「探し物〜6月の花嫁〜」
番外〜HEERO‘S MISSION〜

♯MISSION 1


 彼女の手を見つめる。
パーティなどで着飾る時意外、彼女は装飾品と呼ばれる物をほとんど身につけない。
着けたとしても、シンプルなピアスを着ける程度。
まして、指輪を嵌めているのは見たことが無い。
最近では、独身女性でも、ファッションとして指輪を見につけるケースも多々見かけるが、彼女は例外のようだ。
だからこそ、困った。
しかし、彼女に聞けるわけが無い。
・・・指輪のサイズなど。


勘しかない。
ウィンドーに並ぶ数々の指輪を見つめる。
デザインはシンプルがいい。
彼女の細い指には派手な指輪は似合わない。
よし、デザインは決まった。
問題は、サイズだ。
勘で、いくか。
意を決して、顔を上げると、定員の作り笑顔があった。
「お決まりですか?」
随分長い間、考え込んでいたらしい。
店に入った時は数人、客がいたのだが、今は、俺一人。
外を見ると、日が傾きかけていた。
よく見ると、目の前にいた定員も変わっていた。
「これをくれ」
一つの指輪を指差す。
「こちらですか?サイズは・・・」
「これでいい」
「同じデザインの男性用サイズの物もございますが」
「今の時代は男も指輪をするのか」
「いえ、こちらの指輪はエンゲージ・リングとなっておりますので」
「エンゲージ・リング?」
「はぁ。例えば、恋人同士や結婚を約束された方同士がお揃いで身につけるものでして、結婚指輪と呼ばれることもございますが」
「・・・・・・」
「嵌めてみますか?」
「・・・ああ」
「では、ご用意いたします」
定員が同じデザインでサイズの違い物を数点取り出す。
「お手を、よろしいですか?」
「ああ」
右手を出す。
「左手をお願いします」
「・・・・・・」
左手を定員に預ける。
「お客様ですと、こちらのサイズでよろしいかと」
「そうか」
「あの、お相手様もぜひ、一緒にお連れください。きちんと、指輪のサイズを測った方がよろしいかと思いますが」
「いや、いい。ただ、もし、サイズが合わなかった時、交換はできるか?金は払う」
「はぁ。確かに、サイズが合わなかった際、交換はできますが」
「それならいい。いくらだ?」
「はぁ・・・」
定員は少し呆れ顔だったが、気にせずにお金を払う。
丁寧に箱に収められ、包装された指輪をポケットに無造作に仕舞うと、店を出た。
ミッション1、終了。


♯MISSION 2

指輪の購入は成功した。
次は、どうやってこれを彼女に渡すかだ。
彼女の誕生日はとうに過ぎてしまっている。
それに、誕生日には別のものを贈ったので、遅れた誕生日プレゼント、などというのは通じない。
何と、理由をつけようか。
それが問題だ。

指輪の購入から1週間後。
少し風邪ぎみだった彼女が、ついに熱を出して倒れてしまった。
やせ我慢が過ぎたのだ。
あれほど、休めと強く言ったのだが、俺が別の仕事で側にいない時を見計らって無理をしたらしい。
本当に、無茶をする。
確かに、彼女の代わりはいない。
補佐の役割は出来ても、彼女に成り代わって仕事をすることは出来ない。
それが、難点だ。

午前中で仕事を片付け、彼女の見舞いに出かけた。
彼女はベッドの上で、赤い顔をして薄っすらと汗をかいていた。
熱がなかなか下がらないとパーガンが言っていた。
「来て下さったの・・・、ヒイロ」
「ああ」
「まだ、怒っています?あなたに黙って無理をしたこと」
「・・・一応な」
「ごめんなさい。ただ、途中で仕事を投げ出すのは嫌だったんです」
「お前の気持ちは分かる。そういったお前の性格も十分に知っているつもりだ。だが、倒れては元もこうもない。まして、熱があったんだからな」
「はい・・・」
一応、彼女なりに反省しているらしいので、これ以上彼女を責めるのはやめた。
部屋にあった椅子をベッドの側に置き、腰を下ろす。
「お前が休んでいる間はカトルが代理を務める。復帰したら、きちんと礼を言っておけ」
「はい・・・」
「熱がまだ下がらないのだろう?タオルくらい変えてやる」
彼女の額の上で、熱を吸い、すっかりぬるくなったタオルを水で浸し、よく絞ってから再び彼女の額に置く。
「ありがとう」
「後は、仕事のことを忘れてゆっくり寝ていろ」
「・・・ヒイロ」
腰を上げかけ、彼女のすがるような瞳にぶつかり、再び腰を下ろす。
「何だ」
「もう少し、側にいていただいてもよろしいですか?部屋で一人きりでいるのは寂しくて・・・」
そう言って、彼女が瞳に薄っすらと涙を滲ませ、手を伸ばす。
その手を掴んで、握る。
「・・・分かった」
「ありがとう」
彼女は安心したように微笑み、瞳を閉じた。
しばらく、熱のせいで荒く息をついていたが、少しすると静かな寝息に変わった。
握った彼女の手。
彼女の左手。
左手・・・。
上着のポケットにしまったままの指輪の入った箱を服の上から触る。
チャンスかもしれないと、思った。
今しかないと。
眠った彼女の前でなら、素直になれる。
我ながら情けないとは思ったが、今しかないと自分に言い聞かせた。
握った彼女の手をそっと離し、ポケットから箱を出す。
包装を外し、箱を開けて指輪を取り出す。
再び彼女の左手を取り、その薬指に指輪を嵌める。
入った。
指輪は彼女に指に抵抗無く嵌った。
ふう、と安心のため息をつく。
任務、完了。
彼女の手をそっと布団の中に仕舞い、部屋を出る。
俺が部屋を出てからしばらくして、寝返りを打った彼女の左手から、汗で滑って指輪がベッドの下に転がり落ちたことを、俺が知るよしもない。


♯MISSION 3

第2の任務は成功したはずだった。
少なくとも、俺はそう感じていた。
けれど、すっかり熱が下がり、仕事に復帰した彼女からは何の反応もない。
おかしい。
何か反応があっていいはずだが。
彼女は何事もないように俺に接する。
あの時、確かに彼女の指に指輪を嵌めた。
彼女の指に指輪が嵌っていないのは百も承知だ。
仕事中、スキャンダルを防ぐために、無防備に指輪を嵌めて仕事をするとは、思っていない。
しかし、二人きりの今、何か彼女から反応があっていいはずなのだが。
・・・まさか。
と、いろいろと考えを巡らす。
実は指輪のサイズが大きく、仕事中にうっかり指輪が落ちてしまい、どこかへいってしまったとか。
それを俺に言い出せないとか。
または・・・、断られたのか?
とりあえず、俺は指輪を探すことにした。
これが、俺の唯一の任務の失敗であった。
昔の俺なら、とっくに自爆していただろうが・・・。


二人きりで教会で式を挙げた後、すべてを彼女に打ち明けた。
「そんなことがあったの・・・」
彼女は驚き、すぐにフフフッと笑いを零した。
「完璧に見えるあなたでも、そんな失敗をすることがあるのね」
「俺も、どこにでもいる普通の男だったというわけだ。それが判明しただけだ」
「ふふっ」
彼女はなおも笑い、俺の腕に抱きついた。
「安心して。どんなあなたでも、わたくしは愛する自信がありますから」
俺の瞳を覗き込み、彼女はそんな愛の告白をしてみせる。
そんな彼女に俺はどれほどの愛を返せるだろう?

それは、これからの俺の課題であり、新たなミッションなのかもしれない・・・。

Fin

「あとがき」
番外編〜。vanity様より引き続きリクエストいただきまして、書かせていただきました。ヒイロはどのように指輪を手に入れたのか・・・etcを読みたい、とのことで。言われてみれば、そういう詳細を省いて(わざとではないです)書いてしまったなぁと私自身も気づきまして、ならば、書きましょう、と頑張りました。いかがでありましょうか?

2006.6.18 希砂羅