「探し物〜6月の花嫁〜」
3.





リリーナはまだ、夢を見ているようだった。
自分はウェディングドレスを着て、ヒイロの隣に立っている。
何度、夢を見ただろう。
女の子なら一度は見る夢。
叶わないと思っていた。
今日から、わたくしたちは夫婦になる。
その事実だけで胸は一杯になり、眩暈さえ起こしそうな錯覚に陥る。
そんなわたくしの隣で、彼は緊張を欠いたような、いつものポーカーフェイスで並んでいる。
それを別段、指摘するつもりはないけれど、何となく、不安になる。
本当に、良かったのだろうか?
彼も、本当にこうなることを望んだのだろうか?
それは本心で?
それとも、義理で?
「・・・俺の顔に何か付いているか?」
真っ直ぐに前を向き、その横顔を私に見せる形で立っていた彼が顔を振り向かせる。
「え?」
「そんなにじっと見つめるな」
「あ・・・。ごめんなさい」
「謝罪の前に理由を言え」
「・・・わたくしは緊張で立っているのもやっとなのに、あなたはいつもと変わらないのですもの」
「それが、気に食わないのか?」
「そういう意味では・・・」
「悪い。言葉が悪かった。きつい言い方だったな」
「いいえ。わたくしも、変でした。あなたのこと、よく知っているつもりでしたのに・・・」
「気にするな。時間はたっぷりある。これから、ゆっくりと互いを知っていけばいい」
彼が、ぎゅっとわたくしの手を握る。
「・・・はい」
目尻に涙が滲む。
改めて知る、彼の優しさに涙腺が緩んだ。
「おーい。お二人さん!二人の世界に浸るのはまだ早いぜー」
デュオの声に我に返る。
すっかり忘れていた。
まだ、式の途中であるということに・・・。
二人、顔を見合わせて思わず笑う。
もっとも彼はバツが悪そうに顔を歪めただけだけれども。
それにしても、神父役がデュオさんだなんて・・・。
「死神のお前が神父役とは、ふざけるにもほどがあるな」
彼は呆れたように言い、ため息をつく。
そんな彼が、おかしい。
緊張が、和らいでいく。
だからこそ余計に、冗談ではないかと思ってしまう。
お芝居なのではないかと。
それほど、現実感が無い。
本当に、夢を見ているようだ。
「うるせぇよ。今日だけは特別なんだから、文句言うな」
べー、とデュオさんは舌を出した。
「デュオ」
参列者席の一番前に座っているカトルが咎めるようにデュオさんの名前を呼ぶ。
「あ、悪い。つい、いつもの調子で・・・」
はは、とデュオさんは笑い、コホンと一つ咳をすると
「それでは、ただいまより、新郎、ヒイロ・ユイと新婦、リリーナ・ドーリアンの結婚式を行う。正式なしきたりはよく知らないんで、悪いが簡略させてもらう。構わないよな?」
デュオがカトルに問う。
カトルは席を立ち、デュオの側に寄ると、何か耳打ちをした。
それを聞き、デュオは小さく親指を立てた。
「ゴホン。誓いの言葉は、省略しても構わないよな?互いに異議は無さそうだしな。んじゃ、次は、指輪の交換だ」
デュオが二つの指輪を並べたケースを二人の前に差し出す。
式の準備の時に、事前にヒイロとリリーナから預かった物だ。
まず、ヒイロがリリーナの左手を取り、その薬指に指輪を嵌る。
その後、リリーナも同じようにヒイロの左手を取り、薬指に指輪を嵌める。
「OK。では、続いて・・・」
そこで言葉を切り、デュオはヒイロとリリーナを見て、にやりと笑った。
「誓いのキスを」
「・・・・・・ここでか?」
少しの間の後、ヒイロが言う。
「当たり前だろ。今しなくて、いつするんだよ。誓いのキスは、大事なセレモニーなんだからな。拒否権は無い」
「・・・ヒイロ」
先に動いたのはリリーナだった。
ヒイロの袖の端をきゅっと指で摘み、ヒイロの顔を振り向かせる。
「わたくしは構いませんわ。確かに、人前で口付けをするのは恥ずかしいですが、大事な儀式ですもの」
リリーナは頬を染め、微笑んだ。
「リリーナ・・・。分かった」
ヒイロも微かに笑みを返す。
ヒイロは意を決し、リリーナの顔の前に垂れているベールを後ろに上げる。
と、同時に、リリーナが目を閉じる。
ヒイロも目を閉じると、顔を近づけ、軽くリリーナの唇に自分の唇を触れさせた。
途端に、周りから歓声と拍手が上がる。
「・・・やっぱり、恥ずかしいですね」
俯き、小さな声でリリーナが言うのに、ヒイロも頷きを返す。
「よしっ。短いキスだったが、許す。後は・・・。とりあえず、儀式はこれで終わりだ。新郎新婦、退場!」
デュオの一声で、参列者が立ち上がり、中央に身体を向ける。
と、同時に入り口の扉が開かれ、外の明るい日差しが中に差し込む。
陽の光が、中央にいる純白のドレスに包まれたリリーナをより一層、輝かせ、参列者から歓声が上がる。
「行くか」
「はい・・・」
リリーナは頷くと、ヒイロの腕に自分の腕を絡ませた。
二人が並んで歩き出すと、大きな拍手が二人を包んだ。
「こうしてあなたと腕を組んで歩くのは、初めてですね」
「ああ・・・」
「まだ、夢を見ているみたいです。だから、あなたに問わずにはいられないわ」
「何を・・・?」
ヒイロがリリーナを見つめる。
リリーナも見つめ返すと、少し不安そうな顔で
「現実・・・ですよね?」
「・・・ああ。泣いても笑っても、これは現実だ」
「良かった・・・」
リリーナは瞳を涙で滲ませ、笑顔を浮かべた。
開かれた扉の外は、暖かな太陽の日差しが降り注ぎ、まるで、これから互いの手を取り合い、未来を歩む二人を祝福しているようだった。


カトルやデュオたちがマスコミに圧力を掛けたのか、今回のことは、TVにも新聞にも取り上げられることもなく、大きな騒ぎにならずに済んだ。
「・・・本当は、二人だけで静かに式を上げたかったんだが」
後日、彼が言っていた。
「では、今度は本当に二人きりで、式をしましょうか?」
わたくしの言葉に、彼は苦笑を浮かべ
「実は、もう予約がしてある」
どこまでも用意周到な彼に頭が下がる。
「・・・あなたには、いつまでもわたくしは、勝てませんね」
「何のことだ」
「何でもありません」
そう言うと、わたくしは彼の腕を強く引っ張る。
珍しく不意打ちをくらった彼の唇に、わたくしから口付ける。
「・・・お互い様だ」
唇が離れた時、彼がぼやくのを聞いた。
そんな彼がおかしくて、思わず笑い出してしまったわたくしを彼は強く抱きしめると、
お返しとばかりに彼から唇を押し付けてきた。
お返しに不意打ちをくらったわたくしを、彼は不適な笑みで見つめ返す。
「お前も、不意打ちには弱いな」
くすっと、小さく笑いを零し、額をコツンと、彼の額に合わせ、目を閉じた。
「・・・お互い様ですね」


これから。
まだ、わたくしたちは始まったばかり。
乗り越えなければならない壁は数多くあるだろう。
だけど、一人では乗り越えられない壁も、二人ならきっと乗り越えられる。
二人なら・・・。

Fin

「あとがき」
キリ番、16500番を踏まれたvanity様に捧げます。
リクエスト内容は、「いつかなかったのですがあと数日で6月ってことでズバリ結婚式ってどうでしょう?二人だけでひっそり(こっそり?)挙げたいヒイロなのにドロシー&カトルに知られてしまい派手な式を押し付けられそうになっています。上手く逃げ切れるのか?押し切られてしまうのか?ってのはいかがでしょう?結末は希砂羅さんの気持ちのままにお任せしたいと思います。お願いなのですがここのところ天気が良くないので二人の式は晴天!でおねがいしたいのとKISSをお願いしたいです!」でした。上手く、リクエストに添えたかは分かりませんが、頑張りました。何が一番難しかったかというと、結婚式の場面ですね。すごく簡単に、まさに簡略的に書いてしまいました。いかがでしょうか?

2006.6.11 希砂羅

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