「一番欲しいのは・・・」


 時を思う。
彼と出会ったあの日。
彼を知ったあの日。
彼が、初めてその目で真っ直ぐにわたくしを見詰めてくれた、あの日。
全て、彼との忘れられない日々。
どれも、大切な記念日。
忘れることなど、できやしない。
また、忘れることはないだろう。
これからも、ずっと先も、この思いは彼によって刻み込まれてゆくのだろう。
わたくしの心の奥深く。

 彼と出会って5年。
互いに、「大人」と呼ばれる年齢になった。
けれど、変わらないわたくしたちの関係。
互いが、互いに欲張りでないのだろうか。
もっと側にいてほしい、と。
思うことは簡単で、けれど、それが決して簡単でないことは、互いに分かっている。
わたくしが、持っている全てを捨てれば、彼と対等になれるだろうか、などと。
単純に思ってしまったり・・・。
一体自分は何を考えているのかと、自分で自分に呆れたりする。


「あなたが、今一番欲しいものは、何?ヒイロ」
突然の質問に、ゆっくりと彼女を振り返り、真っ直ぐに見詰めた。
「・・・俺が、今一番欲しいもの?」
「そうです」
「・・・お前には教えない」
言えるはずが、ない。
ましては、彼女には決して、言えるはずがない。
俺の答えに、彼女は不服そうに唇を尖らせ、俺を見つめた。
「では、あげられませんね」
諦めたように呟いた、その唇。
視線を逸らせた、その瞳。
風に揺れる髪を押さえる、その手。
ゆっくりと視線を辿らせ、まるで心の奥深くに刻み込むように。
ふいに、彼女が頬を赤く染めて俺を見つめた。
「何です?そんなに見つめないで・・・」
照れた彼女。
「何でもない」
短く答えて、部屋を出て行こうとした。
その背中に、何かが触れた。
それは、彼女の手だった。
その手が、俺の首に回り、頬が背中に押し付けられ、彼女に背中から抱きしめられる。
「自惚れても、いいですか?」
背中に届く、彼女の声。
背中に振動し、耳に心地よく届く。
「あなたが欲しいものを、わたくしは持っている、と」
「・・・気付いたか」
「その視線が、訴えているわ。その視線の意味を、わたくしが読み間違えていないのなら・・・」
「“目は口ほどにものを言う”、か」
「そのようね」
彼女が抱きしめる腕の力を緩めたので、ゆっくりと振り返る。
その頬に、触れた。
両手でそっと包む。
傷だらけの手だ。
この手が、この傷が、彼女の柔らかな肌を傷つけやしないかと、ずっと触れられなかった。
「痛くはないか?」
「え?」
「俺の手は、傷だらけだ」
俺の手に、彼女がそっと自分の手を重ねる。
「いいえ、ヒイロ。この手は、わたくしを安心させてくれる、大きくて、とても素敵な手ですわ」
「・・・そうなのか?」
「はい。わたくし、あなたの手が大好きです」
「手だけ、か?」
彼女の顎に手をかけ、指で彼女の唇をなぞり、その言葉を誘う。
彼女は頬を染め、目を少し伏せて囁いた。
「強引な唇も・・・好きよ」
「手と、唇だけか?」
彼女が伏せていた瞳を開き、俺を真っ直ぐに見つめた。
「いいえ・・・。わたくしはあなたを・・・」
その先を言おうとする唇を塞いだ。
聞かなくても知っていると、告げるかのごとく。
「あなたが欲しいものは、何?」
唇が離れると、彼女は俺を見つめてもう一度聞いた。
その耳元に唇を寄せ、そっと告げると、彼女は真っ赤な顔をして顔を伏せた。

“俺が一番欲しいのは・・・”


Fin

「あとがき」
11111ヒット、ありがとうございます。見事な1並び。おめでたいですね。
せっかくの記念ですので、自分でも記念SSを・・・と思いました。んで、どうせなら甘い話がいいな、と思ったんですが、どうなんでしょうか。
 甘いような、そうでもないような?さて、ヒイロは何を囁いてしまったんでしょうね?皆さんのご想像におまかせします。
これからも、頑張って参りますので、どうぞよろしくお願いいたします!!

2005.11.11 希砂羅