「忘却よりも愛を」



手を伸ばす。
瞳を隠すように伸びた前髪を指でそっと払うと、彼は少し戸惑いを見せた。
泣いているようにも見えた。
「ヒイロ・・・?」
「・・・・・・」
ヒイロは自分の反応に、自分でも驚いたように、少し目を見開き、やがて、
そのまま顔ごと反らした。
誤魔化すように・・・。
けれど、初めて見てしまった。
彼があんな表情をするのを・・・。
彼はバツが悪そうに、不機嫌な手で落ちた前髪をくしゃりと握った。
また隠れる、彼の表情。
彼はまた仮面を被り、自分を偽る。
悲しかった。
一瞬でも見てしまった、素直な彼に、もう会えないかもしれない。
今を逃したら、また、離れてしまう・・・。
だから、しがみつくように、彼の襟元を伸ばした両手で掴んで、そのまま引き寄せた。
「っ!」
彼はふいを突かれたように、抵抗を見せなかった。
彼にしては、とても珍しい。
「わたくしを見て・・・ヒイロ・・・。わたくしの生きている姿を、あなたの心にとどめておいて。また、会える、その日まで。・・・永遠の別れには、したくはないから」
「・・・リリーナ」
嬉しかった。
どんな返事よりも嬉しかった。
彼の口から、わたくしの名前が出たことが。
「ありがとう・・・」
俯く彼の額に、口付けを落とす。
「今日のあなたを、わたくしは忘れないわ、決して。あなたの表情も、声も、全て、
記憶の中に留めておくわ。だから、あなたも・・・。わたくしを忘れないで」
彼が顔を上げる。
けれど、何も言わずに、目を伏せた。
わたくしも目を閉じ、彼の額にコツンと自分の額を重ねる。
「忘れないで・・・」

Fin




「あとがき」
うーん・・・。
何だろう・・・これ。もう少し続きを書くつもりでネタ帳に入れておいたのですが、どうも、これ以上、何も浮かばなかったので、Finにしてしまいました。
彼女が彼から離れるのか、それとも彼が彼女から離れるのか・・・。それは、書いた私にもかわらない・・・。

2004.9.5 希砂羅