「秘密のお茶会」(前編)

久しぶりのオフ。
どう過ごそうか悩んでいたリリーナだったが、突然、ドロシーに呼び出された。
何事かと駆けつけたリリーナだったが、神妙な顔で出迎えたドロシーを見て、リリーナは少しばかり緊張した。
何が、彼女にあったのだろうか?

「突然、呼び出すなんて、何か、緊急なことでもあったのですか?」
「どうぞ、リリーナ様。お座りになって。紅茶でも飲みながら、ゆっくりとお話いたしましょう?ご都合はよろしいかしら?」
「ええ。あいにく、このオフをどう過ごそうか悩んでいたところです」
「そう・・・。それなら、良かったですわ。今、紅茶を用意させますわね」
ドロシーがテーブルに置かれたベルを鳴らすと、ドアから執事が顔を出す。
「紅茶をお願い」
「かしこまりました」
執事は引っ込むと、すぐに紅茶のセットの乗ったワゴンを押して部屋に入ってきた。
「ローズティでございます」
リリーナの前に、香り高いローズティを注いだカップが置かれる。
「いい香りね」
「ええ。最近のわたくしのお気に入りですの」
「そうなの」
「後は、わたくしがやるわ」
執事がドロシーの前にカップを置くと、ドロシーは執事に言った。
まるで、今から二人だけの秘密の相談でもするみたいだ。
「では、ごゆっくりと」
執事は二人に丁寧に会釈すると、部屋を出て行く。
「誰にも、聞かれたくないお話でもなさるの?」
リリーナはカップを両手で包むように持つと、小首を傾げた。
「女同士の、秘密のお話ですわ」
「女同士の?」
「リリーナ様」
改まって、ドロシーがリリーナの名前を呼ぶ。
「何かしら」
リリーナは思わず緊張し、背筋を伸ばした・
「彼に、ヒイロ・ユイに初めて抱かれた時のことを、憶えていて?」
「え?」
リリーナは予期せぬ質問に、危うくカップを落としそうになる。
「そんなことを聞くために、わたくしを呼び出したのですか?」
「怒らないでくださいな。いじわるで言ったわけではないわ。ただ純粋に、聞きたかったのです」
「どういう、ことかしら?」
「想いを寄せる相手と、初めて肌を合わせる瞬間とは、どんなものなのかと・・・」
「ドロシー・・・。あなた・・・」
「お笑いになってもよろしいわ。・・・意外、でしたかしら?」
「いえ。そういう意味で驚いたわけでは・・・。ただ、素のあなたを、初めて感じた気がして」
ドロシーは、恥じるように微かに顔を赤らめたが、すぐに誤魔化すように、いつもの皮肉な笑みを浮かべる。
「聞かせてくださいな、リリーナ様。ヒイロ・ユイに初めて抱かれた時のことを」
「そうね・・・。恥ずかしいけれど、こういう話を出来る相手を、わたくしも探していたのかもしれないわ」
リリーナもほのかに顔を赤らめ、微笑んだ。
そして、リリーナは語り始めた。
忘れることなどできない、あの夜のことを・・・。


あの日は、わたくしの18歳の誕生日。
毎年恒例となった、ドーリアン邸でのバースディ・パーティ。
今年も例により、日ごろお世話になっている大臣や友人を招き、パーティは開かれた。
無論、厳重な警備のもと。
彼も、警備の一人として、目立たぬように気配を消し、側で見守っていてくれていた。
着飾ったわたくしには何も言わず・・・。
ただ静かに仕事を全うする彼。
少し寂しくはあったが、彼との仲を公にしていないが故、仕方ないのかもしれない。
滞りなく、パーティはひと段落した。
何事もなく終了できたことに、誰もいなくなったフロアを見渡し、ほっと胸を撫で下ろす。
っと、思い出したように、彼を探す。
彼はフロアやテラスを見回り、不審なものや不審者がいないか調べている最中のようだった。
それが一通り終了すると、彼は思い出したようにわたくしを見た。
何も言わずに見つめる彼に、どきっとした。
「何も、異常はありませんでしたか?」
「ああ・・・。今、調べたところでは、何も異常は無かった」
「そうですか・・・。良かったです。今年も無事に、誕生日を迎えられました。どうも、ありがとう」
彼にお辞儀をする。
「ヒイロ。パーティも無事に終了できたことだし、あなたも、もうお仕事を終えてはいかがですか?」
「まだ、終わりじゃない」
「でも・・・」
「お前が無事に眠りにつくまでは、俺の仕事は終わりとは言えない」
「わたくしに、もう休めとおっしゃるの?」
「パーティは終わったんだろう?」
「まだ、終わりではありませんわ」
「どういう意味だ。客は帰ったはずだが?」
「あなたが、まだいます。あなたにまだ、お祝いの言葉をいただいていないわ」
「俺も客の一人だったのか?」
「特別なお客様です。どうぞ?わたくしの部屋へ」
「お前の部屋?」
「あなたと二人きりで、お祝いをしたかったのです」
「リリーナ・・・」
「ご招待を受けてくださるかしら?」
わたくしは、傍らに忍ばせていたカードを彼の前に差し出す。
「今度は、破らないでくださいね」
そう、いたずらっぽく笑みを浮かべて。


「リリーナ様ったら、策略家でいらっしゃるのね。わたくしたちが帰った後、そんなやり取りがあったんなんて、想像もできませんでしたわ。それで?どうなったのです?」
「それから・・・」
リリーナは思いを馳せるように遠くを見つめ、頬を淡く染めた。


リリーナの部屋。
ケーキもご馳走も無い。
ただ、あるのは互いの存在だけ。

「こうして二人だけで向き合うのは、どれくらいぶりでしょうか?」
そう言ったわたくしの腕を引き、彼は黙ったまま、その胸にわたくしを引き寄せた。
「ヒイロ・・・」
鼓動が速まる。
起こるかもしれないこの先の展開への緊張に、身体が固まる。
彼はわたくしの耳元に唇を寄せると
「シャワーを浴びて来い。他の男の匂いのついた女は抱きたくない」
「・・・え?」
驚いて顔を上げると
「お前の一番近くにいた男。あの男のきつい香水の匂いが染み付いてる」
わたくしは彼から身体を離し、自分の身体や髪に鼻を近づける。
なるほど・・・。
本当だ。あの大臣の香水の香りが染み付いてしまっている。
「すぐ、シャワーを浴びてきます」
身を翻し、ドアの方へ身体を向ける。
その途中で振り返る。
「その間に、黙って帰らないでくださいね」
そう、彼に念を押す。
彼は苦笑を漏らすと、ああ、と小さく頷いた。
それを確認し、ドアを開けた。

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