「秋爛漫 恋爛漫 愛爛漫」



風薫る、秋の夕暮れ。
恋人同士は手を繋ぎ、波が静かに揺らぐのを見つめていた。
長い髪を揺らし、波を見つめたまま、少女がつぶらな唇を開く。
「今年の夏も・・・海には来られなかったわ」
「今日、来られたんだ。それで我慢しろ」
「相変わらずね、ヒイロ」
「あまり我侭を言うな、リリーナ」
ムゥと、リリーナが頬を膨らます。
「だって、せっかく来られると思って新しい水着を買いましたのよ?それなのに、いきなり仕事が入るんですもの」
リリーナの言葉に、ヒイロは眉を寄せた。
「いつ買った」
「?」
首を傾げるリリーナ。
「いつ、買う時間があった?」
ヒイロが言い直す。
「午前中で仕事が終わった日があったでしょう?その日の午後に買いにいきましたの。あ、ドロシーとヒルデさんもご一緒しましたの」
「護衛は?」
「水着を買う時まで護衛は・・・。第一、試着とかしますのよ?」
リリーナの頬が赤く染まる。
「24時間、護衛の方に付いていただくのは安心ですけど、わたくしにだってプライバシーはあります」
「それはわかっている」
「だったら、許してくださいますわよね?護衛なしで水着を買いに行ったこと」
「・・・わかった」
ヒイロはため息をつき、了承した。
「ねぇ、ヒイロ」
「何だ」
「どんな水着を買ったか、気になりませんか?」
「別に・・・」
「そう・・・」
リリーナが残念そうに眉を下げ、はぁ、とため息を落とす。
「ヒイロに見てもらいたくて、一生懸命選びましたのに」
「っ・・・」
上目使いで見つめられ、答えを失くす。
はぁ、とまたため息をついてリリーナが俯く。
「でも、仕方ありませんわ。夏はもう過ぎてしまいましたし・・・」
「・・・帰るぞ」
突然ヒイロがリリーナの腕を引っ張った。
「え?え?どうしたの?ヒイロ」
「水着は家にあるんだろう?」
「え、ええ、タンスにしまってありますけど?」
「見せろ」
「え?」
と見上げたヒイロの顔は少し赤い。
夕日に当たって赤く染まって見えるのかもしれないが、違うような気もする。
「見たいのですか?ヒイロ」
なぜか心がワクワクする。
「見たいの?ヒイロ」
「お、お前が見て欲しいと言ったんだろう」
「でも、さっき、あなたは見たくないって」
「お前が、あんな目で俺を見るから」
「え?」
「泣きそうな目で見るから、仕方なく付き合ってやろうと思っただけだ」
「うふふ」
リリーナがヒイロの腕に自分の腕を絡ませる。
「何がおかしい」
「だって、照れてるヒイロ、初めて見たもの」
「照れてなんていない」
「もう、素直じゃないわ」
「いいから、さっさと帰るぞ」
「はーい」
車の中でも、リリーナはくすくす笑い続け、ヒイロは何故か悔しそうな顔でハンドルを握っていた。


「これです」
屋敷に戻り、リリーナが自分の部屋のタンスから、例の水着を取り出す。
「かわいいでしょ?」
青い生地に、白い大きな花のプリントが付いている水着を体に当てて見せる。
「派手、じゃないか?」
「そうかしら・・・。かわいいと思うけれど」
残念そうに俯くリリーナを見つめる。
リリーナがもしこの水着を着て海に行ったら、いくら髪形を変えるなどして変装をしたとしても、いろんな男が言い寄ってくることに変わりはないだろう・・・。
それを考えると、自分は冷静でいられないだろう。
「ヒイロ?」
押し黙ってしまったヒイロをリリーナが、どうしたの?という顔で見つめる。
「いや、何でもない」
「気に入りませんか?この水着。あなたが嫌だと言うなら、この水着は着ません」
「・・・我侭なのは、俺の方だな」
「え?」
「いや、何でもない」
「そうですか。あの・・・ヒイロ?」
「何だ」
「この水着、あなたに見てもらいたくて買ったと、わたくし言ったでしょ?」
「ああ」
「だから、ね。着た姿を・・・見て欲しいという意味で言ったのです・・・けど」
「着た姿?」
「はい」
「好きにしろ」
「それでは、着替えるので、外で待っていてもらえますか?」
「あ、ああ。わかった」
ヒイロが頷いて廊下に出る。

10分ほどして、部屋のドアが細く開いた。
「ヒイロ。お待たせしました」
「ああ」
「あの・・・どうですか?」
恥ずかしそうに立つリリーナ。
初めて見るリリーナの水着姿。
「似合わない・・・ですか?」
何も言ってくれないヒイロに、リリーナは不安そうに眉を寄せた。
「いや、似合っていないわけでは・・・ないが」
「けど?」
「・・・着替えろ、服に」
「え?」
「着替えろ」
そう言うと、ヒイロは部屋を出て行った。
「ヒイロ・・・」
ドアに消えた冷たい背中に涙が零れる。
「っ・・・うっ・・・くっ・・・」
拒絶されたと思った。
彼は心の全てを語らない。
それは知っているし、慣れているつもりでいた。
けれど、こうしてはっきりと、言葉よりも強く態度で示されると、ひどく傷つく。


 しばらくしてもドアが開く気配はなかった。
気になってドア越しに声を掛けてみる。
「リリーナ・・・?」
返答はない。
「入るぞ?」
そっとドアを開けると・・・。
水着姿のまましゃがみこんでいるリリーナの姿。
しかも・・・子供のようになきじゃくっているではないか。
「どうした?」
「うっ・・・ひっ・・くっ・・っ・・・」
「リリーナ?」
「そんな・・にっ・・・似合わないっ・・・ですか?」
「は?」
「そんなにっ・・・変・・・ですか?」
ようやく彼女の言っている意味を飲み込む。
「何を誤解している」
「え?」
彼女が涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。
「くっ・・・」
普段のすました彼女とのギャップに、不覚にも思わず笑ってしまった。
「何を・・・笑っているの・・・」
彼女に睨まれる。
「いや・・・悪い」
すぐに反省して謝る。
自分の上着を脱ぎ、彼女の肩に掛ける。
「俺が服を着ろと言ったのは、似合わないからという意味ではない」
そこで一つ咳払いをする。
「・・・一つ言わせてくれ。俺にあまり無防備な姿を見せるな」
「え?」
「俺の前でお前は無防備すぎる。お前は意識していないかもしれないが」
「・・・あなたの前ではいつもの、自然なわたくしでいたいの。飾らないわたくしのままで・・・。だから、無防備になってしまうのよ」
「ああ・・・」
「それではいけないの?」
「そうじゃない。ただ」
「ただ?」
「俺は男だ。わかっているか?」
「もちろん、わかっています」
「いや、お前はわかっていない」
「どうしてですか?」
「俺にも限界はある」
「え?」
「理性を保つのにも限界はある」
「理性を保つ・・・?理性を保てなくなるとどうなるのです?」
本気で言ってるのかこいつは・・・。
だんだんイライラしてくる。
「普通の男だったら・・・いっつか押し倒してる」
「押し・・・倒す・・・」
ようやくヒイロの言わんとすることが飲み込めたのか、リリーナの顔がぽっと赤くなった。そして、慌てて肩に掛けられたヒイロの上着の前を掛け合わす。
そんなリリーナを見て、ヒイロはため息をついた。
「・・・もういいだろう、早く服に着替えろ。いくら部屋の中とは言え、風邪をひくぞ」
ヒイロはそう言い捨てて部屋を出て行こうとした。
その腕を掴み、リリーナが引き止める。
「何だ」
「あの・・・わたくし、ヒイロになら・・・その・・・押し倒されても・・・構わないわ」
「何を・・・言い出すんだ、お前は」
珍しく動揺するヒイロ。
それに追い討ちをかけるリリーナ。
「本当よ?あなたになら、わたくし・・・」
すがるような瞳に見つめられてヒイロはたじろいた。
「・・・う・・・か、考えておく」
それだけ言うとヒイロは逃げるように部屋を出て行った。
大きな音を立てて閉まったドアを見つめてリリーナは顔を赤くしたまま微笑んだ。
「約束ね?ヒイロ・・・」


 しばらくして、ドアが開き、洋服に着替えたリリーナが顔を出す。
「終わりました」
「あ、ああ・・・」
ヒイロはまだ動揺が消えていないようだった。
「あの、ね、ヒイロ」
「何だ」
「また、あなたと海に行きたいです」
「ああ・・・」
「夏でなくてもいいわ。今の季節でも構わない。また、あなたと海を見たいです」
「わかった」
「ありがとう・・・」
リリーナは素直に微笑んだ。

ふふふっとリリーナは嬉しそうに笑う。
「何がおかしい」
「だって嬉しいのだもの。あなたとの約束が増えて。約束があれば、またこうして会えることができるでしょう?」
「・・・俺が約束を忘れていたらどうする」
ヒイロの冷めた言葉にリリーナはムスッと頬を膨らます。
「ヒイロのいじわる。・・・その時は、意地でも思い出させてあげるわ」
「力づくでか?」
「そうよ」
「覚悟しておく」
ヒイロは降参するように肩をすくめた。

 落ちる夕日が部屋をオレンジに染めていく。
そんな秋の日・・・。

Fin



「あとがき」
ちっとも秋らしくないですねー。冒頭は良かったのに、途中は何がなんだか、自分でも書いていて訳がわかんなくなりました。最後、無理やり綺麗に終わらせました。
リリーナの水着姿。見てみたいですね。たぶん、ヒイロの心配は的中することでしょう(苦笑)。 読み返していたら、所々で笑ってしまいました。この話、ギャグですね(今更気づく人)。
 あー、次は冬。ラストですね。頑張りたいと思います。

2003.9.22 希砂羅