「冬爛漫 恋爛漫 愛爛漫」

冬の雨。
真っ白な空から静かに透明な雫が落ちてくる。

零れた白い吐息が冷たく雨に溶けてゆく。

さきほどまでの雪が雨に変わり、降り積もった雪を溶かしてゆく。
まるで魅せられたかのように、リリーナがその様子をテラスから飽きずに眺めていると、ふいに肩を抱かれる。

「風邪をひく」
肩を抱く声の主を見上げる。
「ヒイロ・・・。もう少しだけ、見ていたいわ」
「駄目だ」
ヒイロに一括され、リリーナは肩を引かれ暖房の効いた部屋へ連れていかれる。

「お前の代わりはいないんだ。自分の立場をもっと自覚しろ」
そう言ってヒイロはリリーナをソファに座らせて暖かいココアを入れたカップを渡した。
「ごめんなさい」
リリーナは素直に謝って肩をすくめた。


自分は彼に大事にされている。
わたくしの体を常に気遣ってくれる。
優しい彼。
幸せだと素直に思える。


 久しぶりの休暇に、家が所有する別荘に来ていた。
彼と2人きりで。
誘ったのはわたくし。
護衛を理由に。
もちろん、彼と2人きりで過ごしたい、というのもあったが。
彼は少し考えたあと、YESの返事をくれた。


「ねぇ、ヒイロ。夏にした約束を、覚えていて?」
向かいのソファに座りコーヒーを飲んでいたヒイロはリリーナの言葉に顔を上げる。
「・・・ああ」
「こんな感じかしらね」
「こんなには、のんびりとは出来ないだろうな」
「そうね・・・。だけど、休日だったら、きっとこんな感じよ」
「ああ・・・」
「・・・あまり、深くは考えないでね」
「どういう意味だ」
リリーナの言葉にヒイロは眉を寄せた。
「約束を叶えようと無理をしないで、という意味です」
「約束を無かったことにしてもいいという意味か?」
「・・・そうです」
「それは、受け入れられないな」
「え?」
「先に一緒に暮らそうと言い出したのは俺だ。俺の気持ちを無視するな」
「ヒイロ・・・。ごめんなさい」
「だが、お前にもうその気が無いのなら、無かったことにする」
ヒイロの言葉にリリーナは慌てて首を横に振った。
「そんなことは・・・ないわ。あの日から、気持ちは変わっていないもの。ただ、あなたはいつも、わたくしのお願いを叶えようと必要以上に無理をするから」
「・・・気が引ける、か?」
「はい・・・」
リリーナは小さく頷いた。
そんなリリーナに、ヒイロは深いため息を落とした。
「お前がそこまで考え込んでいるとは思わなかった」
「驚きましたか?」
「ああ・・・」
軽い沈黙が落ちる。

いつもなら苦にならない沈黙も、今の2人には少し辛かった。


「あの、隣にいってもいいかしら」
しばらくして、リリーナが口を開く。
「ああ」

ヒイロの了解を得て、リリーナはヒイロのすぐ隣に腰を下ろした。
その肩をヒイロは抱いた。
そしてそのまま、リリーナを自分の胸に抱き寄せた。


自分は誰よりも彼女を大事にしていると思う。
自分のこと以上に彼女の体を常に気遣っている。
優しくしたい。
彼女の側にいて、幸せだと素直に思える。


「疲れているのなら寝ればいい」
「平気よ」
「無理はするなよ」
くすくすっとリリーナが笑い出した。
「何を笑っている」
「だってヒイロったら、父親みたいなんですもの」
「父親?」
「娘の心配をする父親」
ムスッとヒイロは黙り込んでしまった。
そんなヒイロをリリーナは肩越しに見上げた。
「わたくし、そんなに無理をしているように見える?」
「・・・ああ」
「心配?」
「ああ・・・。いつも、いつ倒れるかとひやひやしている」
「いつも、わたくしのことを見ていてくれているのね」
「ああ・・・」
「護衛として?それとも・・・恋人として?」
「両方だ」
「・・・あなたこそ、無理をしないで」
「どういう意味だ」
「あなたはわたくしのことに一生懸命になりすぎよ。少しはご自分のことも心配なさって」
「心配するようなことは何も無い」
「・・・あなたにはなくても、わたくしにはあるのよ」
「何のことだ」
「いつか、あなたを誰かに取られてしまう気がして・・・」
「馬鹿なことを」
「ひどい言い方。わたくし、本気で心配しているのに」
「余計な心配だ」
「どうして?」
「俺がお前以外の者に心を委ねることはないからだ」
「ヒイロ・・・」
「俺を信じろ」
「・・・信じるわ」
リリーナは手を伸ばし、ヒイロの頬に触れた。
その手を掴み、ヒイロはリリーナに口付けた。


「雨が止んだわ」
リリーナはテラスに出て空を見上げた。
その途端、リリーナは、まぁという小さな歓声を上げた。
「見て、ヒイロ、虹が出ているわ」
ヒイロも隣に立ち、同じように空を見上げ、虹を見つめた。
「ああ・・・」

 黙って虹を見つめていたリリーナの瞳から涙が一滴、頬を滑り落ちた。
「どうした・・・」
泣くようなことは何もないはずなのに何故泣くのかと、ヒイロは困惑した。
「・・・ごめんなさい」
リリーナがヒイロへ振り向く。
「すごく綺麗だったから・・・。感動してしまったわ」
「本当にそれだけか?」
「心配しすぎよ」
リリーナは微笑んだ。
「なら、いいが・・・」
「ヒイロ。休みの間、ずっとわたくしの側にいてくださるのよね?」
「ああ」
「護衛として?それとも・・・恋人として?」
リリーナは真剣な目でヒイロを見つめた。
その瞳を見つめ返し、リリーナが今この時に自分に何を求めているのか、ヒイロはようやく理解した。
だから、ヒイロもリリーナの想いに応えたいと思った。

「恋人としてだ」
ヒイロの答えに、リリーナは瞳を潤ませて微笑んだ。
そんなリリーナをヒイロは強く抱きしめた。
「ヒイロ・・・」
「無理をさせていたのは俺の方だな」
「え?」
「つまらないことにこだわっていたのは俺の方だ」
「つまらないことって・・・?」
「外務次官であるお前の立場にこだわりすぎた」
まだわからない、というようにリリーナはヒイロを見上げた。
「今の、今ここにいるお前は、ただの18歳の少女。そうだろう?」
「そうよ」
リリーナはにっこりと微笑んだ。
「そして、あなたはわたくしの恋人」
「ああ、そうだ」
ヒイロは頷き、リリーナの肩越しに見える虹を見つめた。


 彼女は初めから、自分の前ではただの少女でいた。

彼女が外務次官だから守るわけじゃない。
彼女が自分の「恋人」だから、この手で守るのだ。

もちろん、いつものように仕事として彼女を守る立場にいたなら、それは許されない。

だが、今は違う。

この腕の中にいるのは、今こうして俺が抱きしているのは、自分の恋人だ。

「ヒイロ・・・?何を考えてるの?」
「・・・虹を見てた」
ヒイロの言葉に、リリーナは首を回して同じように空に架かる虹を見つめた。
「こんなに大きな虹、初めて見たわ」
「ああ・・・」
ヒイロは頷いて、リリーナの首筋に唇で触れた。
「きゃっ・・・何・・・?」
「・・・・・・」
ヒイロは無言で唇を下へ下ろしていく。
「ちょっと・・・ヒイロ・・・。何を考えてるのよ」
リリーナは何とかヒイロにその行為を止めさそうと手を伸ばしヒイロの体を押し返すが、リリーナの弱い力では無駄な行為に終わった。
だが、ふっとヒイロが顔を上げてリリーナを真っ直ぐに見つめた。
「嫌か?」
「え?」
ヒイロに真剣な目で見つめられて、リリーナはそれ以上何も言えなくなってしまった。
そして、そっとヒイロの胸に自分の顔を埋めた。
「ずるいわ。そんな目で言われたら、私が反論できないって知っているくせに」


ヒイロの手がリリーナの頬に触れ、顔を上げさせる。
しばらく見つめあった後、唇を重ねた。


「まだ、明るいのに・・・」

そんな言葉がリリーナから漏れたのは、言うまでも無い。


Fin


「あとがき」
ふいー。終わった・・・。春夏秋冬、4話とも全く繋がりなく、1話完結の話として書くつもりだったのですが、これだけは夏バージョンの続きっぽくなってしまいました。ちょっと残念。
冒頭のシーンは好きなんですけどね。なるべく綺麗な表現になるように頑張りました。
しかし、夏バージョンの続きとは言っても、「その後・・・」まで読んだ人にしかわからないんですけどね(苦笑)。
4つの中では、春と冬が一番よく書けたかな、と思います。
皆さんはどれが一番好きでしょうかね?       

2003.9.22 希砂羅