The Time Of The Sweetheart

Time;6 愛しい人



彼女と別れて1ヶ月。
最初の1週間は自己嫌悪と罪悪感で何もする気にならなかった。
けれど、あの時悟ってしまった。
彼女が「怖い・・・」と漏らしたその瞬間に。
自分から「人殺し」の仮面を剥がすことは皆無なのだと。
体に染み込んでしまった、人殺しとしての日常。
それを簡単に無くすことなど出来はしない。
たとえ、彼女がありのままの俺を受け入れてくれたとしても、この先、誰も殺さずに生きられるほど、俺は出来た人間ではないのだ。
それは、洗脳にも似ていた。
幼い頃から銃を持ち、人が殺されるのを嫌というほどに見てきた。
今さら、真っ当な人間になど、なれはしない。
こんな、悪魔のような人間が、彼女の隣になどいられるはずもない。


 彼は、誰だったのだろう。
そんなことを考える。
あの2週間は、確かに存在したはずなのに、まるで、幻のように彼は世間から姿を消してしまった。

「彼の所在は、まだ・・・?」
幼い頃から彼女の家に仕えている運転手兼執事のパーガンに問う。
彼が姿を消した時から、彼の所在を確かめてほしいとお願いしていた。
「申し訳ありません」
パーガンでさえ見つけられないのね。
彼女は小さく吐息を漏らす。
「彼はやはり、我々とはある意味違う人種の生き物なのでしょうか」
パーガンが思わず漏らした言葉に、リリーナは薄く微笑んだ。
「・・・彼は、自らその仮面を被っているの。・・・生きていくために・・・」
パーガンはリリーナの言葉を静かに聞くと、自らの心に誓う。
お嬢様のためにも、何としても彼を見つけなければと。
「引き続き、捜索を続けます」
頭を下げて下がろうとしたパーガンを、もしも・・・と小さな声で引き止める。
「もし、彼を見つけても、彼が・・・わたくしに会いたくないとおっしゃったら、その時は、あきらめます」
「よろしいのですか?」
「彼に迷惑をかけたくないの。会いたいけれど、彼の心を無視することは罪に値します」
「・・・お嬢様」
どこまでも聡明な彼女にパーガンは心を打たれる。
「かしこまりました」
パーガンはその一言しか言えず、歯がゆい思いで頭を下げて部屋を出て行った。
自分で言って悲しくなった。
“彼がわたくしに会いたくないと言ったら・・・?”
“あきらめる・・・”
自分に出来るだろうか。
彼を忘れることが・・・出来るだろうか。
あの時の口付けを、忘れることが出来るだろうか。
今でも唇に触れると、あの時の彼の唇の感触が蘇る。
じわりと涙が滲む。
わたくしは・・・彼を傷つけてしまった・・・?
わたくしが、彼を遠ざけてしまったのだろうか。
怖いと思った・・・。
人を平気で殺せてしまう彼が。
けれど、それは一瞬で・・・。
今なら、彼の全てを受け入れる覚悟があるのに。
もう、今更遅いのだろうか。
もう、戻れないのだろうか。


彼女が泣いている・・・。
俺のことを思って・・・?
そんなことを思う自分は自惚れているのだろうか。
彼女を守ろうとして自分がしてしまったことは、結果、彼女を傷つけてしまった。
こんなつもりではなかった。
結局、人殺しは人殺しでしかありえないのだろうか。
自分は人殺しなのだと開き直る自分と、そうではいたくない自分と。
二つの自分がいる。
葛藤する想い。
彼女へ感じた想いは、決して偽りではなかったと思いたいのに。
なぜ、こんなに戸惑うのか。
彼女に触れたいと、この手が伸びて。
扉一枚先に彼女がいる。
けれど、その扉をノック出来ない自分。


振り返る。
彼の気配がした・・・ように思ったのは気のせいだったろうか。
会いたい・・・。


手が震える。
扉へ伸ばした手が。
会いたい・・・と。


勇気を出そうか、もう一度。
あの時、彼と口付けを交わした、あの時のように。
どきどきとうるさいくらいに鼓動が胸を打つ。
その鼓動が自分を後押しする。
その手を伸ばせと。
その足を踏み出せと。
体は心に逆らえない。
この想いの強さに、嬉しささえ感じる。


ノックをしようと扉に手が触れると同時に、その扉は開いた。
彼女がいた。
息を呑む。
彼女も息を呑むのが分かった。
互いに立ち尽くし、互いを穴が開くほどに見つめる。
「ヒイロ・・」
「リリーナ・・・」
「やっぱり、あなたでしたのね」
「なぜ、わかった?」
「予感がして・・・。あなたの気配が・・・」
彼女が微笑む。
「・・・自分にはお前に会う資格はないと、思ったのだが・・・」
彼女の顔を直視できず、顔を反らす。
「そうですね。確かに、そうだわ。わたくしの心を盗んだまま、あなたは姿を消してしまった。大罪だわ」
彼女の言葉に思わず顔を上げると、くすっと彼女がいたずらっぽく瞳を揺らした。
「・・・わたくしが、あなたを裁くわ」
「お前が・・・?」
「こちらへ来なさい、ヒイロ」
彼女は扉を少し大きく開けて、俺を招き入れる。
言われるまま中に入ると
「扉を閉めて」
彼女の言葉に従い、扉を閉める。
彼女と向き合った、まさにその時。
彼女の手がこちらへ伸びたかと思うと・・・。
「会いたかったっ・・・」
彼女は真っ直ぐに俺の胸に飛び込んだ。
抱きつかれた勢いでドアへ背をつき、彼女の体を受け止める。
目を閉じて、彼女を抱きしめる。
「ああ・・・。俺もだ、リリーナ・・・」
彼女の存在を、全身で感じる。
自分にとって、どれだけ彼女が大きな存在であるか、思い知らされる。
少し腕の力を緩めると、彼女は体を少し離し、俺を見つめた。
彼女は微笑むと、目を閉じてその淡く色づく唇を俺の唇に重ねた。
それは、彼女からの初めての口付け。
「これからも、側にいて・・・」
唇を離し、彼女が囁く。
「それが、わたくしがあなたに下す判決です」
「・・・了解した」


人は人を愛し、自分を愛す。
人を愛せるのなら、自分も愛せると。
それは、彼女が教えてくれた。
彼女を愛する自分が、愛しい。

「愛しています」
彼女は微笑み、俺を優しく束縛した。

Fin


外伝

「あとがき」
完結、です!!
終わったよ〜。約1年半ほどかかってしまいました・・・。空白時間が長かっただけなんですけどね。まあ、書けなかった、ということだけなんですけど。
最後はやっぱり、な終わり方でしたけど、自分の中ではやっぱり、こういうラブな終わり方が一番すっきりします。心が潤う。
お疲れ様、自分!!

2005.7.8 希砂羅