「海と彼女と地平線」






海が見える・・・。
遥か遠くに見える地平線。
波が静かに揺れる。
隣には嬉しそうに微笑みを浮かべている彼女。
名前を、リリーナ・ドーリアンという。
ドーリアン家の一人娘であり、世界でも有名な若き外務次官である。
・・・と、誰が今の彼女を見て思うだろう。
ワンピースの裾を風に揺らし、静かに微笑んでいる。
何がそんなに嬉しいのか。
綺麗な横顔を見つめていると、俺の視線に気づいた彼女がこちらへ顔を向ける。
頬が赤い。
「そんなに見つめないでください」
顔を赤くして、はにかむ。
「・・・何をそんなに嬉しそうな顔をして見つめている」
「え?」
彼女が先ほどまで見つめていたであろう遥か遠くの地平線を見つめる。
・・・何も嬉しくなるようなものは見当たらないが。
「・・・違います」
彼女の小さな声に、顔を振り向かせる。
「何が」
「・・・あなたとこうして一緒にいられることが嬉しくて・・・。その空気に酔いしれていたのですわ」
「・・・・・・」
「変かしら、わたくし」
拗ねたように口を尖らせる。
「別に・・・。そんなに嬉しいのか」
「・・・はい」
「俺と一緒にいることがか?」
「はい」
はっきりと頷く。
「幸せなの」
綺麗に微笑む。
その肌に触れたい。
彼女の鼓動を・・・感じたい。
「側にいればいいのか。それだけで、幸せか?」
なぜ、気持ちと言葉は比例しない。
自分の言葉に、彼女が顔を曇らせるのを知っているくせに。
「・・・いいえ、それだけでは嫌」
「・・・どうすれば満足する?」
「・・・触れてほしいの」
すっと彼女の腕がこちらへ伸び、俺の手を掴む。
彼女の手が、自分の頬へ俺の手を導く。
「生きているわ、わたくし」
「知っている」
「温かいでしょう?」
「・・・何が言いたい」
「生きている人間にもっと興味を持って」
彼女の口から出た言葉に眉を寄せる。
「・・・何が・・・言いたい・・・」
「だってあなた、一人で苦しんでいるもの」
「推測だけでものを言うな」
「・・・ごめんなさい。でも、わたくし、もっとあなたを知りたい。ヒイロのことをもっと知りたい」
「・・・とんだ誘い文句だな」
皮肉に笑う。
「怖いの?」
「どういう意味だ」
「本当の自分を知られるのが、怖い?」
真っ直ぐに見つめてくる彼女。
彼女の言葉に否定も肯定もしない。
それはYESでありNOでもあるから。
本当の自分を知りたいのは・・・きっと俺の方なのだろう。
自分はどんな人間で、何を望み、生きていこうとしているのか。
自分のことなのに、まるでわからない。
意識して考えることなど、なかった。
悩むこともなかった。
考える必要はなかった、と言ってしまえばそれまでなのだろう。


「・・・ごめん・・・なさい」
彼女はすっと俺の手を離し、俯いた。
「あなたの言う通りね、推測でものを言いすぎたわ。あなたが怒るのも、無理は無い・・・わね」
落ち込んだように顔を俯かせた彼女を見つめる。
彼女ほどには、他人のことに熱くはなれない。
しかし。
「・・・誰にも興味がないわけではない」
「え?」
彼女が顔を上げる。
「少なくとも、お前には興味を持っているつもりだが」
「ヒイロ・・・。本当・・・に?」
「興味がなければ、こうして側にはいない」
「それは、あなたの心にわたくしがいる・・・ということ?そう思ってもいいの?」
「・・・ああ」
「あなたの中に、わたくしは存在しているのね?」
「・・・そういうことだな」
「嬉しい・・・」
「泣くほどにか?」
今にも溢れて零れ落ちそうなほどに瞳に浮かべた涙を指でぬぐった。
「そうよ。すごく、嬉しいの」
微笑む彼女を見て、そろそろ限界かもしれないと思った。
彼女を見つめるたびに、湧き上がる感情の正体を無視し続けるのは。
「リリーナ」
今日、初めて彼女の名前を呼ぶ。
「ヒイロ・・・?」
「お前は俺を知りたいと言ったな」
「はい・・・」
「・・・どんな俺でも、か?」
「はい・・・。恋とはそういうものです」
照れたように微笑う彼女に面食らう。


恋・・・。
自分とは到底関わりのないものだと思っていた。
しかし・・・。
彼女に溺れてみるのもいいかもしれない。
彼女の側にいれば、自分の中に新しい発見ができるかもしれない。
新しい自分を・・・。
自分の中に眠っていた感情を・・・。・


「リリーナ。俺の側にいろ」
俺の言葉に、彼女は驚いた目で俺を見つめた後、顔を真っ赤に染め、小さく頷いた。

Fin

「あとがき」
何だかなぁ。ヒイリリで何か書きたいと思っていた時に、たまたま机の上や引き出しの中を整理していた時に、ルーズリーフに手書きで書かれていたこの話を見つけました。とは言っても、途中で終わっていたので、続きは打ち直す際に考えました。軽い話なんだか、重い話なんだか、よくわからないですね。途中、危い場面もありますが(少しヒイロ壊れてます)、最後はやっぱりハッピーエンドなのね。まあ、いいのかなぁ。

2004.3.5 希砂羅