんでしょう)、リリーナの産みの親である、カレリア・クライムをよく知る人物である、ジェフ・フライドという人物が出てきたことにより、深い話になったな、と思います。次の展開をお楽しみください。
 
2004.2004.2.9 希砂羅