「新婚サバイバル〜星空の奇跡〜」

前編





これは、ヒイロとリリーナが結婚して初めて2人が旅行した時の・・・つまりは、新婚旅行の手記である。


「支度は出来たか?」
上着を羽織ながら、ヒイロがリリーナに問いかける。
リリーナは大きな旅行鞄を開き、真剣な顔で中を覗き込んでいる。
「もう少し待ってください。忘れ物が無いか、もう一度確認するわ」
「たった3日間の旅行だ。そんなに重装備にする必要はないだろう」
「だって、ホテルに泊まるわけではないんです。何があるか分からないでしょう?」
彼女が真剣な眼差しでこちらを見つめる。
「好きにしろ」
ヒイロはやれやれとため息をつき、側にあるソファに腰を下ろした。

式を挙げてから1週間。
この旅行はヒイロが言い出した。
リリーナは「普通の新婚らしい旅行」をしたかったらしいが、ヒイロは「そんなのはつまらない」と一括し、勝手に計画を練った。
結婚して間もない今、些細なことで喧嘩をしたくないと思ったのか、リリーナは「あなたの好きにして」と半分あきれて承諾した。
そして、今日がその旅行の出発の日なのだが・・・。
旅行の話が出てすぐに準備を始めたものの、性格なのか、それとも今回の旅行の内容によるためか、リリーナはあれもこれもと必要以上の物を鞄に詰め込んでいた。
それはいる、これはいらない、と半分喧嘩のような状態で荷物を詰め終えたのだが。
「・・・まだか?」
しびれを切らしたヒイロが席を立つ。
「出来たわっ」
彼女が笑顔で顔を上げる。
ようやく納得のいく準備が出来たらしい。
「行くぞ」
ヒイロがパンパンに物の詰まった鞄を持ち上げる。
重い・・・。
ヒイロは顔をしかめつつ、歩き出す。
「あ、待ってください、ヒイロ」
リリーナは慌ててヒイロを追いかける。
リリーナが車に乗り込むと、ヒイロは車を発進させた。
2人の、初めての2人きりでの旅行(新婚旅行)の始まりである。


さて、今回の旅行の内容であるが、この草原で自然と触れ合いながら、自炊をし、野宿(正確には車の中)をし・・・という、まさにアウトドアな内容なのである。
リリーナが呆れるのも無理もない。
どこに新婚旅行でアウトドアをする人がいるであろうか。
この時点では、リリーナはまだ知らない。
ヒイロがこの旅行を選んだ本当の目的を。

車を走らせて3時間。
辿り着いたのは何も無い原っぱ。
それは、リリーナが想像していたよりも、本当に何も無い草原だった。
こんな所が、まだあったのね。
車から降り、リリーナは辺りを見回す。
さて、リリーナの今回の服装であるが、開襟シャツにベストを羽織り、下はキュロットを履き、ハイソックスに運動靴という何とも動きやすい服装である。
旅行の内容が内容なだけに、動きやすい服装がベストである、というわけで、スカートなど履くわけにもいかず、何ともアウトドアに相応しい服装にならざるを得なかった。
当然、今までアウトドアなど経験をしたことのないリリーナがそんな服装を持っているわけもなく、今日のために一式揃えたのである。

ところで、今回の旅行でリリーナが不安なことがひとつあった。
それは、食事である。
当然、食事の出来るレストランがこんな草原にあるわけもなく、自分たちで自炊をせざるを得ない。
お嬢様育ちのリリーナに料理が出来るのか・・・?
答えは・・・NOである。
生まれて一度も自分で料理などしたことのないリリーナ。
では、ヒイロはどうだろうか?
リリーナは今回の旅行が決まってから、ヒイロに尋ねた。
彼の答えは簡単だった。
「出来る。今まで、色々と修羅場をくぐり抜けて来たからな。生きるためには自分で食料を調達し、調理するしかなかった。生で食べられるものばかりではないからな」
「そうですよね・・・」
彼の返事に落ち込むリリーナ。
彼から結婚を申し込まれたとほぼ同時に、リリーナは料理を習い始めた。
家庭で作る料理は何とか(時間は人の倍かかるものの)作れるようにはなった。
しかし、台所も流しも冷蔵庫も無いこの状況で、料理をすることなど自分には出来ない。
すっかり落ち込んでしまったリリーナに、ヒイロは慰めの言葉を探した。
「俺がやるのを見て学べ」
ヒイロにしては優しく言ったつもりだったが、リリーナにはいささかショックだったらしい。
そんなリリーナに気付かないヒイロは、さらに追い討ちをかける。
「大丈夫だ、そんなに難しいことではない」
普通の料理でさえ、普通の人よりも覚えるのに時間のかかったリリーナである。
それを、この短期間で学べと・・・?
半分、顔を蒼白にしたリリーナは眩暈を覚えた。
「安心しろ。狩りをするわけではない。旅行の間の食料は準備してきた。獲るとしても、せいぜい魚くらいだ」
「・・・サバイバルですわ」
ごくり、とリリーナが唾を飲み込む。
新婚旅行ですのよ・・・?
リリーナが恨めしげにヒイロの横顔を見る。
そんなリリーナをよそに、ヒイロはさっさと車から、今から食べる食事を作る道具の用意を取り出し、準備し始めた。
「道具を組み立てたら、魚を獲ってこよう。夜に出かけるのは危険だからな」
話をしながら、ヒイロは手を止めない。
手際よく道具を準備し始める。
「さて・・・」
と道具を組み立て終えたヒイロがようやくリリーナを見る。
リリーナは車に背をもたれ、ふてくされたようにそっぽを向いていた。
「どうした?リリーナ」
「・・・こんなの、全然、新婚旅行らしくありませんわ」
「・・・・・・」
「わたくしは、普通の新婚旅行が良かったです」
「普通・・・?」
「ホテルのスイートで、甘い時間を・・・」
そう言うリリーナの頬が赤く染まる。
「そうか・・・。すまなかったな。だが、これだけは言っておく。俺は決して、ただここにサバイバルをしに来ただけではない。別の目的がある」
「別の目的・・・?」
リリーナが初めてヒイロを見つめる。
「今から魚を獲りにいく。お前はどうする?嫌なら車の中で待っていてもいいぞ」
「い、行きますっ」
こんな所で一人にされるのは嫌だった。
「行くぞ」
ヒイロが大した道具もなく歩き出す。
手に持っているのはバケツぐらいで、魚を捕る釣竿も持っていない。
「あの、ヒイロ。魚を獲るのなら、釣竿が・・・」
「いらない。この手で充分だ」
ヒイロが手をかざす。
「・・・あなた、らしいですね」
リリーナは微笑み、ヒイロの背中を追いかけた。



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