「探し物〜6月の花嫁〜」
1.






「探し物は見つかりましたか?」
聞き慣れた声に、机の中を覗き込んでいた顔を上げる。
と、同時に舌打ち。
その舌打ちに気づき、一瞬、相手は顔を曇らせたが、ぐっと込み上げた何かを押し込め、笑みを返してきた。
「カトル君に、貴方が何かを必死に探しているらしい、と聞いたものですから。わたくしでお手伝いできればと、来てみたのですが・・・」
「大丈夫だ。一人で探せる」
「わたくしに見られて困るものですか?」
これぐらいで引き下がるような相手であると思ってはいないが、今回ばかりは、遠慮してほしかった。
彼女にだけは、知られたくない。
探し物の正体を。
いずれ分かるとしても、今、知られるわけにはいかない。
自分の失態で自分を追い込んでしまったことに今更気づく。
気づいたところで後の祭り。
「俺に構っている暇があるのなら、少しでも身体を休めろ。今月も、あまり休めていないのだろう」
「大丈夫です。明日はオフですし。1日あれば、身体を休めることができます」
「そう言って強がって、何度倒れた?」
彼女は再び、ウッとなったが、やはり、堪えて笑みを浮かべる。
「あの時は、本当に疲れていて・・・」
「今も、疲れた顔をしている。俺のことは構わず、帰れ」
「そんなに、わたくしが邪魔ですか?」
探す手を止め、彼女を見つめる。
彼女の声が微かに震えていたから。
「どうして、泣く?」
「泣いてなど・・・っ!」
「お前を傷つける言い分をしたのは謝る。だが、悪いが、一人で探したいんだ」
「そうですか・・・」
さすがに彼女は肩を落とすと、わかりました、と背を向ける。
自分で追い返しておいて何だが、そのまま彼女を帰すのを躊躇われた。
だから・・・。
「見つかったら、その時にお前に教える」
彼女は振り返ると
「本当ですか?」
と笑みを返してきた。
「ああ。約束だ」
「はい」
彼女は頷くと
「では、その時に・・・」
と一言を置いて部屋を出て行った。
それを見送り、ドアが再び開かないことを確認し、探すのを再開する。
「・・・本当に、どこに行ったんだ?」


 パーガンに屋敷まで送ってもらい、自室へ帰った。
スーツから部屋着に着替え、横になる前にベッドを整える。
少し傾いていた枕を直した時、その隙間から何かがポロッと床に落ちた。
それは絨毯を転がり、ベッドの下へ。
ベッドを覗き込み、手を伸ばす。
すぐにそれは指に触れ、手で掴んで目の前に翳す。
それは、細いリングだった。
「指輪・・・?」
身に覚えの無い、指輪。
なぜ、こんな物がわたくしのベッドに下に?
指輪をよく見ると、内側に文字が彫ってある。
そこに彫られていたのは、「To.R From.H」の文字。
これは、もしかして・・・と深く考えなくても分かる。
彼が探していたのは・・・この指輪?
そこまで考えが辿り着いて、徐々に頬が熱くなる。
彼がここに来たのは、2週間前。
自分は熱を出し、ベッドに伏せっていた。
彼は、“働きすぎだ”と不機嫌そうな顔をしながらも、自分が寝付くまで、側で手を握っていてほしいというわたくしのわがままを聞いてくれた。
もしかして、その時に彼が?
そうは思っても、この指輪をどうしたらいいのだろう?
まさか、彼に直接返すことなど出来ない。
こっそり、彼に見つからないように、しかも、彼が見つけられる場所に置かなくては・・・。
何て、難題だろう・・・?
頭の中はそのことでいっぱいになり、寝付ける気配はない。


それから数日後、ヒイロはようやく“それ”を見つけ出す。
場所は、彼の手帳の中。
彼女の側で仕事をする限り、それはとても大事な必需品。
常に肌身離さすに持ち歩いている。
・・・つもりだったが、スケジュールを確認している時に急に呼ばれてうっかり机の上に置き忘れた。
戻って来て、再び手帳を開いた時、“それ”が転がり落ちた。
その時、側にいたのは彼女で・・・。
・・・何てことを考えるのはよそう。
無事に見つかった以上は、決行に移さなかれば。
実は、それが一番の問題だったりする。


「探し物は見つかったかい?」
振り向くと、カトルが少し心配そうな顔で立っていた。
「ああ・・・」
「そう。良かったね。・・・で?何を探していたんだい?」
「お前には関係ないだろう?」
「相変わらずだね。・・・それより、今日から6月だね」
「・・・ああ。それがどうした?」
「6月と言えば、ジューン・ブライド。6月の花嫁は幸せになるっていう逸話があるのは知っている?」
もしかして、こいつは知っているのか?
俺が探していたものを・・・。
俺が何を考えているのかを・・・。
「実は、僕たちね、今度、結婚することになったんだけど・・・」
と、カトルはおもむろに封筒を差し出した。
「君にもぜひ、参列してもらいたいんだけど、良いかな?」
「・・・相手は、あのドロシー・カタロニアか?」
「そうだけど・・・。何か問題がある?」
「よく、決心したな」
「ごめん、聞こえなかった。もう一度言ってくれるかな」
極上の笑顔の横で、こめかみがピクピクしているのを確認し、何でもない、と首を横に振る。
カトルを怒らせるのだけは勘弁したい。
「・・・一応、受け取るが、参列できる保証はない。仕事が急に入るかもしれない」
「分かっているよ。でも、君はきっと来てくれると信じているよ」
カトルは笑顔で言い、ドアに手をかける。
「あ・・・。もし良かったら、君たちも一緒にどう?」
「君たち?」
「君もそろそろ、心を決めてもいいんじゃない?いつまでも女性を待たせていては可哀想だよ」
ね?とウィンクをして、カトルは部屋を出て行った。
「・・・言われなくても」
舌打ちが零れたのは言うまでもない。


「カトル君とドロシーのご結婚の話、ご存知ですか?」
仕事の合間、彼女は俺の側に来ると、耳元で囁いた。
「ああ。カトルから直接、招待状を受け取った」
「そうですか・・・。あの、ヒイロ?」
「何だ」
彼女がカモフラージュのために広げた資料を見つめたまま会話を続ける。
「もし、良かったら、当日一緒に、参列していただきたいのですが」
「ああ。構わない。どの道、お前を一人で行動させるわけにはいかない。いかに、知人の結婚式であろうと関係ない」
「・・・そうでしたね。では、また詳しいことは後ほど」
一瞬、彼女は表情を曇らせたが、すぐにそれを笑顔に変え、資料を両手に抱えて側を離れて行った。
それは、最近の彼女の癖だった。
気にはなっていたが、指摘したことはない。
彼女自身、きっと気づいているだろうし、指摘したところで、それはきっと治らない。
それは、彼女が心の奥に作った氷だった。
もしかしたら、それを治せるのは俺かもしれないと、自惚れたりする。
だが、どうにも、上手くいかない。
人の心は複雑で、謎だらけだ。
だからこそ、人は人に惹かれるのか・・・などと思ってみたり。
遠くなる彼女の背中を見つめ、俺の心はまるで絡まった糸のように複雑だった。




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