「奇跡」



叶わぬ願いならば、無理やりにでも叶えてしまえばいい。
そんなことを思う自分を怖いと思う。
俺はこんな人間だったか?
自分自身に問い掛ける。


彼女を背中から抱きしめる、強く。
いつもなら決してしない、強引ともとれる俺の行為に、彼女は体を強張らせた。
当然か・・・。
彼女の首筋に顔を埋めたまま、目を閉じる。
彼女は少し体を震わせ、けれど、その手を振り解くことはなかった。
代わりに、問い掛ける。
「どうしたの?ヒイロ・・・?何か、あったのですか・・・?」
「何もない」
「だったら、どうして・・・こんなこと・・・」
「ただ、こうしたかっただけだ。俺らしくないか?」
「・・・ええ、とても」
彼女は素直に答える。
「だけど、嫌ではないわ」
「そうか・・・」
彼女の言葉に安心し、力が抜けた。
自然と彼女を拘束する腕の力が弱まる。
彼女はそれに気付いたはずなのに、この腕から抜け出すことはなかった。
「ヒイロ。人間はね、どうしようもなく人の温もりが欲しいと思う時があるの。今のあなたが、そうではなくて?」
「たとえそうだったとしても、お前以外の人間に、こんなことはしない」
「・・・そんな嬉しい言葉を、あなたは平気で言うのね。聞いているわたくしは、とっても照れてしまっているのに」
「思ったことを言っただけだ」
「・・・ありがとう。嬉しいわ。あなたは、わたくしに嘘をついたことはないから」
「そうだったか」
「ええ、そうよ。いつだってあなたは、わたしくの前では正直な人」
「お前が嘘をつかせないのだろう?」
「どういう意味?」
「お前は人を見る時、その瞳を真っ直ぐに相手に向ける。その瞳に見つめられ、嘘を付ける者などいない」
「それは褒め言葉?」
「・・・ああ」
頷くと、彼女はくすりと笑い、未だ優しく彼女を拘束する俺の腕に手を添える。
「嘘は嫌いなの。嘘をつくのも、嘘をつかれるのも、どちらも人を傷つけるから」
「そうだな」
「それが、嫌なだけ」
「ああ・・・」
「あなたも、そうでしょう?あなたはそれを知っているから・・・。わたくしのことを誰よりも分かっているから・・・」
「本気でそう思っているのか?」
「ええ・・・」
「ならば・・・」
彼女を再び強く抱きしめる。
「苦しいわ、ヒイロ。わたくしを絞め殺すおつもり?」
「まさか・・・。そんなことはしない、間違ってもな」
「では、少し力を緩めてくださらない?息をするのも精一杯だわ」
「・・・・・・」
少し力を緩める。
「ありがとう」
「リリーナ・・・」
彼女の耳元で囁く。
「んっ・・・。くすぐったいわ」
彼女の耳を甘く噛む。
「あっ・・・やだ、ヒイロ。やめて・・・」
「・・・俺のものになれ、リリーナ」
それは、自分でも驚くほどに自然に自分の口から零れた。
その言葉を自分が言ったのだと自覚した途端、彼女から離れた。
何を・・・言った・・・?今・・・
彼女は俺と向き合い、真っ直ぐに俺を見つめる。
彼女は驚いてはいなかった。
けれど、その頬を淡く染め、上目遣いで俺を見る。
「本当に、今日のあなたはいつものあなたとは違うわ。まるで、違う人ね。だけど・・・嬉しい・・・」
「リリーナ・・・」
「嘘では・・・ないのでしょう?」
彼女はそっと俺の胸にその体を寄せる。
「そうでしょう?ヒイロ」
「・・・ああ」
彼女は顔を上げ、花のような笑顔を向けた。
彼女は答えの代わりに、少し背伸びすると、俺の唇にそっとその唇を押し当てた。

“叶わぬ願いならば、無理やりにでも叶えてしまえばいい。”
こんな奇跡もたまにはあるのだと、胸の奥でそっと思った。


Fin


「あとがき」
最近、新作を書いていなくて、書きたいなぁと思っていたので、何か頑張ってみた。何も考えずに、こういう話にしようとか決めずに書きました。もう、その時その時、思いつくままに書いていきましたが、まあまあ、いんじゃないでしょうか。

2005.7.25 希砂羅