「探し物〜6月の花嫁〜」





式当日。
正装した彼女が俺の隣に立っている。
視線は真っ直ぐ、本日の主役であるカトルとドロシーに向けられている。
「お二人とも、とても幸せそう・・・」
彼女は頬を染め、穏やかに微笑んでいる。
本当に身近な親族と知人だけを招待したらしく、出席者は俺とリリーナを入れて10数名いるかいないか。
順調に式は進み、最後は、教会から出てくる二人を周りが囲んで花を投げかけた。
それが終わると、新婦であるドロシーはおもむろに手にしているブーケを掲げ微笑んだ。
花嫁が投げたブーケを受け取ると、幸せになるとか、または次に結婚できるとか、そんな迷信があるらしいというのを思い出す。
ドロシーは、そのブーケを手に前に進み出た。
そして、リリーナの前に立つ。
「リリーナ様。これは貴方様に差し上げますわ。どうぞ、受け取ってくださいな」
リリーナは驚いた顔をしたが、すぐに困った顔をして首を横に振った。
「ドロシー。ありがとう。でも、ごめんなさい。わたくしは受け取れないわ。他の方を差し置いてわたくしが受け取るのは、失礼です。どうぞ、投げてあげてください」
「ダメっ」
ドロシーは強く言い切ると、リリーナの手を取り、その手にブーケを握らせた。
「これは、リリーナ様の物です。他の方に差し上げるつもりはありません」
「でも、わたくしは」
「リリーナ様。ご自分の気持ちに嘘をついては駄目。後で苦しむのはご自分自身ですわ」
「ドロシー・・・」
リリーナはしばらく迷ったあげく、そのブーケを受け取った。
「ありがとう、ドロシー」
「後は、あなたに任せますわよ、ヒイロ・ユイ」
ドロシーは俺に意味ありげに微笑んだ。
「少し時間をあげますわ。リリーナ様とよくお話をなさって、決断なされば良いわ」
「ドロシー。何のこと?」
リリーナが俺とドロシーの顔を交互に見た。
ちっ。
こいつ、知っているのか?俺の企みを。
カトルに聞いたのか。
俺は小さく舌打ちをすると、リリーナの手を引っ張ってその場を離れた。
「ヒイロっ!?どうされたんです?」
まるで逃げるようにやや早歩きで教会から少し離れた所で、周りに誰もいないのを確認し、ようやく足を止める。
「ヒイロっ!答えてください」
彼女は怒ったように声を少し荒げた。
俺は一つため息をつき、意を決し、彼女に向き直る。
手は離さなかった。
「花嫁からブーケを受け取った者は、幸せになるとか、または次に結婚できるとか、そんな迷信があるらしいな」
「えっ・・・。ええ、そのようですね」
彼女は手にしたブーケを見つめ、困った顔をした。
「それをお前は信じているか?」
「・・・わかりません」
彼女が小さくつぶやく。
ポケットに手を突っ込み、探るとすぐにそれは指に触れた。
それをゆっくりと取り出し、彼女の前に差し出す。
「この指輪に、見覚えは?」
「・・・さ、さあ。知りません」
彼女が視線を逸らす。
「嘘だな。お前はこの指輪を見ている。お前が、俺の手帳にこれを挟んだ。・・・違うか?」
「・・・・・・」
「俺の探し物は、これだ。あの日、3週間前のあの日、風邪で寝込んだ前を見舞った時に、寝付いたお前の指に嵌めた。・・・サイズを間違えたのは、誤算だった」
「ヒイロ・・・」
彼女の頬が赤みを差した。
「サイズを直した。今度はきっと、ぴったり嵌るはずだが」
彼女の左手を取り、薬指に嵌める。
指輪は彼女の薬指にぴったり嵌った。
「ヒイロ・・・。これは・・・」
「そういう意味だが・・・」
「きちんと言ってくださらなければ分かりません」
「・・・・・・」
「ヒイロ・・・」
焦れたように彼女が俺の名前を呼ぶ。
「俺と・・・」
何とか言葉を紡ぎ出し、ごくりと一度ツバを飲み込む。
「俺と・・・」
彼女の手を握り、決意を固める。
「俺と結婚・・・しないか?」
「はい・・・」
彼女は瞳を潤ませ、華やかに微笑んだ。
とその時、背後でパーンと何かが爆ぜる音が数回した。
二人で驚いて振り向くと、そこにはクラッカーを手にしたカトル、ドロシー、デュオたちの姿があった。
それぞれが手にしたクラッカーからは小さな煙が出ている。
「何のつもりだ。お前たち・・・」
「おめでとう!ヒイロ、リリーナさん!」
「おめでとうございます!リリーナ様!」
カトルとドロシーが俺たちを取り囲む。
「早速ですが申し訳ありませんが、お式の準備をいたしますので、こちらにいらして、リリーナ様」
ドロシーがリリーナの腕を掴む。
「お式の準備って、ドロシー。どういうこと?」
「あら、たった今、ヒイロ・ユイのプロポーズを受けられたではありませんの」
「き、聞いていらしたの?」
彼女は恥ずかしそうに顔を赤く染めた。
「おほほほほほほ。さ、リリーナ様、参りましょう」
ドロシーは高らかに笑うと、リリーナを引っ張っていく。
「あ、ヒイロはこっちだよ。僕たちが準備を手伝うから」
「ふざけているのか?」
「いたって本気だよ」
そう言ってカトルは俺を引っ張っていく。
連れて行かれたのは教会の奥にある一室。
そこに、タキシードが一着掛けてあった。
「君用に準備したんだ。たぶん、サイズは合うと思うけど」
「何をするつもりだ?」
「何って・・・。君たちの結婚式だけど?」
当たり前のように言うカトルに、ヒイロは言葉を無くした。


一方、こちらはリリーナとドロシー。
「あの、ドロシー?これは、どういうことかしら。今日は、あなたとカトル君の結婚式よね?」
「あれはお芝居ですの。ヒイロ・ユイがリリーナ様にプロポーズすることが分かったので、わたくしたちが結婚式を開いて差しあげようと思いまして。だって、あの方はこういうことに疎そうでしょう?」
「だからと言って、こんな・・・」
「いいからリリーナ様。大人しくしていらして。わたくしが今から、リリーナ様を世界一の花嫁に変身させてあげますわ」
「ドロシー・・・」
これ以上言っても無駄だと、リリーナは諦めたのか、大人しくドロシーに従った。
それから30分後。
「さあ、出来ましてよ。世界一の花嫁の完成ですわ。さあ、ご覧になって、リリーナ様。ご自分のお姿を」
ドロシーはリリーナを姿見の前に立たせた。
「とてもお綺麗ですわ、リリーナ様。リリーナ様は何をお召しになってもお似合いですけれど、やはり、ウエディングドレス姿が一番、お綺麗だわ。ヒイロ・ユイもきっと、惚れ直しますわね」
「・・・・・・」
リリーナは姿見に映る自分を見つめた。
真っ白な純白のドレスは、胸元に白い花をあしらい、上品に胸元を隠し、裾がふわりと広がり、全体をとても優雅に見せている。
髪は後ろでまとめ、花で飾ってあり、ベールを垂らしてある。
「・・・ヒイロは、綺麗と言ってくださるかしら」
「ええ、きっと」
ドロシーが力強く頷いた時、コンコンとドアをノックする音がした。
「ドロシー。こちらの準備は済んだけど、そちらはどうだい?」
「こちらも出来ましてよ。すぐに参りますから、ヒイロ・ユイを先に祭壇の前で準備させておいたちょうだい」
「わかったよ」
ドアの外で足音が消え、何も聞こえなくなると
「さあ。参りますわよ、リリーナ様」
「ええ・・・」
リリーナはドロシーに手を引かれ、ゆっくりと歩き出した。



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