「王子様と王女様」
 
第3章 2.母の肖像(前編)
 
 それから数ヵ月後、リリーナはヒイロに部屋へ呼び出された。
「どうされたんですか?」
「うん・・・」
ヒイロは唸るように頷いて、なかなか話を切り出さない。
「ヒイロ?」
ヒイロは少し迷うような表情を見せ、ようやく口を開いた。
「この前、デュを連れてクレイム王国へ行って来た」
「え・・・?」
「お前の生まれた国だ」
「なぜ・・・?」
「見てみたかったんだ、お前の生まれた国というのを。何か、形見のようなものが残っていないかと思ってな」
「それで、どうされたんですか?」
自然と声が震えるのがわかった。
「城はほぼ崩壊されていたが、所々部屋らしきものが残っていた。それで、ある部屋へ入った時、これを見つけた」
ヒイロは壁に立てかけられた布に包まれた大きな板のようなものを示した。
「何ですか?」
「開けてみろ」
リリーナはその板に近づくと、恐る恐る布を取った。
そこには・・・自分がいた。
正確には、自分の肖像画だ。
「わたくし・・・?」
つぶやいて、リリーナはハッとしてヒイロを見た。
「まさか、この人は・・・」
「カレリア・クライム。お前の本当の母親だ。裏に名前が書いてある」
「・・・・・・」
(この人が・・・わたくしの本当のお母様・・・)
「お前に生き写しだろう?デュオとこれを見つけた時、2人とも咄嗟に声が出なかった」
リリーナの瞳から涙が零れた。
想い出を作る間もなく、別れた母親・・・。
記憶など、あるはずはないのに、懐かしさと愛しさが胸を締めつけた。
涙は止まらず、リリーナの胸を静かに濡らしていた。
「覚えているのか?」
リリーナの涙がようやく治まった時、ヒイロが静かに聞いた。
リリーナはゆっくりと首を振った。
「何も・・・記憶はありません。赤ん坊だった時の記憶など、覚えているわけがありません。それなのに・・胸が締めつけられるように痛いのです」
「そうか・・・。城を出る時、クレイム王国が崩壊するまで大臣を務めていたという老人に会った。その老人から、お前の母親のことを少し聞いた。お前の母親は、立派な人だったそうだ」
ヒイロが肖像画を見つめながら続けた。
「貴族、国民、関係なく優しく手を差し伸べた。誰からも愛される女性だったと。カレリア・クライムがお前を産んだのは、お前がリヒターを産んだ時と同じ歳だったそうだ」
「それでは、無くなったのは17歳の時・・・」
どうりで、どことなく少女の面影が残っている。
「強くて優しい。お前と同じだな。お前は紛れも無く、カレリア・クライムの血を引いている。お前はそれを誇りに思わなくてはならない。これは、老人が最後に零したことだが、カレリア・クライムは、町の娘だったそうだ」
「え・・・?」
「どこまでも似ているな、お前と」
「そうですね・・・」
リリーナは微笑んだ。
「ただし、お前は正真正銘の町の娘ではなかったがな」
ヒイロの言葉に、リリーナは静かに首を振った。
「わたくしは町の娘です。だって、そうでしょう?16年という年月を私は町で過ごしたんですもの」
「そうか・・・。そうだな」
「・・・お母様も、私と同じ想いを抱いたのでしょうか」
リリーナは初めてカレリアのことを“お母様”と呼んだ。
しかも自然に。
リリーナはそれに気付いているのかいないのか。
「愛は、何よりも勝るものだと・・・。愛は、身分を越えられる程、強いものだと・・・」
「ああ・・・」
リリーナはヒイロに振り向いた。
「ヒイロ、あなたにお礼を言わなければ・・・。お母様に会わせてくださってありがとう」
「よかった・・・」
リリーナの言葉を聞いて、ヒイロはホッとしたように微笑んだ。
「本当は、迷ったんだ。この肖像画をお前に見せるべきかどうか。お前が動揺するのは、目に見えていたからな」
「全て、受け止めているつもりでした。自分は、本当は町の娘ではなく、クレイム王国の王女なのだと・・・。でも、どこかでそれを否定したい自分がいたんです。だから、自分の生まれた地や、両親の顔を詳しく知ろうとしなかった。クレイム王国の王女なのだという、その事実だけで、心が一杯だったんです」
「リリーナ・・・」
ヒイロは突然、リリーナを抱きしめた。
「ヒイロ・・・?」
「すまない。俺は、お前の気持ちを理解しているつもりだった・・・」
「急にどうされたんですか?」
「お前は、滅多に心の内を話してはくれないだろう?だから、お前の優しさに甘えていた。お前は強い女なのだと、勝手に納得していた。お前の苦しみを理解してやれていなかった」
「いいえ、ヒイロ。あなたは優しく、私を受け止めてくれる。それだけで、私は十分に幸せです。少し、強引なところもあるけれど、私はそんなあなたも愛しているわ」
「リリーナ・・・」
2人は見つめ合う。
「あなたとなら、どんな運命も乗り越えてゆけるわ、ヒイロ」
「ああ・・・」
2人はゆっくりと唇を近づけた。
その時、ノックをしてデュオが現れた。
「あ・・・」
デュオはすぐに、しまった、という顔をした。
「本当に、間の悪い奴だな」
ヒイロはリリーナから体を離すと、デュオを睨んだ。
「申し訳ございません」
うな垂れるデュオ。
その様子を、くすくすとリリーナはおかしそうに見ていた。
「で、何の用だ、デュオ」
「あ、はい。リヒター様が奥様をお探しになっていたものですから」
デュオが思い出したように言う。
「リヒターが?」
リリーナが笑うのを止めて聞き返す。
「ご本を読んでもらいたいと。約束していたのに・・・と少しすねられておりました」
「そうだったわ。朝、リヒターと約束していたのだったわ。いかなければ・・・。よろしいかしら、ヒイロ」
「ああ。行ってやれ。一度機嫌を損ねるとなかなか言うことを聞かないからな」
「ええ、あなたと同じ」
リリーナはまたくすくすと笑った。
「俺はそんな子どもじゃないぞ」
ヒイロは反発した。
「早く行ってやれ。リヒターが待っているぞ」
「ええ、行きますわ」
リリーナは部屋を出て行った。
デュオはその時になって、肖像画の布が外されているのに気付いた。
「奥様にお見せになられたのですね」
「ん?・・・ああ」
ヒイロは肖像画を見上げた。
「最後まで迷ったがな」
「それで、奥様のご反応はいかがでしたか?」
「初めは自分だと思ったらしい。まあ、こんなに似ていては無理もないが。カレリア・クライムが町の娘だったと聞いて驚いていた」
「そうでしょうね。カレリア・クライムという女性を知れば知るほど、お顔だけでなく、生き方も奥様に重なります」
「ああ・・・」
「よかったですね、王子」
「ああ。よかった」
ヒイロは肖像画を見つめたまま頷いた。
 
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「あとがき」
1のあとがきで、2つの大事なお話が入っていると、書きましたが、今回の話がその1つです。母親そっくりなリリーナ。自分に絵が書けたら、肖像画とリリーナが並ぶ絵が描きたいですねぇ。本当は、今回の話は一つにしてあったんですけど、長いと読むの疲れるかな、と思って分けてみました。
 
2004.2004.2.7 希砂羅