『死と彼女と俺』




「殺して・・・ください」

彼女の声は、どこか乾いていた。
抑揚の無い、感情を欠いた声。
おそらく、そこにはいつもの微笑みは存在しないのだろう。

殺す・・・。
俺が・・・。
俺が彼女を・・・。
彼女を・・・殺す。
俺が・・・。

それは、いつまでも鳴り止まないシグナル。


彼女をここまで壊したのは、自分。


何も言わない俺に、彼女は悲しく笑う。

「約束・・・でしょ?」

「わたくしが、過ちを犯したならば・・・あなたが・・・殺してくれると・・・」

「あなたは・・・そう言ったわ」

笑うな。

そんな顔で笑うな。

「・・・逃げるな」
「・・・・・・・・」
壊れかけた彼女は、それでもキリッと俺を真っ直ぐに見詰めた。
変わらぬ瞳。
まだ、色褪せない。
まだ・・・今なら間に合う。
引き返せる。

「・・・確かに俺は、お前がもし過ちを犯したら、
間違った道へ進むようなことがあったなら、殺してやると・・・言った。
だが、それは最後の手段だ。何をしてもどうにもならなくなった場合だ」
「・・・詭弁ね」
「まだ、終わりじゃない。お前はまだ終わりじゃない。お前なら、もう一度引き返せる」
「・・・どうして・・・」
「・・・・・・」
「・・・どうして・・・そんなことを・・・言うの。どうして、こんな時だけ優しいの」
「どうして・・・だろうな」
「・・・・・・」
「それが、俺の弱さかもしれない」
「・・・弱さ・・・?
「お前が思うほど、俺は強くない」
「・・・ヒイロ・・・」
「・・・俺は、お前を殺さない」
「・・・どうしても、駄目、ですか?」
「・・・駄目だ」
「どうしても?」
「ああ・・・」
「どうしても駄目?」
「ああ・・・」
「本当に駄目?」
「本当に駄目だ」
「・・・駄目なの?」
くすくすと彼女は笑い出した。
「ヒイロって・・・頑固なのね」
「・・・お前ほどでは、ないがな」
「・・・・・・そうね」
彼女は静かに微笑んだ。
「・・・いつも、思っていたことよ。あなたの言葉が頭から消えることはなかった。
自分が間違った道を進んだら、あなたが助けてくれる、殺してくれる。
そう思って・・・いたわ。それは・・・甘えなのね」
「・・・甘えが良くないと、一概には言えないがな」
「だったら・・・あなたもわたくしに甘えてくださる?」
「・・・・・・」
「どうかしら?ヒイロ・・・?」
「答えは・・・」
「答えは?」
「・・・保留にしておいてくれ」
「了解よ、ヒイロ。保留が解除されるのを、楽しみに待っていることにします」
「・・・ああ」
頷いて、彼女へ手を伸ばす。
彼女の頭へ手を置き、そっと撫でる。
え?
と彼女は目を瞬く。
「・・・・・・れる」
口の中でそっと呟き、彼女の元から立ち去った。


「ヒイロ!」
背を向けて間もなく、彼女が呼ぶ。
足を止め、振り返る。
「ありがとう」
彼女は微笑み、手を振る。
それに視線で返し、再び歩き始める。


“過ちは繰り返される”

そんな戯言を鼻で笑う。

“過ち”は忘れなければ、繰り返されることはない。

きっと・・・。

彼女へ囁いた言葉は、自分自身へと向けた言葉であるのかもしれない。


“今のお前なら引き返せる”


Fin


「あとがき」
題名を見て、お?と思った人が、どれくらいいるでしょう。全然いないかな。えー、私の好きな漫画の題名からパクリました。漫画の正式な題名は「死と彼女とぼく」です。知ってます?
えー、今回の話はですね、「全てを失う前にあなたを殺します」という言葉がぱっと閃いたことが始まりでして。まあ、結局はこの一文は使えなかったんですが。本当は、ヒイリリの小説ではなく、ポエムにしようかと考えたんですが、何も書けず、いつものごとく放置しておりまして。で、朝、ぼーとこの一文を眺めていた時に、ふっとストーリーらしきものが浮かびまして。書いてみました。
 “過ちは繰り返される”・・・重い言葉です。私は情けないことに繰り返しっぱなしです。周りの皆様、毎度大変ご迷惑をおかけしております。

2004.3.18 希砂羅