「I miss you」後編



「ああ、アパートに着いて今お嬢さんを送り出したところだ。上手くいくかはわかんないけど、上手くいくといいな。本気でそう思ってるかって?何でそんなこと聞くんだよ。本気で思ってるさ」
思ってるさ・・・。
お嬢さんにはあいつしかいないんだから。
悔しいけどな。


彼が目の前にいる。
言葉が出ない。
どくどくと心臓が打つのが分かる。
数分の間、互いに無言のまま、見詰め合っていた。
驚いているのだろうか。
「・・・なぜ、ここがわかった?」
しばらくして、彼が口を開く。
「・・・親切な知人が教えてくださったの」
「・・・デュオたちか?」
「ええ・・・」
「・・・仕方ない、入れ」
「いいの?」
「このまま突っ立っていてもらっても困るからな」
「そう・・・ね・・・」
そういうことか・・・。
ズキリと胸が痛む。
「そこのソファにでも掛けろ」
「ええ・・・」
側にあるソファに腰を下ろし、何となく、周りを見渡す。
一言で言ってしまえば、シンプルな部屋だ。
生活するのに必要最低限のものしか置いていない、という感じ。
「ここに来た目的は、何だ」
声に顔を向けると、彼が腕を組んで目の前に立っていた。
少し怒っているような、不機嫌な表情で。
「・・・理由を聞いていないから」
いろいろ考えて、ようやくそれだけを言う。
「理由?」
「別れの理由を」
「・・・なぜ、今更?あの時お前は理由も聞かず、YESと言っただろう?」
「そうよ。それをあなたは望んでいると思ったから。わたくしがあなたを繋ぎ止める理由は、もう無いと思ったから。でも・・・本当は引き止めたかった・・・と言ったら驚く?」
「・・・その理由は?引き止めたい理由は?」
「知りたいの?」
「・・・ああ」
「・・・あなたを好きだからよ」
「・・・・・・」
「理由はそれだけよ。たったそれだけ・・・。納得できない?」
「・・・俺は、もうお前の側にいてやれない」
ああ・・・やはり駄目なのか・・・。
ただ、好きだからという理由だけでは・・・。
「どう・・・して・・・?」
「俺という存在は、お前にとってマイナスでしかない」
「どういう意味で・・・」
「簡単な理由だ。“元ガンダムパイロット”。そんな俺がお前の側にいれば・・・」
彼が最後まで言う前に立ち上がった。
いつの間にか俯いていた彼が顔を上げて、少し驚いたような目で私を見る。
「まだ、そんなことに縛られているの・・・?」
「そんなことでは、ない。これは紛れも無い事実だ」
「ええ、そうね。その通りよ。だけど・・・。わたくしは、あなたがわたくしとの別れを選んだ理由は、あなたがようやく、その過去から自由になれたからだと思っていた・・・。でも、違ったのね・・・。あなたはまだ、自由ではなかったのね・・・」
「・・・わかったのなら、もう帰れ」
「嫌よ」
「何故だ・・・?」
「もう、嫌だからよ。あなたのいない毎日を過ごすのは・・・もう嫌なの。あなたの顔を見られないのも、声を聞けないのも、嫌なの・・・。苦しいの・・・」
「リリーナ・・・」
「わたくしを嫌いになったのなら、そうはっきりと言って」
「・・・・・・」
彼は苦痛を堪えるかのように顔を歪め、拳を握り締めた。
「俺は・・・」
「ヒイロ・・・っ!?」
ドスンッ。
視界が反転する。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
目の前に彼の顔。
視界の隅に天井が映る。
そこでようやく、彼にソファに押し倒されたのだと認識した。
「・・・お前は、危険だ・・・」
「危険・・・?」
どういう意味?
彼を見つめ返す。
彼は私を見つめずに、視線を反らしている。
「俺の理性を崩させる・・・」
「ヒイロ・・・」
「必死に・・・抑えてきた・・・。お前をこれ以上危険な目に合わせまいと・・・。
せっかく・・・決心したのに・・・」
「どうして?どうしていつも、そうやって一人で決めて、一人で苦しむの・・・?」
彼は傷ついていた・・・。
こんなにも・・・一人で・・・。
彼の傷に気づけなかった・・・。
別れの意味も聞かず、ただその事実に、悲しんでいただけ・・・。
「ヒイロ・・・。わたくしが側にいては駄目なの?あなたを苦しめてしまうだけ?」
「違う・・・。俺がお前を苦しめるんだ・・・」
「いいえ、わたくしは苦しんでなんていない。でも、あなたと別れたときは、苦しかった・・・。あなたが側にいないから・・・」
「リリーナ・・・」
「側にいて、ヒイロ」
「・・・いいのか?」
「あなたに側にいてほしいの、ヒイロ。あなたに触れてほしいの。あなたの声を聞きたいの。あなたに名前を呼んでほしいの・・・」
「リリーナ・・・」
彼の手が、頬をそっと撫でた。
それだけで、涙が滲んだ。
けれど、涙がこぼれそうになるのを必死に我慢して、微笑んだ。
微笑みたかった。
微笑んでいたかった。
だけど・・・。
「無理に微笑もうとしなくていい」
彼の手が、再び頬をなぞる。
「ヒイロ・・・」
「あの時も、お前はそうやって微笑った。目に涙を浮かべて、微笑っていた。それを見て、あの時の俺は、少し落胆した。俺との別れは、お前にとっては対した意味はないのかと。だが、違ったのか・・・?お前もまた、俺と同じように自分を抑えていたのか?」
「・・・納得、しようとしたの。あなたを自由にしてあげたかった。世間からも、わたくしからも。もう、解放されるべきだと思った・・・。わたくしの側にいる限り、あなたは自由にはなれない。だから・・・。・・・同じことを思っていたのね、わたくしたち。それが互いのためだって、思って・・・。だけど、違った・・・?本当は、苦しいだけだった・・・?あなたも同じことを感じていた・・・?」
「・・・ああ」
「もっと早く、気づけばよかった・・・。でも、まだ、遅くないわ。まだ、引き返せる」
「リリーナ・・・」
「ヒイロ・・・」
彼の背に腕を伸ばし、抱きしめた。
自分の体を押し付けるように、強く。
彼を確かめるように。
彼の存在を自分に焼き付けるように。
「側にいて・・・ヒイロ・・・」
「・・・ああ」
彼の短い返事に、けれど、確かな返事に、安堵した。
良かった・・・。
「リリーナ」
名前を呼ばれ、少し腕を緩め、顔を上げると、彼の顔がすぐ側にあった。
息を感じられるほどに近く。
目を閉じる。
触れ合う唇が、熱い。
互いの熱が溶け、抑えていた涙が一気に溢れた。



腕時計で時間を確認する。
彼女が車を出て行ってちょうど1時間。
「タイムアウト・・・」
ついに彼女は戻ってこなかった。
分かっていたことではあるが、もしかしたら、と少し淡い期待を抱いていた。
上手くいかなければ良いと。
このまま壊れちまえばいいと。
「・・・俺の負け、か。あーあ、振られちまったな。今日はやけ酒かな・・・」
何て笑って、車のエンジンを掛ける。
「もう、手放すなよな」
そう小さく言い捨てるように言葉を吐いて。



 ソファでは狭すぎて、身動きできず、彼の手でベッドに運ばれる。
彼の手が肌に触れるたび、心臓が踊る。
緊張していた。
待ちわびた、恋焦がれていた彼の熱に。
名前を呼んで。
何度も。
彼の存在を確認するように。
彼の全てを、この心に、身体に刻んで。
今なら、彼の全てを受け入れられる。
そんな気がしていた。


いいのか?
これで良かったのか?
そんな問いが頭の中をぐるぐると巡っては俺を惑わす。
引き返すなら今だと。
今ならまだ間に合うと。
だが・・・。
ここで立ち止まっても、また俺は、同じ過ちを繰り返すような、そんな予感もまた、
俺の中に存在する。
この手を取らずにはいられない。
離したくない。
側にいたい。
触れていたい。
それが・・・俺の本心なのかもしれない。
気持ちを殺すのには慣れているはずなのに。
なぜ、彼女の前では迷うのだろう。
いつもの俺ではなくなる。
彼女が俺を求めるのなら、俺も素直に彼女を求めたい。
俺がそんなことを考える時が来るなんて、思いもしなかった。
思いがけない未来に、戸惑う。
自分で自分の道を決める時が来るとは。
これが本来の人間としての行き方なのかもしれない。
それを、今、俺がしようとしている。
ロボットだった俺が。
一人の人間として。
一人の男として。
愛する者を目の前にして。
そんな決断をしようとしている。


「ヒイロ・・・?」
彼女の手が、動きの止まった俺の頬に触れる。
「どうかした・・・の?やっぱり、嫌になりましたか?」
彼女の不安そうな瞳が濡れる。
「やっぱり・・・駄目なのですか?」
彼女がか細い声でつぶやく。
「わたくしでは・・・駄目なのですか?あなたの側に、わたくしは必要ない・・・?」
揺れる瞳。
頬に触れていた手が、ストンとシーツの上に落ちる。
何も答えない俺に、不安を宿した瞳はさらに揺れ動き、絶望が滲む。
そんな彼女をしばし眺めた後、俺は決断を下した。
これ以上迷う前に。
「リリーナ、よく聞け。俺は・・・お前を愛している」
「ヒイロ・・・」
戸惑うように揺れる瞳。
その瞳が、今度は俺を睨み付けた。
「ひどいわ、ヒイロ。何てひどい人・・・。わたくしの心を弄ぶなんて」
そう言われるだろうとは思った。
自分でもそう思う。
本当に、ひどい奴だ、俺は。
彼女の心を惑わせてばかりいる。
「今の告白は、真実・・・?それとも、嘘ですか?」
「お前は、どちらが良い?」
「っ!っもう!」
彼女の手が俺の胸を打った。
「本当にひどい人・・・。そんなこと、わたくしに選ばせるなんて」
「・・・すまない」
素直に謝ると、彼女は少し笑った。
泣きながら・・・。
「愛しているわ、ヒイロ」
「リリーナ・・・」
「愛してる・・・」
彼女の腕が伸び、俺を抱きしめる。
簡単なことだった。
俺たちに足りなかったのは、時間と言葉だ。
互いの想いを確認する時間と、互いに伝えるべき言葉。
“愛している”。
きっとその一言で良かったのだろう。
気づけば、何て簡単なことだったのかと、笑えてくる。
彼女を抱きしめる。
この腕に。
今。

「愛している・・・」


Fin


「あとがき」
うわーい。ようやく書き終わった・・・。書きながら、半分、絶望的な思いでした。
「ねえ、ボツにしちゃう?」と、頭に響く誘惑を何とかかわしながら、ゴールまで辿り着けました。書き始めたのはたぶん、1ヶ月前くらい?だと思うので、えらい時間がかかりましたね。
えー、むかーし、むかし、まだ若かった私は、今よりも想像力が豊かだったので、「デュオ×リリーナ×ヒイロ」という恐ろしい関係の話を書きました。その内容はもう、修羅場の嵐。あー、もう、えらいこった。って感じでした。読み返すのも恐ろしい内容です。当時の私はデュオが嫌いだったので、その「デュオ嫌い」が滲み出ております。はい、とことん、デュオが悪い男になっております。デュオファンが読んだら怒るだろうなってくらい。
 それに比べ今回は、何て優しい内容なの。今回のデュオは気の毒でしたが、「いい人」だ。。「失恋の傷跡」をヒルデに埋めてもらってください。

2004.7.19 希砂羅