「新婚サバイバル〜星空の奇跡〜」
後編






魚を捕った川を越えると、小さな森があった。
その木陰で少し休憩した後、森を抜けると、そこには大きな湖が広がっていた。
太陽の光が反射し、湖の真ん中に虹の橋が架かっていた。
「きれい・・・」
「ああ」
「ここはあなたのお気に入り?」
「・・・ああ。よく分かったな」
「あなたの顔を見れば分かります」
「雨上がりは特に好きだった。霧が出て、もっと大きな虹が出る」
「そう・・・。とてもきれいでしょうね」
「ああ」
二人は並んだまま、しばらくの間、黙って湖を見つめていた。
心地よい沈黙。
心地よい空気。
「そろそろ戻ろう。日が暮れると気温がぐっと下がるからな」
「そうですね」
少しずつ会話を交わしながら、2人は来た道を引き返し、車まで戻る頃には、夕日が傾きかけていた。
「疲れたか?」
「大丈夫です」
「だが、慣れない所で疲れただろう。少し休んだ方がいい」
「大丈夫ですってば。今から夕食の支度をするのでしょう?わたくしも手伝います。何を作るのです?」
「・・・わかった。まず、昼間に捕った魚を焼いて、家から持ってきた野菜でスープを作る。野菜を切るのを手伝ってもらっていいか?」
「はいっ」
リリーナは嬉しそうに頷くと、ヒイロに渡されたジャガイモと包丁を手に取り、皮を剥き始めた。
「包丁さばきも、だいぶ慣れてきたでしょう?わたくし」
「ああ・・・。だが、気を抜くと指を切るぞ」
「大丈夫です」
リリーナは真剣な顔で、ジャガイモの皮を剥いていく。
リリーナがジャガイモの皮を剥く間、ヒイロは中くらいの石を川原から集めて来て、手作りの釜のような物を作り始めた。
真ん中に空洞を空けた状態で、石を並べる。
その真ん中に枯れ葉や紙を燃やし、火を作る。
そこに鍋を置けば、キッチンで言うコンロのような感じになる。
後は火を付けて、材料と水を入れた鍋を置くだけ、という段階まで済ませた。
さて、リリーナは大丈夫だろうか?
リリーナは汗を浮かべながら必死に野菜の皮を剥いていた。
「手伝ってもいいか?」
「え?」
「別に、お前の邪魔をするわけじゃない。他の野菜も切らなければいけないからな。一人では大変だ」
「そうですね。お願いします」
「ああ」
ヒイロは人参を手に取ると、スルスルと器用に皮を剥いていく。
その素早さに、リリーナはウッとなりながらも、負けてはいられない、と自分も皮むきに集中する。
20分程かけて、用意したジャガイモ、人参、玉ねぎの皮を剥いて、それぞれを適当な形に切る。
「後は、これを鍋に入れて水と煮るだけですか?」
「ああ。簡単だが、上手いぞ。味付けは固形のコンソメだがな」
「おいしそうですね」
リリーナはわくわくしながら鍋を覗き込む。
「魚を焼こう」
ヒイロが別に用意した焚き火の周りに串に刺した魚を並べる。
その周りに、2人は腰を下ろす。
「ここへ来ると、いつも魚を焼いて、スープを作るの?」
「簡単だからな。魚は川で取れるし、野菜はくずをもらえばタタで済む」
「そうね・・・。でも、スープは温まるし、野菜の栄養もたっぷりだから、体にもいいわね」
「ああ・・・」
「わたくしね、ヒイロ。あなたがこの旅行を押し切った理由が、分かった気がします。野外で、手作りのコンロや焚き火で、スープを作って、魚を焼いて、なんてこと、ホテルでは決して味わえないことだもの。きっと、素敵な思い出になるわ」
「・・・そうか」
「これで、パーガンも安心して帰れますね」
リリーナの言葉に、ヒイロは驚いた顔でリリーナを見つめた。
「知っていたのか・・・」
「あなたより、パーガンとの付き合いはウンと長いのよ、わたくし。彼の空気ぐらいわかります」
「そうか・・・」
「心配してくださったのね。確かに、ここに来た時は、何もわからなかったから、どうなるのか不安でした。でも今は、すごく楽しいわ」
リリーナが笑顔で言うので、ヒイロは心の底から安心した。

コンソメを溶かしたスープで野菜が煮える頃、丁度魚も焼けた。
「おいしそう・・・」
「もういいだろう。器をくれ」
ヒイロがリリーナの側に置いてあるスープのカップを差す。
器を受け取ると、きれいな黄金色をした野菜のたっぷり入ったスープを注ぐ。
「熱いから気をつけろ」
「はい」
スープを一口飲むと、口の中に野菜の風味が一気に広がる。
「おいしい・・・。簡単なのに、こんなにおいしいなんて。家に帰ったら、今度は一人で作ってみてもいいですか?」
「ああ。楽しみにしている」
「はい」
リリーナは嬉しそうに、にっこりと笑った。
スープと焼き魚というシンプルな夕飯だったが、家にいては味わえない醍醐味に、リリーナの心は満たされた。
食事の片づけを終えると、2人は並んで座った。
外はすっかり暗くなり、目の前の焚き火が無ければ、周りは何も見えなかった。
本当に、ここで2人きりなのだと、リリーナは改めてそう思うと、どきどきした。
緊張しながら、隣に座るヒイロの横顔を伺う。
ヒイロがリリーナの視線に気付いて顔を振り向かせる。
「どうした・・・?」
「あ・・・いえ、何でも、ないです」
言葉に詰まってしまったリリーナに苦笑を浮かべると、ヒイロは夜空を仰いだ。
「星が・・・」
「え?」
ヒイロの言葉に、リリーナも同じように空を仰いだ。
目の前に広がるのは、一面の星空。
「きれい・・・」
思わずため息が零れる。
「これを、この星空を、お前に見せたかった」
「わたくしに・・・?」
「こんな理由でこの旅行を押し切った俺に、呆れるか?」
「そんな・・・こと・・・ないわ。こんな綺麗な星空を見たのは、生まれて初めてです」
「そうか・・・。お前と結婚して、旅行の話をした時に、あの時に見たここの星空を思い出した。あの時と全然変わらないな・・・」
「ヒイロ・・・」
リリーナは手を伸ばし、ヒイロの手に自分の手を重ねた。
「あなたが好きだったこの星空を、一緒に見ることが出来て、とても嬉しい・・・。幸せです」
リリーナはそっとヒイロに寄り添い、その肩に自分の頭をそっと乗せた。
「リリーナ・・・」
その肩を、ヒイロはそっと抱き、リリーナの体を引き寄せた。
リリーナが顔を上げると、ヒイロはその頬に手を触れた。
リリーナは微笑むと、ヒイロの頭の後ろへ手を伸ばし、その顔を引き寄せた。
触れる唇と唇。
幾重にも瞬く星たちが、甘い口付けを交わす彼と彼女を優しく照らしていた。


 1日目で学習したのか、慣れたのか、残り2日間の旅行も、リリーナは苦にならずに過ごせた。
また、ヒイロが、自分が一番好きだった場所へ自分を連れて来てくれたことが嬉しかった。
「ヒイロ。今度、ここへ来るときは、わたくしたちの子供も一緒に連れて来ましょう。子供にも、ここの素敵な星空を見せてあげたい」
「ああ・・・。そうだな」
「素敵な旅行をありがとう、ヒイロ。とても、良い思い出になりました」
「これからだ・・・」
「え?」
「これから、もっと良い思い出を増やしてやる。ここで、お前に誓う」
「はい・・・。ヒイロ」
リリーナは嬉しそうに微笑んだ。

2人の未来はまだ始まったばかり。
この先、どんなことが待ち受けても、互いが一緒なら、きっと乗り越えて行けると。
2人は互いにそう感じた。

2人の物語はまだ始まったばかり・・・。




Fin

「あとがき」
キリ番5000を踏んでくださったvanity様に捧げます。
リクエスト内容は、「アウトドア(ピクニックやキャンプ等)でお願します。ヒイロはともかく、リリ様はアウトドアっぽい服はなさそうなのでどうするか?食事はヒイロがアウトドアクッキングするのか?リリ様のお手製のお弁当か?はたまた作れないリリ様に変わってパーガンが用意するのか?」でした。
うん、難しかったですね。アウトドアなんて、自分は中学生の時に学校でキャンプみたいなことした以来ですから。それに、ほとんど興味のない分野でして・・・。ので、もう、本当に想像だけで書きました。変な文章があってもご了承ください。
リクエストをいただいた時は、普通にデートでキャンプ?みたいなことにしようかなーと思ったんですが、少しして、新婚旅行でアウトドアってどうよっ、みたいに思いつきまして、したら何となく書けてきて・・・。でも、スラスラとは進まず、夜なんか特に仕事で疲れて頭が回りませんから、ほとんど出勤前に書いてましたね。でも、出勤前って、「あと何分しかない〜」で、ジレンマが結構ありましたけど・・・。
ええ、そんなこんなで、苦労の末に書きあがりました。一杯一杯です・・・。
vanity様、リクエストをありがとうございました!!

2005.6.19 希砂羅