「涙のいろ〜彼女のわがまま・彼のわがまま〜」



気持ちを持て余す。
言いたくても言えない気持ち。
彼が・・・言わせてくれないから。
それを言い訳にして、また逃げる。
いつから、自分はこんなにも臆病になったのだろう。
大切な人を失う悲しさ。
それを味わってしまったから・・・?
溢れる想いは、胸をいっぱいに覆うけど、それらを外に吐き出す勇気は、まだ持てない。


視線の先に、彼の姿。
最近は、すれ違ってばかりでほとんど顔を合わすことが出来なかった。
見つめているだけで、胸は高鳴る。
駆け寄って、彼の姿を瞳いっぱいに映したい。
それが本音。
けれど、今の私はスーツ姿。
この格好では、素の自分は出せない。
「ドーリアン外務次官」を装ってしまう。
だから、遠くから彼の姿を瞳に納め、そのまま歩を進めた。
彼がいる場所とは、反対方向へと。


この前、彼と話をしたのはいつだったかしら。
過ぎたカレンダーを見返し、記憶を辿る。
最近ではないことは確かだ。

しかし、彼と顔を合わしたら、何を話せばいいだろう。


 次の仕事までには少しだけ時間がある。
だから、屋上へと足を伸ばした。
空を見るのが好き。
屋上へ上ると、空を近くに感じられるから。
一人でこんな所へ来ては危険だと、後でお叱りを受けるかもしれないわ。
そんなことを思いながら、柵に手を掛け、空を見上げる。
その時、誰かの近づく足音。
秘書の方かしら。
そっと顔を振り向かせる。
え?
心臓が止まりそうな程、驚いた。
・・・・・・彼だった。
「・・・少し、時間が出来た」
そう言って、彼は私の隣に並んだ。
「空が近いな」
彼が私と同じように空を見上げる。
「ええ・・・」

ほらね、やっぱり、いざ会うと、何を話せばいいのか分からない。
どうしたらいいのかしら。
相槌を打つことしか出来ない。


「ヒイロ・・・」
「何だ」
「・・・・・・」
「・・・リリーナ?」
「何でもないの」
「変な奴だな。・・・疲れているのか」
彼の手が、私の頬に触れ、額に触れた。
「熱は無いみたいだな」
「ええ・・・」
頷いた拍子に涙が零れた。
「・・・嫌だ、どうしたのかしら、わたくし。変ね・・・。悲しいわけではないのに。どうして、涙が零れるのかしら」
彼は何も言わず、涙を隠そうと俯く私を見つめている。
額へと置かれた手も、今は離れて。
「・・・悪かった」
「え?」
「・・・泣かせた」
彼の言葉に顔を上げる。
「ヒイロ・・・。違うのよ、これは・・・。悲しいからではない・・・と思うわ。たぶん・・・だけど。自分でもなぜ泣いているのか、わからないけど。ただ、たぶんね、不意打ちをくらって、驚いたのよ。びっくりしたの。何の心の準備も出来ていないのに、あなたが現れたから。何も言えなくて」
「・・・・・・」
「悔しいわ。あなたの前では笑顔でいたかったのに」
「・・・自分を偽るのは、お前らしくない。俺は、お前にとってどんな存在になれるかはわからないが・・・ただ、俺の前では素の、何も飾らないお前でいてほしいと思う・・・。俺のわがままだな」
「いいえ。そう思ってくださるのが、あなたが自分の気持ちを素直に打ち明けてくれたことが嬉しいわ。出会った頃には、無かったことよ?」
「・・・そうだな」
「わたくしもあなたも、少しずつ変わったわね。わたくしは、自分の気持ちを偽るのが癖になってしまったわ。そんな自分が・・・とても嫌。あなたの前では、素直な自分でいたかったのに」
「・・・お前は変わらない」
「本当に?」
「ああ」
「嬉しいわ」
「リリーナ・・・」
「ねぇ、ヒイロ。今のあなただったら、今からわたくしが言うこと、素直に聞いてくださる?返事は保留でもいいわ。ただ、言わせてほしいの」
「何だ」
「・・・わたくしは、あなたが好きよ、ヒイロ」
「・・・リリーナ」
彼は数秒固まっていた。
やがて、彼はため息をついた。
「・・・参った。心の準備がなかった」
「・・・ずーっと、言いたかったの。すごくすごく、言いたかったのよ」
「そう・・・か・・・」
彼はまだ戸惑っているようだった。
そんな彼を見て、申し訳なくなった。
言わなければよかったかしら。
このまま気まずくなるのなら。
そう、少し後悔始めた頃、彼の手が、私の頭に置かれる。
えっ?と思って顔を上げた数秒後。
彼の唇が私の唇へと重ねられていた。


・・・翌日。
“ドーリアン外務次官に恋人発覚”の記事が載ったのは言うまでも無い。


Fin


「あとがき」
最初の4行しか書けていないまま、数ヶ月放置しっぱなしで、今回、何とか続きを書けました。
どう展開したらいいのか、どういう内容を書きたいのか、とか全然決めずに書いていくので、これでいいのか?これで終わっていいのか?と疑問に思いつつ、毎回書いています。
まあ、大体の私の話のパターンは一緒なので、先が読めちゃうよね、と感じたりしておりますが、いかがでしょうか。
ああ、またか、という感じなのでしょうか。
全然成長できなくて、すみません。

2004.5.6 希砂羅