「海へ」
後編




それぞれ2個ずつサンドイッチを食べ終えると、食器を片付けるために再び台所へ立った。
「海に来るのは、本当に久しぶりです」
「そうだな」
「来たくても来れない、が現実ですけど」
「仕方が無い。世界がお前を手放さない限りはな」
「まだ、わたくしは世界に求められているのでしょうか」
「弱気だな」
「たまにふっと、弱気になってしまうの」
「弱気になるのはいい。だが、俺以外の人間にその弱気を見せるな」
「・・・何故です?」
彼女は不思議そうに俺を見る。
「・・・・・・」
答えられなくて黙り込む。
「ヒイロ?」
「・・・わからないなら、いい」
それだけ言って台所を離れる。
「教えてくださいっ、ヒイロ」
彼女が俺を追いかけてくる。
背を向けたまま、足を止める。
「俺だけが、知っていればいい」
「ヒイロ・・・」
彼女の手が伸びたかと思うと、その手が俺の胸に触れる。
彼女は俺の背に顔を埋め、俺を背中から抱きしめた。
「・・・約束します」
「ああ・・・」
彼女はそっと体を離すと
「着替えてきますね」
着替えの入った鞄を手に、奥の部屋へ入っていった。
彼女の水着姿・・・。
今まで想像したこともなかった。
彼女と海へ訪れるのは決して初めてではなかった。
だが、泳ぐことを目的に海に来たのは今回が初めてだった。
しばらくして、カチャリとドアの開く音がした。
振り返ると、水着の上にパーカーを来た彼女が立っていた。
恥ずかしそうに前を少し隠している。
「・・・着替えてきました」
「あ、ああ・・・」
思わず見入ってしまう。
白い肌が惜しみも無く晒されている。
ビキニ、とまではいかないが、上と下が分かれているので、露出はまあまあだった。
しばらく彼女はパーカーの前を手で押さえていたが、そっとパーカーを脱いだ。
しなやかな肢体が目の前に晒される。
上は三角の形で胸を多い、下は短いフレアスカートのようなっている。
水色の生地に青い星が散りばめられている。
彼女の白い肌に良く合っていた。
彼女に見立てたというドロシーとヒルデはなかなか良い趣味をしている。
なんてことを思ってしまった。
「あの・・・、似合いませんか?」
しばらく黙って見詰めていたためだろう、彼女が不安そうに俺を見る。
「あ・・・いや、良く似合っている」
素直な言葉を言うと、彼女はほっと胸を撫で下ろし、笑顔を見せる。
“やっぱり、誰にも邪魔されずにあなたと過ごすのは難しそうですね”
ふと、車で交わした彼女との会話を思い出す。
まだ比較的新しい近くの別荘の前に車が止まっていた。
つまりは、俺たちの他に海へ来た人間がいるということだ。
それは、俺以外の人間も彼女のこの姿を見ることを意味する。
たとえ、彼女が外務次官でなかったとしても、反応は変わらないだろう。
ここまで美貌を晒され、黙って見ている男がいるわけがない。
「どうしたのですか?ヒイロ。また黙り込んで・・・」
いぶかしむ彼女の腕を掴み、引き寄せる。
「ヒイロ・・・?」
“感情のままに生きることが、正しい生き方だ”
こんな時にばかり、あの男の言葉を思い出す。
感情のまま・・・か。
では、そうしようか・・・?
「すまない・・・」
小さくつぶやいて彼女の体を抱き上げた。
「ヒイロ!?」
当然、彼女は驚いて俺にしがみつく。
「どうしたんですか?」
「寝室はどこだ?」
「え?左のドアです・・・けど?」
素直に答えてしまう彼女に苦笑しつつ、左のドアを開ける。
ダブルベッドが真ん中にあった。
そのベッドに彼女を下ろす。
「あの・・・ヒイロ・・・。まさか・・・」
少し怯えた彼女の唇を塞ぐ。
「んっ・・・」
軽く口付けて離すと、彼女は瞳を潤ませ、俺を見上げる。
「嫌か・・・」
「え?」
「嫌なら、やめる。お前を傷つけるつもりはない」
「・・・ずるいわ、わたくしに選ばせるなんて。あなたが仕掛けたことでしょう?責任をとって頂戴」
「リリーナ・・・」
彼女の頬を両手で包み、彼女の唇へ唇を近づけると、彼女はそっと目を閉じた・・・。


夜の海は静かだった。
目覚めた彼女を外へ連れ出し、夜の海を彼女と歩く。
月明かりと星だけで照らされた海が、風に波を立たせる度にキラキラと光った。
繋いだ手。
「静かですね・・・」
空いた手で彼女が風になびく髪をそっと押さえる。
「ああ・・・」
「夜の海を歩くのは初めてです」
「そうか・・・」
「どうしたの?元気が無いですわ」
彼女が俺の顔を覗き込む。
「・・・本当は泳ぎたかったのだろう?」
「・・・そうですよ。せっかく水着だって買ったのに」
彼女が軽く頬を膨らます。
「すまなかった」
「いやだ、真面目に謝らないでください。それに、もう二度と海へ来れないわけではないでしょう?来年もぜひ、連れてきてくださいます?」
「ああ」
「その時はぜひ、泳ぎましょうね。また、新しい水着を用意するわ」
彼女の言葉に複雑な気持ちになる。
今日の二の舞になったらどうするのだろうか?
あの時、俺が何を思ったか、彼女はきっと気付いていない。
「泳げなかったけど、こうしてあなたと手を繋いで海を歩けたけでも、十分に幸せです」
「リリーナ・・・」
「幸せです」
彼女はもう一度囁くと、足を止めて俺を見上げた。
「ヒイロは・・・?」
彼女が遠慮がちに問い掛ける。
「あなたも、幸せだと、感じてくださいます?」
「ああ・・・」
頷くと、彼女は安心したように笑顔を見せた。
“幸せ”と、彼女は言う。
俺と、いることが。
それがどんなに俺の心を満たしたか、どうすれば彼女に伝わるだろうか?
「リリーナ」
「はい・・・」
「これからも、よろしく頼む」
俺の言葉に彼女は少し目を丸くした後、はい・・・と微笑んだ。
「わたくしからもお願いします。これからもずっと、よろしくお願いします」
「ああ・・・」
彼女を抱きしめる。
月明かりと星空が二人を優しく包む。
静かに響く波の音。
心地よく胸に響いて、満たしていく。
それはまるで、二人の愛を祝福しているように優しい音を奏でる。
瞳に互いだけを映して、今だけは二人の世界。
それがどんなに幸せか。
二人は思い知る。
瞳に互いだけを映して・・・。

Fin

「あとがき」
キリ番、6666番を踏んでくださいました、vanity様に捧げます。
リクエスト内容は、「設定は恋人時代。休暇で海沿いのリゾートに来た二人リリーナは泳ぎたくて(せっかく用意した水着をヒイロに見せたくて)、しかしヒイロはリリーナの水着姿を人に見せたくなくて…。そこでベッドで実力行使!」でした。
難しかったです。何となくはわかるんだけど、それをどう形にしようかな・・・と。でも、vanity様がヒイロというキャラをどう捉えていらっしゃるかを知ることが出来た時から、書きやすくなりました。やっぱり、同じファンであっても、そのキャラの捉え方って多少違うと思うんです。ので、それを把握できれば、そのヒイロを目指せばいいので、楽にはなりました。内容が内容なだけに、「狼ヒイロ」になるかと思ったんですが、「優しい狼」になりました・・・。ラブラブやね。
で、今回一番悩んだのは・・・リリーナの水着・・・。どんなに頭をフル回転させてもいいものが思いつかなかったので、ネット通販で紹介されていたものの中からリリーナに似合いそうなものを選びました。でも、それを言葉で表現するって難しいねっ。
 Vanity様、リクエストをありがとうございましたっ!

2005.7.31 希砂羅