「王子様と王女様」
 
第2章 2.幼馴染
 
 
それから1週間は、何事も無く幸せな日々が過ぎた。
リリーナも、城での生活にだいぶ慣れ、王子と時々庭を散歩したりと、のんびりと過ごしていた。
この日も、リリーナはヒイロと庭へ行くところだった。
が、突然、リリーナはデュオに呼ばれた。
仕方なく、ヒイロを先に庭へ行かせ、リリーナはデュオについて城の門をくぐった。
そこで、リリーナは立ち止まった。
目の前に、よく知った青年が立っていた。
リリーナは何かを問うようにデュオを見つめた。
「城の前をうろうろしていたので、わたくしが声を掛けたんです。そしたら、彼があなた様のお名前を呼んだので・・・」
「そうですか・・・。デュオさん、彼と2人でお話をしたいのですが、構いませんか」
リリーナは青年に顔を向けたままデュオに尋ねた。
「ええ、よろしいですよ。ですが、念のため、私は遠くでお2人の様子を拝見させていただきますが」
そう言い残し、デュオは門をくぐり、城の中へ戻っていった。
「ジャック・・・」
青年と2人きりになると、リリーナは青年の名前を呼んだ。
そう、目の前にいる青年は、リリーナの幼馴染であるジャック・フレーバーであった。
「リリーナ・・・」
ジャックは複雑な表情で目の前のリリーナを見つめた。
「本当・・・だったんだな。この国の王子と結婚したって・・・。ヒルデから聞いたんだ。お前から手紙が来たって」
「・・・そう」
「初めは信じなかった。だって、そうだろ?町で育ったお前とこの国の王子が、どうして結婚できる?奇跡が起きない限り、そんなことはありえないって。なのに・・・。何で・・・俺には何も言ってくれなかったんだ?・・・言えなかった・・・か?」
リリーナは何も言えず、ジャックから顔を反らし、ドレスの裾をぎゅっと握り締めた。
「悔しかったよ、お前を他の男に取られたと思った時は。でも、まさか相手が王子だなんて予想もしなかった。相手が王子じゃ、適うわけねぇよな」
ジャックは淋しそうに笑った。
「ごめんなさい」
「何で謝る?俺に負い目を感じているのか?」
「・・・あなたに最後まで言えずじまいだったから・・・」
2人の間に沈黙が落ちる。
「・・・ここでの生活は幸せか?」
沈黙を破るように、ふいにジャックが口を開いた。
「ええ」
リリーナはジャックへ顔を向けると、切なく微笑んだ。
「そっか・・・。なら、よかった。お前が幸せなら・・・。お前の幸せは、俺の幸せだから・・・」
「ジャック・・・」
ジャックは微笑むと、リリーナは自分の胸に引き寄せた。
「ジャック・・・!」
ジャックはリリーナを強く抱きしめた。
「愛してた・・・」
「ジャック・・・」
「ずっと・・・愛してた・・・お前だけを・・・ずっと」
ジャックはリリーナから体を離した。
「さよなら」
そう呟くと、ジャックは体を離し、リリーナに背を向けると、最後まで振り返らずに歩き続けた。
その背中は泣いていた。
「ジャック・・・。ごめんなさい・・・」
リリーナの瞳から涙が零れた。
「リリーナ様」
すかさずデュオが近づいて来て、リリーナにハンカチを差し出した。
「あなた様も、彼を愛していたのでは?」
デュオの言葉に、リリーナは驚いた顔でデュオを見つめた。
だが、力なく微笑むと、ジャックが去って行った方向を見つめた。
「・・・彼とわたくしは、赤ん坊の時から家が隣同士で、兄妹のように育ちました。確かに、わたくしも彼を愛しています。でも、それはわたくしが王子様へ向ける気持ちとは、あなたが思っているような“恋愛感情”とは違うものです。家族愛と・・・呼べばよいのでしょうか・・・」
リリーナはデュオへ顔を向けると
「わたくし、今、とても残酷なことを言っていますよね」
そう言うリリーナの顔は、とても傷ついて見え、デュオを動揺させた。
「いえ、そんなことは・・・。申し訳ございません、わたくしの勝手な誤解です。過ぎた言動をお許しください」
デュオはリリーナに頭を下げた。
「いいえ。頭を上げてください。あなたが謝るようなことは何もないのです」
デュオは顔を上げた。
「お優しいですね、リリーナ様は。あなたのお心の広さに感謝いたします。さあ、もう王子の所へお戻りください。王子が待ちくたびれていますよ」
「ええ」
リリーナは頷くと、庭のある方向へ歩いて行った。
その背中を見送りながら、デュオは複雑な気持ちだった。
(また、傷つけてしまった・・・。なぜ、私は彼女を傷つけてしまう言動ばかりをしてしまうのだろう)
 
 
 リリーナが庭へ戻ると、ヒイロは庭へ降りる階段に腰を下ろしていた。
リリーナもヒイロの隣へ腰を下ろす。
「遅くなってごめんなさい」
「・・・ああ」
ヒイロの口調は少し不機嫌だった。
「怒っていらっしゃるのですか?」
「怒っていない・・・」
というヒイロの横顔は、やっぱり怒っている。
「怒っていらっしゃいますわ。わたくしに何かお聞きになりたいのでしょう?お顔にそう書いてございますわ」
「・・・・・・」
ヒイロは観念したように一つ息をつくと、すねたような顔でリリーナを見た。
「・・・あの男は誰だ?」
「見ていらっしゃったんですか」
「・・・気になって、お前とデュオの後をつけた」
「そうだったんですか・・・。彼は、ジャック・フレーバーといって、わたくしの幼馴染なんです」
「幼馴染・・・とは?」
「彼とわたくしは家が隣同士で、兄妹のように育ちました。・・・いつも一緒にいたわたくしが彼に黙って結婚してしまったので、怒りに来たんです」
「では、何故あいつはお前を抱きしめた?」
「彼が・・・わたくしを許してくれたからです。仲直りの印、ですわ」
「そうか・・・」
ヒイロはそれで納得したらしい。
「わたくしの愛を疑っていらっしゃったのですか?」
リリーナにそう聞かれ、ヒイロは答えに窮した。
リリーナはヒイロの手に自分の手を重ねた。
「信じてください。わたくしが、心から愛しているのは、あなたなのだということを・・・。あなたが信じてくださらなければ、わたくしは不安で怖いのです。今も、こうしてあなたの隣にいることさえ、夢のように思えてしまうのです」
「すまない・・・。お前を疑ったわけではない。ただ、腹が立っただけだ・・・」
「ヒイロ・・・。もういいのですわ。あなたがわたくしのことをどれだけ想ってくださっているのか、十分に伝わりました」
「リリーナ・・・」
「ヒイロ・・・」
2人の瞳が重なり、唇がゆっくりと重なる。
その様子を、デュオがこっそりと覗いていた。
(王子はすっかりリリーナ様の尻に敷かれていますね。あのわがまま王子を手玉にとるとは、リリーナ様、なかなかやりますね)
デュオは一人で勝手に納得していた。
 
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「あとがき」
リリーナの幼馴染であるジャックが再び登場。彼は本当にリリーナのことを「幼馴染」ではなく、「一人の少女」として愛していたんですね。まぁ、よくある話です。特に男女の「幼馴染」は。と、勝手に思ってみたりして。「友達以上家族未満」的な感覚なんでしょうか。想像でしかありませんが。 最後は結局、ヒイロとリリーナのラブラブで終わらせてしまいました。
 
2004.2.2 希砂羅