「誰も知らない彼と彼女の不思議な関係」
3.



「来週、カイザーとか言う次官が開くパーティーにお嬢さんが参加するって、知ってるか?」
ふと思いついたように、デュオが言った。
「ああ」
パソコンのキーボードを打つ手を止めずに、それが何だ、と頷く。
「お前も一緒に参加するのか?」
「・・・護衛としてだ」
「護衛として、ね。だったら、しっかりと護ってやるんだな。カイザーはお嬢さんを狙ってるって専らの噂だからな」
ゆっくりと振り返る。
知らず知らずのうち、睨んでいた。
目と目が合う。
意味の無い無言の睨み合いの後、互いに目を逸らした。
「・・・その目で睨まれりゃ、逃げ出すさ」
降参をするかのように両手を挙げ、デュオは部屋を出て行った。
彼女を手に入れたい輩がいるのは知っている。
その数が両手の指でも足らないほどいることも。
けれど、自分は・・・?
自分は彼女をどうしたい?
自分は、今の立場に、彼女を一番側で護るという立場に甘んじているのではないか。
そう感じることはある。
彼女がまた、俺の存在をどう感じているのか。
彼女は語らない。
いや、語る暇が無いのかもしれない。
そんな多忙な日々に身を置かれている現在、誰が彼女のことを一番理解しているのだろう?


「ドレスは・・・適当で結構ですわ」
来週、開かれるカイザー次官主催のパーティー。
そのパーティーに、当然ながらお声がかかった。
ぜひ、参加していただきたいと。
そのために着ていくドレスを、カイザーがわざわざ寄越した仕立て屋。
その仕立て屋がリリーナを見立てて数点、ドレスを持ってきた。
それをちらりと見ただけで、リリーナは短く言った。
「どれでも結構です」
時間が迫る会議の資料を手に立ち上がる。
「わたくし、あまり時間がございませんので、あなたが適当に決めてください」
「ですが・・・」
当然ながら、仕立て屋は困ったように眉を寄せた。
「申し訳ありません。本当に時間が無いのです」
笑顔で言うも、その瞳はきりっと仕立て屋を睨みつけていた。
こんなリリーナの姿を見たのは、きっと初めてだったのだろう。
「わかり・・・ました。お忙しい中をお邪魔してしまい、申し訳ありませんでした」
仕立て屋は鞄から取り出した数点のドレスをササッとしまうと、立ち上がり、頭を下げて退散した。
そんな仕立て屋のどこか寂しそうな背中を見送りながら、リリーナはため息をつく。
「パーティーなんて・・・」
リリーナはカイザーの“目論み”に薄々ではあるが、感づいていた。
以前から、“そんな言動”を、リリーナ本人にほのめかしてもいた。
きっと、今度のパーティーで正式に申し込まれるのだろう。
もちろん、答えはNOだが・・・。
NOと言うには理由がいる。
それに、とても気力がいる。
どうすればいい?
答えを求めるように、リリーナは窓から遠い空を見上げた。


 パーティー当日。
そこには、ドレスを纏い、美しく着飾った彼女がいた。
けれど、彼女の表情は暗い。
元々、乗り気ではなかったのだろう。
カイザーがリリーナをパーティーに招待した時、ヒイロもその場に居合わせていた。
カイザーにとって、ヒイロはただのリリーナの護衛の一人に過ぎない。
カイザーの目には目の前のリリーナしか映ってはいない。
リリーナは最初、やんわりと断ったが、ほとんど強引に言い含められ、パーティーへ参加せざるを得なくなった。
卑怯で汚いやり方だ。
全ては、彼女を手に入れるため。
ヒイロにはカイザーの目論見が、その目を見ただけでわかった。
彼女もきっと気付いているのだろう。
このパーティーで、カイザーがどんな行動に出るのか。

予定時間を5分過ぎて、パーティーは始まった。
初めにカイザーの簡単な挨拶があり、後はテーブルに並んだ料理を食べたり、クラシックの演奏に耳を傾けたり、談笑したりと、皆、思い思いに過ごしていた。
彼女は関係者たちとの挨拶を一通り済ませると、グラスを片手にテラスへ出た。

どうやって断ろうか。
リリーナはずっと考えていた。
率直にNOと言ったところで、きっと強引にカイザーに言い含められてしまう。
相手を傷つけず、柔らかい言葉で相手を納得させるには、どう断れば良いのか。
ちらり、と目立たぬように後ろで自らの仕事を全うしている彼を見る。
カイザーからパーティーへの参加の申し入れがあった時、彼もその場にいた。
けれど、彼はその時もその後も、何も言わなかった。
彼は気付いているはずなのに、カイザーが何を目論んでいるのか。
彼なら分かるはずなのに。
彼は語らない。
その心に、どんな感情を秘めているのだろう?


グラスを手に、テラスの手すりにもたれる彼女の背中を見ていた。
これは仕事だと、自分に言い聞かせながら。
けれど、一人の男として彼女を見守る自分がいるのも事実。
今まで、自分の前で何人の男が彼女にモーションをかけただろうか。
それを自分は、冷静に見つめてきた。
いや、冷静な自分を作り上げてきた。
そうすることで、自分を抑えてきた。
それは間違いだったかと、最近感じるようになってきた。
彼女が俺を見つめる視線の意味を知ろうともせず・・・。


コツコツという背中越しに聞こえた足音に体が強張った。
彼ではないとすぐに分かる。
「リリーナ嬢」
親しげに呼ばれる。
嫌だ・・・。
「こんな所でお一人でいては、危険ですぞ?」
「・・・ええ。わかっています。すぐに戻ります」
振り返り、その場から逃げるようにすれ違おうとした。
その手を、掴まれる。
何を・・・!と思った時にはもう遅かった。
ぐいっと強い力で引き寄せられる。
すぐ側にカイザーの顔があった。
「私の想いに、あなたは気付いているのでしょう?どれだけ、私があなたをお慕いしているのか、この場で、じっくりと教えてさしあげましょうか?」
顔を逸らすと、耳元に息が触れた。
嫌っ!
怖い・・・。
強い力で手を掴まれていて、逃れられない。
「やめてくださいっ!」
声を上げるのが精一杯だった。
耳元にカイザーの低い笑いが響く。
彼は楽しんでいる。
わたしくの反応を、彼は楽しんでいる。
寒気がした。
怖い・・・。
誰か助けてっ!
誰かっ・・・ヒイロっ!



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