「王子様と王女様」
 
第2章 4.デュオの決意
 
 それから1週間後。
デュオはある決意をして町に降りた。
いつもの道を通り、ヒルデのパン屋も前まで行く。
その道程が、今日はやけに長く感じた。
運のいいことに、今日はヒルデは店に出て、レジ打ちの仕事をいていた。
いつも来ると、彼女はたいてい、奥で父親の手伝いをしていることが多いからだ。
ヒルデがレジを打ち終え、客へパンを渡した後、デュオに気付いた。
ヒルデはデュオに微笑むと、奥へ引っ込み、すぐに出てきてデュオに駆け寄った。
「どうしたの?今日は突然だね。びっくりしちゃった」
ヒルデは嬉しそうな笑顔をデュオに向けた。
デュオの胸が熱くなった。
「大事な・・・話があるんだ」
「大事な話って・・・?」
ヒルデは無邪気に首を傾げた・
「少し、店を出られるかな」
「うん、今ね、お父さんとお母さんに早めの休憩をお願いしてきたところなの。だから、大丈夫だよ」
「そっか・・・」
「どうしたの?真剣な顔をしちゃって。何かあったの?」
「いや、そうじゃなくて・・・」
いつもと明らかに様子の違うデュオにヒルデはまたもや首を傾げた。
「もう、どうしたのよ〜」
ヒルデはすねたようにデュオを見た。
「いや、その・・・」
(ああ、違う!しっかりしろ!)
デュオは自分を心で叱り付けると、顔を引き締めた。
「とにかく、来てくれ!」
強引にヒルデの腕を引っ張った。
「どうしたの!?デュオ!」
デュオに引っ張られるまま、前にリリーナ達と一緒に来た野原までやって来た。
そこでようやく、デュオが足を止めた。
「デュオ、大事な話って・・・何?」
デュオはヒルデに向き直ると、一つ深呼吸をした。
「ヒルデ。俺と・・・一緒に暮らさないか?」
「一緒に暮らすって・・・。え?」
ヒルデはぽかんとデュオを見つめた。
デュオは照れたようの微笑むと
「プロポーズだよ」
「プロポーズ・・・。嘘・・・じゃない?本当に?冗談じゃなくて?」
「冗談でプロポーズする奴なんて、そうそういないと思うけど?」
「うん・・・」
ヒルデは目に涙をいっぱい浮かべて微笑んだ。
デュオはヒルデを優しく抱きしめると、優しく耳元で囁いた。
「愛してるよ」
 
 
 
「そうか。結婚するのか」
後日、デュオは王室を訪れ、王と妃に結婚の報告をした。
「はい」
「おめでとう、デュオ」
妃が優雅に、優しく微笑んだ。
「10年もの間、そなたは王子の教育係りとして立派に勤めを果たしてくれました。王もわたくしも、そなたにはとても感謝しているのですよ。自分の勤め上げた仕事に誇りを持ちなさい」
「はい。ありがとうございます」
「城を出て行くつもりか?」
王が尋ねた。
「はい、そのつもりです」
「そうか・・・。この話を王子は知っているのか?」
「いえ、これからお話しするつもりです」
「そうか・・・」
王はそれだけ言うと、妃を促し、奥へ引っ込んだ。
 
「王子、大事なお話があります」
デュオは食事を終え、部屋に戻ったヒイロの元を久々に訪れた。
「何だ」
「結婚することになりましたので、そのご報告をと思いまして」
窓から外を眺めていたヒイロはデュオに振り返った。
「結婚?お前がか?」
「はい」
「相手は?」
「王子も一度彼女の会っていますよ」
ヒイロはすぐにピンときた。
「あの町のパン屋の娘か?」
「はい。ヒルデという娘です」
そうか、と頷き、ヒイロはハッと気付いたようにデュオを見た。
「結婚するということは、つまり、この城を出て行くということか?」
「はい。王子がリリーナ様と結婚されて、わたくしの、教育係りという勤めは終わりました」
「だが・・・」
「王子、これからは、リリーナ様があなた様を支えてくださいます」
「・・・・・・」
ヒイロは何も言わなかった。
繋ぎ止める理由がなかった。
「失礼します」
デュオは頭を下げ、部屋を出た。
ドアを閉めた時、リリーナがいるのに気付いた。
「リリーナ様・・・」
リリーナは心配そうな顔でデュオを見ていた。
「ごめんなさい。あなたが王子様のお部屋へ入るのを見かけたものですから、つい気になってしまって・・・」
「今、王子に結婚のご報告をしてきたところです」
「そうですか・・・。それで、王子様は・・・」
デュオは首を横に振った。
「何も・・・」
少し淋しそうだった。
「そうですか・・・」
リリーナはヒイロの部屋のドアを見つめた。
「わたくしはこれで失礼します」
デュオはリリーナに頭を下げて、歩いて行ってしまった。
「デュオさん・・・。あなたも、お辛いでしょうね・・・」
去っていくデュオの背中にそうつぶやくと、リリーナはヒイロの部屋のドアをノックした。
「リリーナです。入ってもよろしいですか?」
小さく返事があり、リリーナはドアを開けて部屋に入った。
ヒイロはソファに腰を掛けていた。
「どうした?」
ヒイロの声には力が無かった。
「元気がございませんわね」
リリーナはヒイロの隣に腰を下ろした。
「いや・・・」
「今、デュオさんがここから出て行くのを見かけました」
「・・・ああ」
「・・・・・・」
リリーナはヒイロが自ら話し出すのを待った。
しばらくして、ヒイロは重い口を開いた。
「結婚するそうだ。あの、町のパン屋の娘と」
「ヒルデとですか?」
「ああ・・・」
「そうですか。・・・それで、ヒイロはデュオさんにおめでとうと言って差し上げたのですか?」
「いや、言えなかった・・・」
「なぜ、言えなかったのですか?」
「わからない・・・」
ヒイロは項垂れた。
「お淋しいのでしょう・・・」
「淋しい?」
ヒイロはリリーナに顔を向けた。
「素直になれませんか?」
「何のことだ」
ヒイロは俯いた。
「デュオさんが結婚されるということは、つまり、ここを出て行かれるということでしょう?いつも、当たり前のように側にいてくれた人が急にいなくなってしまう、それはとても、辛いことです。その感情を、人は淋しいと呼ぶのです。今、あなたの胸の中を渦巻いているのは、きっと、淋しいという感情のはずです。違いますか?」
「・・・淋しい」
ヒイロはぽつりと呟いた。
リリーナは優しく微笑むと、ヒイロの体を自分の胸に引き寄せ、抱きしめた。
「わたくしがいます。これからはわたくしが、あなたを支えます。だからどうか、もうそんな顔をなさらないで」
「リリーナ・・・。ありがとう」
素直な感情がヒイロの口から出た。
「ヒイロ・・・」
リリーナはさらに強く、ヒイロを抱きしめた。
ヒイロは目を閉じた。
「暖かいな、お前の腕の中は・・・」
ヒイロはリリーナに抱かれながら、今なら素直になれると思った。
「・・・俺にとってあいつは、デュオは、何でもわがままの言える、兄のような存在だった・・・」
ヒイロがぽつりと言った。
リリーナはヒイロの髪を優しく撫でた。
「ここを出て行くデュオさんのお顔、とてもお淋しそうでした」
「デュオが?」
ヒイロは顔を上げた。
「デュオさんも、あなたと同じ気持ちなのですよ。デュオさんはきっと、あなたがおめでとうと祝福してくれることを望んでいるのだと思います。ヒイロ、そんなデュオさんのお気持ちを一番理解してさしあげられるのは、10年間、いつもお側にいらしたあなたでしょう?」
「そう・・・だな」
ヒイロはリリーナから体を離した。
「あいつの望んでいることを、してやらねばな」
「はい」
「リリーナ、ありがとう。俺に、素直になる勇気を与えてくれた」
「あなたのお力になれて、わたくしは幸せです」
リリーナは微笑んだ。
そんなリリーナを、ヒイロは愛しそうに優しく抱きしめた。
 
 
夕食の後、ヒイロはデュオを部屋に呼んだ。
「どうされました?」
「昼間、言い忘れたことがある」
「何でしょう」
ヒイロは一瞬、天井を見つめると、デュオを真っ直ぐに見た。
「結婚おめでとう」
「王子・・・」
デュオは驚いた様にヒイロを見つめた。
ヒイロは照れを隠すように、デュオから目を反らすと
「淋しかったんだ・・・」
ぽつりと零した。
「え?」
「いつも、当たり前の様に一緒にいたお前が、城を出て行くと聞いて、淋しかったんだ」
デュオはヒイロへ優しく微笑んだ。
「王子、わたくしはあなた様の素直なお気持ちを聞けて、幸せです。これで心残りなく、城を出ていくころが出来ます。10年という長い間、あなたと共に過ごせたことを、わたくしはとても誇りに思います」
「ヒルデという娘、大事にしてやれ」
「はい」
デュオの頬が緩む。
「お前、相当あの娘に惚れているな」
「はい」
デュオは頬を緩めたまま、素直に頷いた。
 
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「あとがき」
デュオ×ヒルデでここまで引っ張ってしまった・・・。まあ、幸せならいいのよ。デュオの場合、くさいセリフも何か似合うからいいですよね。聞くと「うわっ」て思うけど、デュオだから、「まあ、デュオだからねぇ」と納得できる。ヒイロが言ったら、たぶん、思考が止まりそうです。ピシッと。デュオ、いい奴だ・・・。
 
2004.2.4 希砂羅