「誰も知らない彼と彼女の不思議な関係」
1.



彼は語らない。
何を思い、何を考え、何を以ってして行動しているのか。
彼の心の奥深く、きっとたくさんの思いが溢れている。
彼がそれを周りに語ることはない。
けれど、それは当たり前の、そう、彼にとっては日曜茶飯事。
彼はそういう人間だと、勝手に解釈してしまっている。
彼にとっても、それは好都合だった。
無理に自分を見せる必要などない。
周りが勝手に「自分」を創り上げてくれる。
それが、彼の日常だった。


 けれど、彼の「変化」に気付いた人間はいた。
いわずと知れた、同じ戦場をくぐりぬけた彼らである。
本当の彼は知らずとも、その些細な変化には気付いていた。
その原因が一人の少女によってもたらされていることも。
垣間見せる、「無表情」から「表情」への変化。
それがきっと、彼の「本質」なのではないか。
誰もがそう思い始めていた。
少なくとも、彼に関わった人間は。


 彼女を「護衛する」立場になって2年が過ぎようとしている。
そのわずか2年の間に、彼女は「少女」から「女性」へと変化した。
それは、自分の中における「リリーナ・ドーリアン」という人間に対する気持ちの変化をも意味する。
2年も彼女の側にいれば、周りも俺を無視するわけにはいかない。
彼女との関係を探る輩も出てくる。
「恋人」なのではないかと・・・。
または、すでに「結婚」の約束をしているのではないかと・・・。
そんな戯言は嫌でも俺の耳にも、彼女の耳にも入ってくる。
それに対し、過敏な反応はしない。
ますます奴らを楽しませるだけだ。
だから、今日も俺は優秀なSPとして、ただのSPとして、彼女の側にいる。






「誰も知らない彼と彼女の不思議な関係」

2.



彼は語らない。
自分の過去も。
自分の思いも。
わたくしに対する想いも、すべて、その心の奥底に閉じ込めてしまっている。
簡単に聞くことができればいいのに。
彼がわたくしの「護衛」について2年。
何も出来ず、探れず、2年はあっという間に過ぎた。
自分は、「外務次官」ではない自分は、彼にとってどんな立場なのだろう。


2年・・・。
その2年の間に、彼は「少年」から「青年」へと成長した。
彼の容姿に惹かれる女性が少なくないことも知っている。
「外務次官」という立場を使って彼を他の女性に取られないようにしている。
そんな噂をちらっと耳にしたこともある。
そんなことは望んでいない。
彼も、きっと・・・。
もしも、わたくしがそんなことを考えているのなら、すぐに彼は気付いてわたくしの前から姿を消してしまうだろう。
いつか、彼はわたくしから離れていくのかもしれない。
そんなことを、思ったりする。
「護る」「護られる」の関係。
その間に特別な関係が生まれても、おかしくはない。
世間は好き勝手に作り上げる。
その波に流されまいと、必死に歯を食いしばって、前を向いて・・・。
今日もわたくしは、彼の背中を見つめる。
その広い背中を・・・ただ、見つめている。


ふぅ・・・。
知らず知らずのうち、ため息が出る。
「お疲れですか?」
パーガンがカップに紅茶を入れてわたくしの前に前に差し出す。
「ありがとう。いただきます」
「お嬢様は何でも、一生懸命になりすぎなように感じます。もちろん、それがお嬢様の良い所でもあるのですが・・・」
「仕事に打ち込んでいないと、余計なことを考えてしまうから・・・」
「・・・例の彼のことでございますか」
パーガンを見つめ、すぐに視線を窓の外に戻す。
「彼が自分から語ってくれるまで待とうとしている・・・。とても長い道のりだけれど、わたくしはその長い道のりの入り口で、立ち止まってしまっている」
「お嬢様・・・」
「わたくしは、彼のほんの一部しか知らない。2年も、側にいるのに・・・」
「お休みになられてください、お嬢様。明日もお仕事がおありです。あまり、無理をなさらないよう」
「ええ、そうね。ありがとう、そうします」
パーガンに微笑み、再び窓の外を見つめ、カーテンを閉めた。


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