「桜のとき、彼と彼女は・・・」

春うらら。
穏やかな風が駆け抜けるとき、彼と彼女は・・・。


桜を見に来ていた、
著しく動く都会を離れ、二人だけで。
誰にも邪魔されず、何にも邪魔されず。

仕事で疲れきってしまった心を潤すために。
という前提のもと。


桜を見上げる彼女の瞳は赤い。
少しまぶたも腫れている。

桜を見上げ、今、彼女は何を思っているのか。
いつもなら勝手に解釈して、彼女を咎めるが、今日だけは黙っていようと思った。



彼女は突然現れた。
たくさん泣いたのか、赤い目をして。
いつもなら感じられる覇気も、今は完全に萎えてしまっているように見えた。

「ごめんなさい」
彼女は泣き顔で笑った。
無理して笑うことなどないのに。
どうしてそう無理をしようとするのか。
そんなことで俺が腹を立てたことなど、彼女は気づいていないのだろう。
「また逃げて・・・来てしまったわ。あなたのところへ・・・」
俯いた彼女は自嘲気味に呟いて、俺の胸に傾れ込んだ。

彼女が泣いた理由は聞かなくてもわかった。
だから黙って抱きしめた。
彼女が泣き疲れて眠りに落ちてしまうまで。



小旅行。
まではいかない。
計画も何も無い。
ただ、2、3日、自然に触れて、心を休ませるだけだ。
疲れきってしまった彼女の。

今頃、世間は大騒ぎかもしれない。
「ドーリアン外務次官の突然の失踪」
本当の理由など知ろうともせず、マスコミは勝手な推測で彼女を非難するかもしれない。
それでも、今は誰にも邪魔されないこの場所で、心に休息を与えることが必要だ。


風に揺れるワンピース。
下ろした長い髪が背中で揺れている。
その姿は、風景に溶け込み、俺の心を安堵させ、同時に不安にさせた。
消えてしまいそうな儚さを、今の彼女は全身にまとっていたから。


自分にとって「スーツ」は、「戦闘服に近いもの」。
以前彼女はそう言って、眉を寄せた俺に、冗談よ、と笑ったのを思い出した。
彼女にスーツは似合わない。
まして、「戦闘服」など・・・。



「何も聞かないのね」
彼女が振り向いた。
いたずらな太陽の光で、彼女の表情は覗えない。
「聞いてほしいのか」
尋ねると、首を傾げて困ったように笑った・・・ように見えた。
「聞いてほしいのと、聞かないでほしいのと、半々かしら」
「・・・俺はどうすればいいんだ?」
俺がため息をつくと、彼女は軽く笑い声を上げた。
「それもそうね・・・。どうしてほしいのかしら、わたくし。自分でもわからないわ」
「お前がわからないなら、俺はもっとわからないな」
「そうね・・・。でも・・・」
「でも、何だ」
「一つだけ、あなたに望むことがあるわ」
「何だ」
「・・・側にいてくださらない?もう少しだけ」
「・・・・・・」
「駄目、かしら?」
今にも泣き出しそうな、弱い声で。
まるで親に物をねだる幼い子どものように。
首を傾げて。
「・・・お前が望むなら」
俺の答えに、彼女はほっとため息を落とした。
「嬉しいわ」
ようやく微笑みを浮かべた彼女は、木に背を預け、風に身を任せるようにそっと目を閉じた。


手を伸ばす。
風に揺れる髪に。
指に絡まる髪。


「ヒイロ・・・。何・・・?」
俺の突然の行動に、赤くなった彼女が戸惑ったように見つめる。
「・・・俺もお前に望んでもいいか」
指は髪に絡ませたまま。
「え?」
「お前との未来を・・・」
え?と彼女は俺を見つめ返し、やがて照れたように笑った。
「ヒイロ・・・。突然・・・すぎるわ」
「・・・すまない」
「謝らないで。・・・それに、わたくしに“NO”という選択肢は無いのでしょう?」
「俺はそこまで強情ではない、つもりだが」
「本当に?」
「ああ」
「でも、わたくしがNOとは言わないこと、あなたは知っているはずだわ」
淡く染めていた頬をさらに赤くして、彼女が言う。
「そうでしょう?ヒイロ」
「・・・・・・」
「降参かしら?」
「・・・ああ、降参だ」
苦笑して、両手を軽く挙げて降参の仕草をする。
そんな俺を楽しそうに見つめ、彼女は俺の耳元に口を寄せて甘く囁いた。
「答えはYESよ、ヒイロ」


桜舞い散る春。
彼と彼女は・・・胸に宿した想いを、互いに託した。

この日の風景は、彼と彼女の瞳の中へ・・・永遠の風景として残されるのだろう。


そばにいてずっと君の笑顔を見つめていたい
移り行く瞬間をその瞳に住んでいたい
いつの日か鮮やかな季節へと連れ出せたら
雪のように空に咲く花のもとへ・・・花のもとへ

Fin

「あとがき」
ラルクアンシエルの新曲「瞳の住人」に感化され、こんなものを書いてみました。
いい歌です。久しぶりにhydeさんの高い歌声を聞いて(ソロの時も、復活第1弾シングルの時も低い歌声だったので)、酔いしれましたね。甘い歌声です、はい。
やっぱり、彼が書く詞は好きです。惚れただけあるぜ。
 小説の話。今回は(も?)ヒイロサイドです。最近は、ヒイロサイドで書くのはそれほど得意ではなくなってきていたんですけど、書いてみると、まだ書けるじゃん、と再確認。私は2人のラブラブハッピーを望んでいるので、どうしても甘い話になってしまうんですけど。それにしても、何故でしょう。何故なんでしょう。何故プロポーズネタ(ですよ?)になったんだろう。
 まあ、あれです。リリーナにとってはヒイロが、ヒイロにとってはリリーナが、「やすらぎ」になってくれればいいな、という作者の願いを込めて・・・。

2004.3.2 希砂羅