The Time Of The Sweetheart

エピソード;00 彼女の知らない場所で



覚悟は決めた。
それは、彼女を知った時から決めていたこと。
心には逆らえない。
この想いからは逃れられない。

期限まであと・・・2日。
依頼人はイライラした様子で俺へ電話を寄越す。
まだか?と。
まだ、“リリーナ・ドーリアンは殺せないのか”と。
知らないということは、幸せなことだ。
そんなことをふと思った。
自分がターゲットにされるなど、思いもしないのだろう。

暗闇。
怯えるターゲット。
銃口を構え、躊躇なく引き金を引く。
これで・・・良かった。
自分を納得させる。
全ては、彼女を手に入れるために・・・。



「来たか」
背中を向けた男は、それだけを言った。
相手が誰か分かっているかのように、警戒することなく振り返る。
相手は銃口を構えているというのに。
これが、“この世界”で生きるということか。
そんなことに妙に関心したりした。
「来ると思っていた」
男は微笑んだ。
「その銃以外に、大切なものが出来たか?」
「・・・ああ」
「そうか・・・」
男は満足そうに微笑む。
「いつか、お前に話したな。いつか、お前にも銃以外に大切なものが出来ると。あの時、お前はそんなことを言った俺を冷めた目で見返したがな」
男は目を細め、上着のポケットから取り出したタバコをくわえ、火をつけると上手そうに吸い、煙を吐き出した。
「・・・お前に任せる。お前の好きなようにしろ」
「そうさせてもらう」
もう一度、銃を構え直す。
男は恐れることなく、むしろ微笑んで、俺を見返す。
まるで、幸せそうに・・・。
なぜ、そんな顔を出来る・・・?
「殺せ。俺は逃げない。それでお前が幸せになれるんなら、俺は構わない。育てた子供に殺されるのも、悪くない」
「本当にそう思っているのか?」
「・・・ああ、思っている。・・・どうした、手が震えているぞ」
男は一歩、歩み寄ると、俺が構える銃口を手で掴み、自分の眉間に固定した。
「・・・引け。この引き金を引いた瞬間、お前は自由だ。後のことは気にするな、ザコは俺が始末しておいた。残っているのは俺だけだ」
「・・・なぜ、俺にそこまでする?」
「・・・自分の可愛い子供だからな」
「ふざけるな」
「ふざけちゃいない。それが親の役目だ」
「怖くないのか」
俺の言葉に、男はくくっと笑った。
「お前の口からそんな言葉が出るとはな。・・・お前も変わった。もう、俺の知っているお前じゃない。・・・さあ、目を閉じて10数えたら引き金を引け。安心しろ、逃げやしない」
もう一度男を見る。
男は頷いた。
促すように。
・・・目を閉じた。
10数える。
「・・・さよなら、ジョイ」
・・・引き金を引く。
重い音を立て、弾が飛び出す。
最後まで目は開けなかった。
いや、見れなかった。
振り切るように背を向け、歩き出す。
「さよなら・・・ジョイ」
最後に、もう一度つぶやいて。


「あとがき」
この話は、間に入れるかどうか悩みました。はじめは間に入れていたんですが、「エピソード」として置くのもいいな、と思い、話を完結させた後で置くことにしました。短いけども、内容的には重いかな、と思います。書き始めたときはここまで重い話(自分の中では重いです)になるとは思わなくて・・・。でも、こういう話も好きなので、よかったかなぁとも思います。
無事完結できて、良かったです。

2005.7.8 希砂羅