「誰も知らない彼と彼女の不思議な関係」
4.



ふっ・・・と、痛いくらいに掴まれていた手首からカイザーの手が離れた。
顔を上げると、目の前に彼の・・・ヒイロの背中があった。
「これ以上のお戯れは、やめていただきたい。彼女は明らかに嫌がっている」
「くっ・・・」
ギリッ・・・と彼の手がカイザーの手首を捻る。
「やめろっ・・・。何者だ、お前は。この俺にこんなことをして、タダで済むと思うなよ」
「俺とお前、どちらの言い分が正しいか、ここにいる客たちに判定してもらおうか?」
ハッとして、カイザーがフロアの中を振り返る。
そこには、客たちのカイザーを見る冷たい視線。
「くっ・・・」
言葉を無くしたカイザーは悔しそうに彼を睨みつけると、掴まれていた手を振り解き、肩をいからせながらフロアの奥へ入っていった。
それを見送りながら、顔を見合わせる客たち。
演奏だけが空しく響いていた。


ぐいっと手首を掴まれる。
「ヒイロ・・・」
「・・・帰るぞ。これ以上の茶番には付き合っていられない」
彼に手を引かれるまま、フロア内を突っ切る。
客たちの興味深げな視線を物ともせず、彼は大股で歩いていく。
それは、いつも慎重な彼にしては、とても大胆な行動だった。
それを小走りで追いかける私。
広い背中。
いつも、彼の背中を見つめている自分。
護る、護られるの関係。
視線を絡める時間など、ありはしない。
彼の気持ちを汲み取る余裕も無く、毎日が過ぎていく。
変わらない日常。
変わらない、私と彼の距離。
もどかしくて、せつなくて、胸がきりきりと痛む。
「待ってくださいっ、ヒイロ」
屋敷を出た時、ようやく彼の名前を呼んだ。
彼は足を止め、振り返る。
手は繋がれたまま。
その行為を急に意識し、鼓動が速まる。
「何だ」
彼はいつもの冷めた低い声で答える。
「あの・・・」
「お前があの場にまだ居たいというのなら、構わない。お前の自由だ、好きにしろ」
彼の手が離れる。
離れた体温。
それがひどく悲しくて、離れた手を見つめる。
「・・・助けてくださって、ありがとう」
乾いた唇を舌で濡らし、口を開く。
何て、事務的な言葉だろう。
「・・・俺がお前を護るのは」
彼の言葉に顔を上げる。
「仕事だから・・・、ですか?」
彼の言葉を遮り、問うと、彼は何も言わずに目を逸らした。
YESかNOか、どちらだろう?
「それならそれで、構いません。何も期待はするな、ということでしょう?」
駄目だと思いつつも、思いは暴走する。
自分でも驚くほどに、口が勝手に動く。
「わたくしだけが、勝手に勘違いしているのかもしれません。それでも・・・期待してしまうの」
「・・・リリーナ」
「だって・・・」
ふいに込み上げた涙に言葉が詰まる。
丁度いい。
これ以上、彼を責めたくはない。
言葉を無くしたまま、後は彼に任せてしまおうか?
彼に全て、委ねてしまおうか?
それは何て簡単で、悲しいことだろうか。
「顔を上げろ、リリーナ」
彼の手が、頬に触れ、顎に触れ、顔を持ち上げられる。
「感情的になるな」
どこまでも冷静な彼が、憎らしくもある。
わたくしだけが、熱くなって、苦しんで、いる?
ああ、わたくしはどこまで・・・。


滲む瞳に、彼が映った。
目を閉じる。
それは、状況反射。
彼の顔が近づいてきたから・・・思わず目を閉じた。
その唇に、触れた、彼の唇。


濡れた睫が震えている。
俺はどこまで、愚かなのだろう?
俺はどれだけ、知らない所で彼女を泣かしてきたのだろう?
「俺は・・・」
「ヒイロ?」
「俺は・・・こんな人間だ。確かに、お前を護るのは、俺の仕事だ。だが、それは俺が自分で選んで決めた道だ。俺が、自分で選んだ」
「ヒイロ・・・。では、さっきの口付けの意味は、どう受け止めればいいのでしょうか?」
「それは・・・」
彼女に真っ直ぐ見つめられ、反射的に目を逸らした。
「ヒイロ。わたくしは・・・。わたくしはあなたをお慕いしています。一人の女性として」
顔を上げると、俺を見つめる彼女の優しい瞳があった。
「リリーナ・・・」
「それだけは、覚えておいていただけますか?」
彼女の手を掴み、その体を引き寄せた。
「ヒイロ・・・?」
「俺は・・・」
「あなたは、わたくしを、一人の女性として見てくださいますか?YESかNOか、で良いわ」
嘘をつくのは簡単。
自分の気持ちを誤魔化し、殺すのは慣れている。
それなのに、彼女の前でそれが出来なくなってしまうのは、何故だろう?
「ヒイロ・・・。答えは?」
「・・・YESだ」
自分の感情に素直に答えると、背中に回った彼女の手がキュッと俺の上着を掴んだ。
「・・・ありがとう。すごく、嬉しいです」
彼女の声が、胸に響いた。
「ありがとう・・・」
彼女は消え入りそうな声で、何度もそう繰り返した。


彼と彼女の関係。
護る者と護られる者。
そう言ってしまえば簡単。
けれど、真実は誰も知らない。

彼は語らない。
その心。

彼女は語らない。
その想い。

互いを大切に想えば想うほど、その意思は強くなる。

それが、誰も知らない彼と彼女の不思議な関係。

Fin


「あとがき」
う〜・・・。書けた。リクエストをいただいてから2週間。もっと経っているかと思ったらそうでもないな。でも、自分の中では長い2週間でした。本当にちょこちょこしか進まなくて、どうしようかと思ってしまった。それほど難しかったんだよ〜!!
ちなみに、リクエスト内容は、「ヒイロがどんな気持ちでリリーナの護衛をしているのか?
リリーナがどんな気持ちで護衛されているのか?を読みたいです。ヒイロは無表情の奥でなにを思っているのか?リリーナは護られながらなにを感じているのか?お互いを大事に思っている二人ならば一緒にいられて嬉しいだけじゃない思いもあるのでは?」でした。ご要望通り?シリアスになったかは不安ではありましたが、いかがでしょうか?
ヒイロとリリーナの心の葛藤を書いていたせいか、自分も書きながら苦しかったですね、何か、感情移入しちゃって・・・。
そんなわけで、8888番を踏んでくださったvanity様、リクエストをどうもありがとうございました!!

2005.9.30 希砂羅