『kiss』





「ねえ、ヒイロ」
本を読んでいる彼女が、本に目を落としたまま声を掛けてきた。
自分も彼女の向かいに座り、同じく本を読んでいた。
本から顔を上げ、彼女の次の言葉を待つ。
「男性の方って・・・どんな時にキスをしたくなるのかしら」
「・・・・・・」
「・・・この本の主人公の男性はね、“その人が好きだから・・・”って」
「・・・何が言いたい?」
「何って・・・。あなたはどうなのかしら?と思って・・・」
「また、つまらないことを考えているのか」
「つまらないことって・・・?」
小首を傾げる彼女に視線を反らしてため息をつく。
「・・・ヒイロ?質問には答えてくださらないのかしら」
「・・・・・・」
「あなたは、どんな時にキスをしたくなるの?」
質問の対象が“男性”から“あなた”(俺)に変わっている。
確信犯か、それとも、単に自覚が無いのか。
真っ直ぐに、無垢な表情で質問をぶつけてくる。
さて、何と答えたものか。
「お前は?」
答えに困った時は、質問をした相手にそのまま返す。
それが、逃げ道の一つ。
「わたく・・・し?」
彼女は赤い顔をして、困ったように俯いてしまった。
「わたくしは・・・。あなたが好きだから・・・です」
「・・・まあ、それが妥当な答えだろうな。俺もそんな感じだ」
短く答えて、再び本へ目を落とす。
「そんな感じって・・・。どんな感じですか。
はっきり言ってくださらないとわかりません」
俺の答えに不満を感じた彼女が、今度は怒り出す。
「・・・聞きたいのか?そんなに」
「はい」
「どうしてもか?」
「はい」
「・・・わかった」
立ち上がる。
彼女の側へ行き、彼女の腕を引いて立ち上がらせる。
そのまま手を腰へ回してぐいっと引き寄せた。
「ヒイロ・・・何を・・・」
唇同士が触れるぎりぎりで見つめ合う。
「何を?ここまでしておいてわからないのか?」
「う・・・」
彼女は顔を真っ赤にして固まってしまった。
「キス一つするのに、いちいち理由がいるのか?」
「・・・・・・」
「リリーナ?」
「・・・降参よ、ヒイロ」
彼女は小さくため息をつき、目を閉じた。
「・・・了解だ、リリーナ」
つぶやいて、彼女の唇をそっと塞いだ。

キスをしたい理由・・・そんなものは一つしかない。

“キスしたい”・・・から。

そんなものだ。


Fin


「あとがき」
えー、これは、すんなりとは書けませんでしたね。
キス・・・ですか。私は嫌いなんですが、まあ、愛情表現の一つなんですかねぇ。私はどうも・・・駄目だ。うっ・・・と顔をしかめてしまう。
書くのは平気なのにな・・・。

2004.3.22 希砂羅