5555番を踏んでいただきました、望月さまに……

「膝まくら」



隣に並んで座った彼の頭が、コツンと肩に触れる。
驚いて振り返ると、そこには彼の寝顔があった。
鋭い眼光は、今は瞼の下に隠れ、長い睫毛が影を落とす。
彼の寝顔をまじまじと見つめてしまう。
こんなに至近距離で彼の寝顔を見たのは出会ってから初めてのこと。
だから、どきどきしてしまう。
彼がわたくしに心を許してくれているのだと、感じられる。
そんな些細なことで幸せと思ってしまう。
心が温かくなる。

「ヒイロ・・・?」
小さく問いかけてみる。
目覚める気配は無く、聞こえるのは静かで穏やかに繰り返される寝息。
どうせなら・・・と、彼の頭をそっと自分の膝の上へ。
途端に彼の瞼がぴくりと動いた。
目覚めてしまうだろうか?
どきどきと彼の顔を見つめた。
けれど、彼はまた眠りの中へ・・・。
どんな夢を見ているのだろう?
彼の髪を優しく撫でる。
こんな風に、起きている時も甘えてくれたらいいのにと、ふっと思ってしまう。
カーテンの隙間から差し込む、甘い木漏れ日に、いつしかわたくしもまどろんでしまう。
こんなにも静かな時間を彼と過ごすのは、初めてだろうか。
周りの世界から切り離され、今、ここに彼とわたくしの二人きり。
そう思うと、不思議な気がした。
彼は、変わったのだろうか。
彼の髪を時々撫でながら、彼の寝顔を見つめる。
あの戦いが無ければ、わたくしは何も知らない、普通のお金持ちのお嬢様で、彼と出会うこともなかったのかもしれない。
彼と出会わなかったら・・・?
あの戦いが無かったら・・・?
不謹慎かもしれないけれど、それを思うと、ひどく寂しい。
彼と出会えて良かったと、今、この時を幸せと感じるのだから。


髪を撫でる彼女の細い指がくすぐったい。
彼女の手によって自分の頭が彼女の肩から膝へと移された時に目が覚めた。
動けない。
彼女は俺が寝ていると思っているから。
ここで目を開くのは、彼女を驚かせるだけだ。
そんなことを思うのは変だろうか。
誰かに、こんな風に体を委ねて眠るのは、初めてのことだった。
彼女が初めて。
普通なら、全身に神経を巡らせ、警戒してしまう。
けれど、それが無いのは、自分が彼女に心を許しているからだろうか?
いつしか気付いた、彼女が側にいると安心している自分に。
側にいないことがひどく不安になってしまう自分に。
俺は変わったのだろうか。
俺を兵器に変えたあの戦いを、恨んではいない。
兵器にならなければ、生きられなかった。
いや、死ぬことはいつでも出来た。
けれど、俺は彼女と出会ってしまった。
俺にとって、未知の人間、絶対的な人間に。
俺を変えたのは、彼女だったのか・・・?
今更ながら、そんなことに気付く。
彼女の膝の上。
動けないまま、そんなことに気付いてしまった自分に驚く。
気付いたら、安心した。
彼女がここにいるのなら、それでいいと。
このぬくもりを失いたくないと。
そんなことをひどく思った。
それは、自分でも驚くほどに、俺の中で目覚めた強い思い。

「ヒイロ・・・?」
彼女が小さく問いかける。
彼女が顔を覗き込んだせいで、俺の顔は影になった。
そろそろ、目覚めようか?
そっと、ゆっくりと目を開ける。
少し驚いた彼女が、けれど、次の瞬間には微笑んで、そこにいた。
「眠れましたか・・・?」
俺の頭はまだ彼女の膝の上。
「ああ・・・」
小さく頷いて、頬をくすぐる彼女の髪の先に手で触れる。
「いい夢は見られましたか?」
「・・・ああ」
「良かった・・・」
彼女は華やいだ微笑を浮かべる。
「眠りたい時は言ってください。いつでも、この膝をお貸ししますわ」
「タダで・・・?」
「えっ・・・。それは、もちろん」
「それでは、俺の気が済まない」
「でも・・・。では、どうしましょう?」
「これでいい・・・」
彼女の後頭部に手を回し、自分の顔に引き寄せる。
触れる、彼女の柔らかな唇。
彼女の後頭部に置いていた手を離した時、彼女はその顔を真っ赤に染め、恥ずかしそうにはにかんだ。
「・・・ヒイロ」
彼女が甘く囁くので、俺の理性は脆くも崩れる。
彼女が俺の仮面を剥がすのは、とても簡単で。
ただ、その唇で、俺を呼べばいい。
それだけで、俺の心は満たされる。
乾いた大地に水が染み込むように。
人に心を許すということは、甘えるということは、こんなにも人の心を満たすものなのか。

これは、彼女の微笑みが甘い木漏れ日に揺れる、穏やかな午後に起きた、俺の中の小さくて大きな事件だった。



Fin


「あとがき」
キリ番、5555番を踏んでいただきました、望月さまに捧げます。
リクエスト内容は、「リリーナに甘え気味のヒイロ」でした。リクエストをいただいてから書き出すまでにあまり時間はかからず、割とスラスラと書けたので、良かったです。書いて思ったことは、「ヒイロが安心して眠れる場所=リリーナの側」なんだろうなぁと。書き終わり、「うーん、甘いかなぁ」と少し不安だったのですが、喜んでいただけたので一安心しました。
望月さま、リクエストをありがとうございました!!

2005.6.23 希砂羅