「震える夜 満たされた朝」


震える彼女の体を抱きしめようと伸ばした腕は、空しく空を掻く。
それは俺の、彼女に対する遠慮、にも似た、足りない勇気の表れだと知っていても、
側にいることしか出来ない。
そんな自分を歯痒く思う夜。
毎夜、一人ベッドで考える。


ことの始まりは、彼女が目を覚ました時だった。
同じホテルの隣の部屋で待機していた俺は、聞こえた悲鳴に、すぐに彼女の部屋へ走った。
部屋の鍵は開いていた。
あれほど施錠については口うるさく言い聞かせたはずだが。
そんなことを苦々しく思いつつ、ドアを開けた。
彼女はベッドの上で膝を抱えて震えていた。
乱れた髪は、彼女が目覚めたばかりだということを教えていた。
正直、寝着姿の彼女に戸惑いつつ、俺は平静を装って彼女の側へ寄った。
「どうした、リリーナ」
彼女の顔を覗きこむ。
彼女はきつく目を閉じ、唇も固く閉ざしていた。
しかし、その唇は微かに震えていた。
「何かあったのか?」
俺は一端、彼女の側を離れ、部屋の中を確認した。
耳を澄ませ、目を凝らし、辺りを見回す。
昨晩、部屋を出る前に見た部屋の様子と素早く比べ、変わった点を探すが、それらしい点は見つからない。
「・・・大丈夫です」
しばらくして、彼女が小さくつぶやく。
「夢を見ただけですから」
彼女は微かに笑みを浮かべ、俺を見つめた。
その瞳に涙が滲んでいた。
ベッドの端に腰を下ろし、彼女の言葉の続きを待つ。
「今でも、時々見るのです。父が、ドーリアンの父が、亡くなった時の夢を。もう、5年になるのに・・・」
「愛する者の死に、時間は関係ない。お前だって、忘れるつもりなど無いのだろう?」
「ええ・・・。当たり前です。ただ、募るのは、自分がしてしまった過ちへの罪悪感です」
「お前は何も悪くない。お前の父親もな」
「ヒイロ・・・」
「誰が良くて誰が悪いかなど、誰にも決められない。それが運命だったと、受け入れるしかない」
「・・・そうなのかもしれません」
「お前はよくやっている。誰にもお前を非難することなど出来ないはずだ。ただ、それを素直に認めたくない輩がちょっかいを出す。簡単に言ってしまえばそんなことだ」
「・・・あなたは強いのね、ヒイロ」
「俺が・・・強い?」
「あなたは前に言ったわね。お前には適わないと。お前は強いって。でも、そう思うのはわたくしも同じです。わたくしから見れば、あなたはとても強い人だわ。あなたには適わないって。だけど・・・あなたに負けたくない」
「リリーナ・・・」
「今、あなたがこうして側にいてくださるだけで、わたくしはとても心強いのです」
「俺では役不足かと思ったが」
「何故・・・?」
「部屋の鍵が開いていた」
「・・・あ・・・」
彼女は思い出したようにハッとした顔をした。
しかし、その顔はすぐに赤くなり、恥ずかしそうに俯いた。
その理由が、俺には理解できず、困惑した。
「何だ?リリーナ」
「鍵を・・・開けていたのは・・・」
ゆっくりと視線を投げ、彼女の言葉を待った。
「あなたに、来てほしくて」
彼女は小さくそう言った。
「あなたがもし、わたくしのことを“ドーリアン外務次官”としてではなく、一人の女性として見てくださっているのなら、そのドアを開けて来てくれるのではないかと・・・そんなことを思って・・」
彼女の言葉に絶句する。
確かに、彼女の安否を確かめるため、を理由に、そのドアを何度ノックしようとしたか。
けれど、結局俺はそれをしなかった。
不必要に何度も部屋を訪れたら、彼女に警戒されるのではないかと思ったから。
「もし、俺以外の者がドアを開けたらどうするつもりだったんだ?」
自分のことを棚に上げ、無用心な彼女を非難してしまう自分が嫌だ。
「その時は、あなたが助けに来てくださるでしょう?」
当たり前のように、彼女は微笑んで言った。
彼女の方が自分よりも一歩上手だったか・・・。
「そうでしょ?ヒイロ」
答えない俺を、彼女は上目遣いで見つめた。
「俺だって、出来た男だという保障はないぞ」
「どういう意味です?」
「俺だって、狂う時もある」
「狂う・・・?」
「そんな格好で、目の前に居られたら、理性はどんどん崩れていく」
俺の言葉に、彼女はハッとして乱れた胸元を手で掻き合わせた。
けれど、彼女はゆっくりとその手を下に下ろした。
「良いのです、ヒイロ。人間、時にはその思いのままに行動しても、許される時もあります」
「それは、どんな時だ」
「・・・相手が、それを許した時です」
「リリーナ・・・。それは・・・」
「あなたにとって、その相手はわたくしです」
「お前は俺を許すのか?あと一歩近づいたら、お前をベッドに押し倒そうとしている、そんな俺をか?」
俺の言葉に彼女はくすっと笑った。
「正直ね、ヒイロ。そんなにストレートに言われたら、わたくしも素直に答えざるを得ないわ」
「・・・答えは?リリーナ」
彼女は俺を見つめ、綺麗に微笑んだ。
「あなたを許すわ、ヒイロ」

グラリ、と。
俺の中で理性が崩れる音が聞こえた。

Fin

「あとがき」
普通に、良い話が書けたことが素直に嬉しい。しかも、短い時間で。
最初の題名は、「雨に濡れた夜 乾いた朝」というもので、その題名にあった話を書こうと思ったのですが、どうも上手く書けなくて。それでも続きを書いていったら、題名を変えよう、ということになり。話の内容を総合した結果、今の題名になりました。ラブラブだなぁ。
2005.3.19 希砂羅