「素直な幸せ」
目の前に転がる幸せを素直に受け入れる自信は、
いつになったら身に付くのだろうか。
と、悩んだりする。
普通なようで普通でない人間。
視線を投げる先に佇む人物。
彼女は無邪気に笑い、足元でじゃれる仔犬と遊んでいる。
ここは海岸。
彼女と初めて出会った・・・。
彼女を「ターゲット」と認識した場所。
それはもう、過去となったが・・・。
そんなことを、ぼんやりと思ったりする。
「ヒイロ!」
名前を呼ばれ、呼ばれた方向へ顔を向けると、彼女が笑顔で手を振っている。
さすがに手を振り返す度胸を俺が身につけている訳もなく、
黙って彼女がいる場所へ歩いていく。
「仔犬はどうした」
見ると、彼女の足元でじゃれていた仔犬の姿は消えていた。
「本当のご主人の元へ帰ったわ」
「そうか・・・」
「そんなしかめ面で何を考えていたの?」
風に揺れる髪を手で押さえながら彼女が聞いた。
「別に・・・」
「別に・・・ね。そうは感じられなかったけど」
「・・・・・・」
「わたくしには話せないこと?」
「いや・・・」
「だったら教えてくださらない?」
「・・・どうしたら、いいのか、わからない」
迷った末に出たのは、そんな言葉。
「え?」
当然、彼女は、何を?という顔で俺を見つめ返す。
その目を受け止めることが出来なくて、俯く。
「お前は、幸せか?」
「・・・ええ」
「だったら教えてくれ。俺は今、幸せか」
「・・・たぶん、ね」
曖昧な答えをくれた彼女を、顔を上げて見る。
どんな表情で彼女は答えたのかと。
それを知りたくて。
けれど、彼女は俯き、その表情を隠してしまっていた。
「生きている・・・。命がある・・・。それが、幸せだと思ってはいけない?
それは、あなたにとっての幸せにはならない?わたくしには、十分な幸せだと思います。あなたは違うの?」
泣かしてしまったか・・・と、後悔した。
泣かすつもりはなかった。
それはただの言い訳かもしれないが。
「わたくしは、命ある今を、幸せと思いたいのです。
あなたとこうして並んで、対等でいられる今を、幸せと・・・。
わたくしだって、思い悩むことはあるわ。
その幸せを自分で消し去ろうとしたことも、過去に何度もありました。
・・・だけど、あなたがいた。
戦いを一緒に乗り越えてくれた、あなたがいた。
だからわたくしは・・・、こうして生きていられる。幸せでいられるの」
「リリーナ・・・」
「悩まないで、なんて言わない。わたくしは、あなたにそんなことを言えるほど、
強くはないし、偉くもないから。
だけど、今ある幸せを、あなたにも素直に感じてほしいとは思っています」
彼女がようやく顔を上げる。
真っ直ぐとその視線を俺へ向ける。
「わがままね、わたくし」
彼女が薄く笑う。
「いや・・・。お前の言うとおりかもしれない。お前の言うように、
今、こうして生きている今を幸せと思えるよう、努力する」
俺の言葉に、彼女は微笑んで横に首を振る。
「努力なんてしないで。自然とそう思える時が、きっと来るから・・・。
それまで、ゆっくりと歩いていきましょう」
彼女が手を差し伸べる。
その手に、自分の手を重ねた。
幸せに、平等も不平等もない。
幸せに、大きいも小さいもない。
大切なのは、その心。
そう気付かせてくれたのは・・・やっぱり彼女だった。
FIn
「あとがき」
今回は「さ行」の「す」です。
最初は「素敵」という言葉を使って書こうかなと思ったんですが、
あんまり深く考えずにとりあえず書いていったら、「素敵」という言葉を使う場面が出てこず、こうなりました。
最後、何とか逃げるような形で終わらせてしまいました。
さて、次回は「せ」です。おっと、ますます難しいねぇ。
2004.11.15希砂羅